『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』でクラシックが語る深層心理
往年の名作映画から最近のアクション映画まで、実に多くの映画でクラシック音楽が使われています。なぜこの曲が使われているのか。その理由を探ることから見えてくる、クラシック音楽の新たな魅力をお伝えします。
シカゴ大学大学院博士課程修了。芸術組織や文化政策などの講義、シンポジウム、セミナーなどを行なう一方、評論活動ではオーケストラ、オペラを中心に、海外在住経験を生かし、直...
ハリウッド映画界の内幕を新鮮な感性で描く
今回は、『バードマン』をご紹介。前々回に新作『バットマン』を紹介したが、バードマンとバットマン、何か似ている?……単に映画の表題が似ているのではなく、映画『バードマン』はバットマンをもじっている。といっても、パロディではなく、映画の中の主人公が、バードマンという映画の主役を務めていた俳優、という設定。
しかも、映画『バードマン』の主役を演じるのは、マイケル・キートンというDCコミックス『バットマン』実写映画の最初の主演俳優という妙な配役だ。
こう来ると、パロディではないが、何やらハリウッド映画界の内幕ものか、劇中劇を想像してしまうが、予想どおりに、そうした題材がてんこ盛り。しかし、過去にその手の映像作品が作られてきていながら、この『バードマン』は、見る者に新鮮な感性を吹き込んでくれる。
思えば、ちょうど10年前の2014年度アカデミー賞(授賞式は翌年)の作品賞候補には、このほかに大学のビッグバンド部を描いた(ジャズ・ドラマーを目指す主人公と指導教官のバトルがメイン・ストーリー)『セッション』や『グランド・ブダペスト・ホテル』など、かなり凝ったアート系の映画が入っており、そうしたライバルを押しのけて本作は作品賞を受賞。英語圏だけにとどまらず、ヴェネツィア国際映画祭、セザール賞、日本の毎日映画コンクール外国映画ベストワン賞など各国で作品、監督、出演俳優が受賞し高い評価を獲得している。
監督は、役所広司や菊地凛子も出演した『バベル』のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ。カンヌ映画祭で監督賞を受賞したことで一躍、世界的名声を得た。人々のすれ違いから、人間の本質に迫るストーリー・テリングの見事さは、本作でも遺憾なく発揮されている。
『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』のトレーラー
マーラーの音楽やカーヴァーの小説が登場。実は見ごたえあるアート系作品
もっとも、筆者は本作をしばらく見なかった。
マイケル・キートンは『バットマン』以前から評価して来た俳優だし、イニャリトゥの映画も見ている。しかし、ポスターやプレビューで登場する、ブリーフ1枚のマイケル・キートンが浮遊している姿にどうも合点がいかず、しかもサターン賞というSF映画のための映画賞でも受賞していたため、クリストファー・ノーラン監督のような現実離れした、1回見ただけでは理解できない作品なのではと敬遠してきた。
ところが、たまたまテレビ放送で途中から目にしたところ、マーラーの「交響曲第9番」がかかっており、しかもレイモンド・カーヴァーの小説『愛について語るときに我々の語ること』の舞台をめぐる作品だと知り、最後まで見てしまった。その後、配信でも数回見るほど、見ごたえのある作品という評価をすることに……。
マーラーとカーヴァーでは一般の観客が映画館に足を運ばないだろう、という意図でのポスターだったと思うが、筆者としては、題材を正確に知っていれば、公開時にすすんで見ていた作品だ。
おそらく未鑑賞の方も多いと思うので、ネタバレになるようなことは書かないが、映画『バットマン』を演じたキートンを、作品中で『バードマン』という映画の主演俳優に置き換えたパロディ的な要素はプロットの一部にすぎず、かつて成功を体験した者が、その後の凋落でもがき苦しむ様を超現実的手法も含めて見事に描いていて、味のある作品に仕上がっている(最後には幸運が舞い込む……?)。
キャストは、マイケル・キートンを始め、エドワード・ノートン、エマ・ストーン、ナオミ・ワッツ、アンドレア・ライズボローと名優揃いで、その点でも見ごたえがある。
マイケル・キートンはこの映画で、映画のプロットそのままに再び主演俳優にも返り咲き、毎年重要な役柄で多くの映画に出演している。
クラシック音楽の味のある使い方がおもしろい
そして、何よりもクラシック音楽満載の映画だ。それも、なかなか味のある使い方をしていて、クラシック音楽ファンなら、その部分だけでもおもしろいと思うことだろう。
例えば、クラシック・
映画中にはクラシック音楽の名曲が惜しげもなく登場する。
■マーラー「交響曲第9番」第1楽章
■チャイコフスキー「交響曲第5番」第2楽章
■マーラー「リュッケルト歌曲集」~《私はこの世に捨てられて》
■チャイコフスキー「交響曲第4番」第2楽章
■ラヴェル「ピアノ三重奏曲」第3楽章
■ラフマニノフ「交響曲第2番」第2楽章
さらには、ジョン・アダムズ《クリングホファーの死》 のプロローグ(流浪のパレスティナ人の合唱)まで登場するという、なかなかのものだ。
また、珍しいのはこのすべてが既存の発売済みのCD録音を用いていること。演奏はピエール・ブーレーズ、ケント・ナガノ、ボザール・トリオなどで、それぞれ高い評価を得ているディスクだ。
音楽担当は、監督と同郷のジャズ・ドラマーであるアントニオ・サンチェスなので、クラシック音楽のセレクションは監督自身か、その意を受けた人物と思われ、興味深い。
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