読みもの
2023.11.08
映画の中のクラシック#4

「バットマン」「スパイダーマン」~アメコミの映画表現に深みを与えるクラシック

往年の名作映画から最近のアクション映画まで、実に多くの映画でクラシック音楽が使われています。なぜ監督はこの曲を選んだのか。その理由を探ることから見えてくる、クラシック音楽の新たな魅力をお伝えします。

山田真一
山田真一 (芸術文化研究者、音楽評論家)

シカゴ大学大学院博士課程修了。芸術組織や文化政策などの講義、シンポジウム、セミナーなどを行なう一方、評論活動ではオーケストラ、オペラを中心に、海外在住経験を生かし、直...

イラスト:駿高泰子

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アメコミ映画の随所にも使われるクラシック音楽

アメリカのマンガ雑誌原作の映画、いわゆるアメコミ映画は今やハリウッドでも興行成績上位の常連になっている。その音楽は、以前はジョン・ウィリアムズのようにヒロイックなオリジナルのオーケストラ音楽が主流だったが、現在は『バットマン』(1989)や『スパイダーマン』(2002)を手掛けた、ロックバンド出身のダニー・エルフマンのように、ロック、ポップスからオーケストラ演奏まで、さまざまなジャンルの折衷になっている。

そして、注目すべきはジョン・ウィリアムズのように“クラシック調”ではなく、クラシック音楽そのものが随所に使われるようになってきたことだ。そこで、バットマン、スパイダーマンという2大ヒーローを例に、どのようにクラシック音楽が登場するかご紹介しよう。

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アメコミ映画を支える2大コミック雑誌

全盛のアメコミ映画を支えるのは、米国2大コミック雑誌のDCコミックスとマーベル・コミック。両者とも20世紀前半創刊の長い歴史を持つが、劇場用の長編映画化はDCコミックスのほうが早い。

DCコミックスの最初の看板は『スーパーマン』。クリストファー・リーヴを主役に4作が製作された。音楽はご存じジョン・ウィリアムズ。スーパーヒーローとはかくありき、という正義感あふれるアメリカ文化の象徴として人気を博した。

ところが、その後登場したバットマンにDCコミックスの看板を取られてしまう。正義感だけではヒーローを語れない時代を反映した結果だろう。その後、バットマンは3シリーズ製作されることになり、最新作は昨年公開されたばかり。

DCコミックスでは、『スーパーマン』や『バットマン』に登場するキャラクターの他、ワンダーウーマン、アクアマン、グリーンランタンなどのヒーローが映画化され、彼らが揃って登場する『ジャスティス・リーグ』も製作されている。

一方、マーベルがフランチャイズとして最初に成功したのは「X-メン」以降で、DCコミックスから20年遅れだった。ところが、「X-メン」のように複数のヒーローがチームとして活躍するスタイルが好評となり、マーベルは次々と単独、チーム、両スタイルの映画を量産。DCコミックスでもチーム映画が製作される流れをつくった。

『THE BATMAN-ザ・バットマン-』冒頭に流れるシューベルト《アヴェ・マリア》

3シリーズ目が始まった「バットマン」。新シリーズ監督は『クローバーフィールド』や新しい「猿の惑星」シリーズを監督したマット・リーヴス。音楽は『ジュラシック・ワールド』シリーズなどを手掛けたマイケル・ジアッチーノだ。

『THE BATMAN-ザ・バットマン-』のトレーラー

この『THE BATMAN-ザ・バットマン-』では、冒頭からシューベルトの《アヴェ・マリア》が流れ、静かな声楽がこの映画の音楽の基調になっている。そのためアレンジを含め《アヴェ・マリア》が何度も流れ、またクラシック音楽も主要場面で使われている。

 

シューベルト《アヴェ・マリア》

バットマンの育ての親であり、不可欠なパートナーの執事アルフレッドが重要な暗号を解読するシーンでは、ベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第5番」第2楽章のオーケストラによるイントロが流れ、彼がある郵便物を受け取るシーンではフォーレの「レクイエム」から「イン・パラディスム」が流れて一つの山場を迎える。

ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第5番」第2楽章/フォーレ「レクイエム」より第7曲「イン・パラディスム In Paradisum」

このようにポップスや折衷的なオリジナル音楽がある一方、クラシック音楽が重要な働きをし、フィルム・ノワール的な新たなバットマン像を構築している。

監督、俳優、音楽の3拍子が揃った『アメイジング・スパイダーマン2』

対するマーベル・コミックスの代表ヒーローはスパイダーマン。最初の『スパイダーマン』が公開されてから20年になるが、その間にスパイダーマン俳優が異なる3つものシリーズが製作されている。バットマンの2倍のペースで、これには驚きだ。

その理由は、最初のサム・ライミ監督により“4”以降の続編をつくる話が、ライミが降りてしまったため、別シリーズになってしまった背景があること。また、製作期間を長く空けてしまうと映画化権を失ってしまうという事情もあるようだ。

3シリーズとも主役俳優と監督が良く、甲乙つけがたいが、ここでは2番目のマーク・ウェブ監督「アメイジング・スパイダーマン」シリーズの第2作を取り上げよう。理由は、アメコミが原作とは思えない映画表現の高さにある。

インディーズ出身のマーク・ウェブ監督は、日常生活の中の「生」への眼差しが鋭い。また、主人公を演じるガーフィールドをはじめ、アカデミー賞を受賞あるいはノミネートされた俳優たちが主要人物を演じ、ドラマとしての深みのある作品となっている。

《美しき青きドナウ》が挿入される印象的なシーン

音楽はジョン・ウィリアムズと並ぶ巨匠のハンス・ジマー。彼の特徴は、ミニマル的な音楽が変奏曲のように変幻自在に展開するオリジナルサウンドだが、スパイダーマン最大の好敵手といわれるエレクトロがカフカ博士により、その能力と生まれた経緯を知るために実験され検査される場面で、突如《美しき青きドナウ》が挿入される。

ヨハン・シュトラウス2世《美しき青きドナウ》

クラシック音楽ファンにはあまりにも馴染み深いワルツの登場は、場違いのように思えるが、これがとても効果的で、キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』同様に、見終わった後にも記憶に残るシーンを作っている。

山田真一
山田真一 (芸術文化研究者、音楽評論家)

シカゴ大学大学院博士課程修了。芸術組織や文化政策などの講義、シンポジウム、セミナーなどを行なう一方、評論活動ではオーケストラ、オペラを中心に、海外在住経験を生かし、直...

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