「きよしこの夜」初演から200周年 ――クリスマス・キャロルにまつわる6つの歌
12月になると街にあふれるクリスマス・ソングの数々。クリスマス・キャロルと呼ぶこともありますが、その違いは一体なんなのでしょうか?
歌手として毎年クリスマスの時期になると、キャロルを“山のように”歌っている声楽家の小阪亜矢子さんが、『きよしこの夜』や有名なクリスマスキャロルの起源を教えてくれました。
東京藝術大学声楽科卒業。尚美ディプロマ及び仏ヴィル・ダヴレー音楽院声楽科修了。声楽を伊原直子、中村浩子、F.ドゥジアックの各氏に師事。第35回フランス音楽コンクール第...
日本でもっとも有名なクリスマス・キャロルは「きよしこの夜」ではないだろうか。
日本のみならず世界規模で、さらにはクリスマス・キャロルという分類を抜きにしても、これほど親しまれている歌は他に類を見ない。
「きよしこの夜」は、1818年のクリスマス・イヴに、オーストリアのザルツブルグ近郊で初演され、今年でちょうど200周年を迎える。もともとは2声の歌とギターのために作曲されている。これは初演した教会のオルガンが(ねずみにかじられたか何かで)壊れていて使えなかったという説と、オルガンを使わず親しみやすいクリスマス・キャロルを作り、多くの人に伝えたいという作者グルーバーの意図があったという説がある。
「きよしこの夜」2声の合唱とギター版
その目的は見事に果たされ、「きよしこの夜」はその後いくつかの声楽アンサンブルグループによって4声部に編曲され、ヨーロッパ全土に広まった。最終的には170 を超える言語に翻訳されているという。
そもそも、クリスマス・キャロルとは何だろうか? その定義にも諸説あるが、ここではクリスマスに歌われる歌で、イエスの誕生など宗教的な内容を扱ったものとしたい。
キャロルには「きよしこの夜」よりさらに古く何百年も歌い継がれているものから、近年書かれたものまである。中には意外な起源をもつものや、キャロルから大規模な音楽作品へ発展するものも少なくない。
長く歌い継がれるフランス発祥のキャロル
たとえば、作者不詳だが16世紀フランスの「若い娘(Une jeune filette)」という歌がある。17世紀の作曲家マラン=マレーを題材とした映画『めぐり逢う朝』で歌われており、少女2人の清涼な歌声と、素朴でもの悲しいメロディに魅了された人も多いのではないだろうか。原曲は若い娘が修道院に入れられる自らの運命を嘆き悲しむ内容だが、「若い乙女(Une jeune pucelle)」と書き換えられてクリスマスの歌としても歌われている。
Une jeune fillette/原曲「若い娘」
Une jeune pucelle/「若い乙女」
「若い乙女」とは聖母マリアを指し、「受胎告知」を歌っている。大天使ガブリエルが、処女であるマリアに、救い主イエスの懐妊を告げる印象的な瞬間だ。クリスマス・キャロルの演奏や生誕劇の多くは、「まもなく救い主が生まれる」という知らせから始まり、この「受胎告知」の場面が続く。
その後、いよいよイエスが生まれた、という段になると、ゆりかごに眠る幼子イエスの姿や、天使たちが羊飼いたちにそのことを知らせに行く様子が歌われる。
羊飼いの場面で非常によく歌われる「荒野の果てに」も実はフランス発祥だ。19世紀初頭に南仏ラング=ドック地方のキャロルとして歌詞が印刷されているが、起源は明らかではなく、かなり古いものとされている。
「荒野の果てに(Angels We Have Heard on High)」で知られるメロディは、英語の詩に合わせて原曲から少し変えられている。原曲の“Les anges dans nos campagne”は、日本で「天(あめ)の御使いの」という訳詞で知られているものだ。
Les anges dans nos campagne/フランス語原曲「天(あめ)の御使いの」
Angels we have heard on High/英語版「荒野の果てに」
クラシック音楽とクリスマスキャロル
伝統的なキャロルの様相をもちながら、作曲者を特定できるのがメンデルスゾーンの「天には栄え(Hark ! the Herald Angels Sing )」である。
この曲は珍しい経緯をもつ。まず1739年ごろにウェスレーによって歌詞が書かれ、改変が加えられながら、さまざまに作曲されていた。作詞から100年経って、メンデルスゾーンが全く違う目的でカンタータ(交響曲第2番『グーテンベルク・カンタータ』1840年)を書いたのだが、その中の男声合唱曲に上述の歌詞を、また別の人物が当てはめた。これが、現在知られる「天には栄え」である。
Hark ! the Herald Angels Sing /メンデルスゾーン作曲「天には栄え」
キャロルが管弦楽作品に生まれ変わることもある。ビゼーの「アルルの女」第1組曲の序曲と、「ファランドール」の重々しい部分は、フランスの古いキャロル「三人の王の行進 (La marche des rois)」を変奏したもの。
イエスが生まれると、星の導きによって、東方から三人の王(博士、賢者とする説もある)が贈り物を携えてやってきたという。これは、その行進の様子をあらわしたキャロルのひとつだ。
La marche des rois/原曲「三人の王の行進」
ビゼー: 《アルルの女》第1組曲~「プレリュード」
ドビュッシーが祈った平和なクリスマス
さて、「きよしこの夜」200周年ということで、初演の教会では200年祭を前に盛り上がっている。しかし100周年の頃はそれどころではなかったという。1918年のクリスマスといえば、第一次世界大戦終戦直後だ。
1918年といえばドビュッシーの没年なので、キャロルからは外れるが、大戦中に書かれたドビュッシー作詞作曲の「家なき子たちのクリスマス(1916)」を紹介しておきたい。戦争で家や親を失った子どもたちの悲痛な叫びが、ほかならぬイエスに向けて歌われている。
ドビュッシー: 「家なき子たちのクリスマス」
イエスが生まれた際、時の王だったヘロデが、後に「ユダヤ人の王となる」子どもが生まれたと聞いて、国中の2歳以下の子どもを殺させてしまったという。クリスマスを考える上で、この犠牲から目を背けてはならないと、筆者もキャロルを歌うにあたり、識者の方から教わった。
筆者はキリスト教の信者ではないが、衣食足りて争いなくクリスマスが祝える環境はありがたいと思う。そしてクリスマスを待ちながら善行に励むべき待降節(アドヴェント)の今、広く平和を祈りたい。
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