ストラヴィンスキー《ペトルーシュカ》で楽しむロシアの謝肉祭「マースレニツァ」
ロシアの謝肉祭はどんなお祭り? ストラヴィンスキーのバレエ《ペトルーシュカ》には、ロシアの謝肉祭「マースレニツァ」の名物のひとつ、人形劇のパペットたちが登場します。マーレスニツァを舞台に繰り広げられるこの作品を通して、ロシアの独特の雰囲気を見てみましょう!
ショスタコーヴィチをはじめとするロシア・ソ連音楽、マーラーなどの後期ロマン派音楽を中心に、『レコード芸術』『CDジャーナル』『音楽現代』誌、京都市交響楽団などの演奏会...
ロシアならではの食や習わしが楽しめる「マースレニツァ」
謝肉祭というのは、ざっくりいうと、「節制をしなければならない四旬斎(四旬節)の前に飲んで食べて騒いで楽しもう」という行事だ。ロシアにも、やはり四旬斎前に1週間にわたって行なわれる、同じ趣旨の祭りがある。古代スラヴの宗教に起源を持つ、このロシア版の謝肉祭は、「マースレニツァ」という。
マースレニツァでは、広場にいろいろ露店やら見世物やらがやってきたり、みんなで騒いだりする。それから、いろいろな種類のブリヌィー(パンケーキのような、クレープのようなもの)を食べる。ブリヌィーの丸い形は、太陽の象徴なのだそうだ。そして、初日にはわらで人形を作って服を着せ、最終日にそれを燃やす。宗教的な行事というよりも、現在では楽しいお祭りとしての性格のほうが強くなっているのも、西欧の謝肉祭と同じだ。
2018年、シベリアでのマースレニツァの様子
マースレニツァの祭りを描いたバレエ《ペトルーシュカ》
マースレニツァの雰囲気を知りたいなら、ストラヴィンスキーのバレエ音楽《ペトルーシュカ》を聴けば(できればバレエを観れば)いい。このバレエの全4場のうち、第1場と第4場がマースレニツァの祭りだ。
この両場面、どちらも、前半ではマースレニツァのにぎやかな祭りが描かれ、しばらくしてからペトルーシュカたちが登場する構成となっている。そう、人形芝居の人形ペトルーシュカがバレリーナ人形に恋をして拒絶され、無残に殺されるというこのバレエの物語は、すべてマースレニツァの間に起こることなのだ。
バレエ付きの演奏会形式で上演された《ペトルーシュカ》
ゲルギエフ指揮、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団、ウラディミール・ウァルナヴァ振付
第1場と第4場の場所は同じだ。楽譜の説明によると、1830年ごろのサンクトペテルブルク、海軍本部広場(現在はアレクサンドル庭園がある)らしい。ただ、第1場は「マースレニツァの祭り」、第4場は「マースレニツァの祭り(夕方ごろ)」とあるから、時刻が違う。
ストラヴィンスキー:バレエ音楽《ペトルーシュカ》より第1場
ストラヴィンスキー:バレエ音楽《ペトルーシュカ》より第4場
第1場は、冒頭の祭りのざわめきが、長調とも短調ともどっちつかずの状態だったのに対して、第4場の冒頭では、同じような音楽なのに、ニ長調の明るい響きになっている。時間が早く、人出もそれほどでもなかった第1場に対して、第4場は、日も暮れてきて、広場は多くの人々でごった返し、祭りもたけなわだ。この違いをあざやかに描き分けるストラヴィンスキーの手腕はすばらしい。
舞台となった現在のアレクサンドル庭園
祝祭感あふれる舞台で物語が一転する
舞台にはどんなものが見えるだろうか。第1場のト書きによると、メリーゴーランド、ブランコ、すべり台があり、庶民や紳士淑女、腕を組んだ酔客たちなど、いろいろな人々が歩いている。子どもたちはのぞきからくりを取り囲み、露店には女性たちが群がる。そこへあらわれるのは、手回しオルガンやオルゴールに合わせて踊る踊り子たち、そしてもちろん人形芝居。ペトルーシュカも、マースレニツァの見世物の人形劇の人形なのだ。
第4場も同じ舞台だが、こちらはさらに騒がしい。踊る乳母たち、熊をつれた農夫、ジプシーに物売り、踊る御者たち、仮装した人たちなどが、入れ替わり立ち替わり、次々と現れる。そして、祭りの喧騒が最高潮に達したところで、鋭いトランペットの悲鳴が鳴り響き、ペトルーシュカが逃げてくる。その後に起こる惨劇の恐ろしさは、楽しいはずのマースレニツァが舞台だからこそきわだつ。だが、今回はそれは本題ではないので、またの機会に。
チャイコフスキーのピアノ曲で一味違ったマースレニツァも
最後に、マースレニツァを扱ったもうひとつの有名な曲を紹介しよう。こちらは悲劇などは起こらない、愛すべき小品だ。チャイコフスキーは、ロシアの12ヶ月にちなんだ風物をテーマにピアノ曲集《四季》を作曲した。その中の「2月」が〈マースレニツァ〉(〈謝肉祭〉と訳されていることが多い)だ。静かな曲の多い《四季》の中では珍しい元気な曲で、短いながら、うきうきするような祭りの雰囲気が伝わってくる。
チャイコフスキー:ピアノ曲集《四季》より「2月」
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