ベートーヴェンと引っ越し
年間を通してお送りする連載「週刊 ベートーヴェンと〇〇」。ONTOMOナビゲーターのみなさんが、さまざまなキーワードからベートーヴェン像に迫ります。
第38回は、ベートーヴェンと引っ越し。生涯にわたって絶えず引っ越しをしていた、引っ越し魔なベートーヴェンを紹介します。
1993年生まれ、東京都出身。2022年、第1回ひろしま国際指揮者コンクール(旧:次世代指揮者コンクール)優勝。パリ地方音楽院ピアノ科、ミュンヘン国立音楽演劇大学古楽...
旅をする作曲家は数多くいます。モーツァルトやシューベルト、ブラームスは、生涯を通じて旅をし続けました。
ベートーヴェンはあまり旅をしませんでしたが、代わりに彼が生涯し続けたことがあります。引っ越しです。その回数は、正確には把握されていないものの、約60〜80回と言われています。そのため、各地に「ベートーヴェンが住んでいました」という建物がたくさんあります。ベートーヴェンの、
ベートーヴェン、また引っ越しするってよ
ベートーヴェンの友人によると、ベートーヴェンは引っ越し前になるとイライラし始め、そこで友人たちは「あ、そろそろ引っ越すな」と察したそう。しかし、引っ越したはいいものの、まとめきれなかった大量の荷物のなかから「どういうことだ! この前書いた楽譜がない!」とあっちこっち探しては、またイライラしていたそう。
温泉地として栄えた、バーデン・バイ・ウィーンというウィーン近郊の小さな町の中でさえも、17回の引っ越しをしたという記録があります。
バーデンで書かれた交響曲第9番 作品125《合唱》より第4楽章
同じく、かつては温泉地だったハイリゲンシュタットもベートーヴェンのお気に入りの場所で、何度か引っ越しを重ねたものの、断続的に長く滞在しました。
ハイリゲンシュタットで書かれた作品
ヴァイオリン・ソナタ第7番 作品30-2 〜第2楽章、ピアノ・ソナタ第17番 作品31-2《テンペスト》〜第3楽章、交響曲第6番 作品68《田園》〜第2楽章「小川の風景」
今年、ベートーヴェンの生誕の地ボンでは、この奇行になぞらえて『ベートーヴェン、また引っ越しするってよ(Beethoven zieht wieder um)』というミュージカルも上演するそうです。
なぜそんなに引っ越したの?
当時は、引っ越し業者なんていない時代です。建物にはエレベーターもなく、階段を使ってピアノや大量の楽譜を運んでいました。引っ越しなんて大変なはずなのに、なぜベートーヴェンがここまで引っ越しをしたのか。諸説あります。
まず、家が汚すぎて大家さんから退去させられたから、近隣の住民と揉めたから、そして自分の作品を盗まれないように居場所を眩ませたかったから……そんななか、掃除が大の苦手だったベートーヴェンが、毎回「今回こそはきれいに使う」と意を決して新しい家に引っ越していたという説も。もちろん80回にわたる引っ越し、動機はそれぞれ異なるでしょうが、それにしても……ベートーヴェンらしいです。
《大フーガ》作品133
そんなベートーヴェンに引けを取らないのが、日本の誇る浮世絵師、葛飾北斎。彼は88年の生涯で93回の引っ越しをしただけではなく、名前を30回も変えています。しかも74歳になって最後につけた名前は「画狂老人卍」。
やはり歴史に名を残すような飛び抜けた芸術家は、とどまることを知らないのでしょう……。
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