ロシア人たちを熱狂させる鬼才振付家率いるエイフマン・バレエ、その魅力と人気の秘密に迫る
エイフマン・バレエ......? バレエファンもその名は知れど、日本では実演に接している人は少ないカンパニー。本拠地を置くロシア・サンクトペテルブルグでは、連日ソールドアウトも珍しくはない超人気集団です。そんな、エイフマン・バレエが2019年7月、21年ぶりの来日を果たします。
21年前の初来日に加え、現地でもエイフマン・バレエを鑑賞している桜井多佳子さんが、その人気の秘密、来日演目の注目ポイントや音楽まで徹底ナビゲート。
恐るべき身体能力と芸術性を兼ね備えたエイフマン・バレエ、見逃せません!
大阪生まれ。大学卒業後、大手建設会社に9年9ヶ月勤務。1988年ごろから舞踊(主にバレエ)について執筆活動を開始。1992年、ロシア国立劇場芸術大学(モスクワ)研修。...
ロシアが誇る名バレエ団が傑作を携えて21年ぶりの日本へ
エイフマン・バレエが待望の再来日!! といっても、「エイフマン・バレエ? どこのバレエ団? 聞いたことないし……」と困惑される読者がいらっしゃるかもしれない。前回の日本公演が21年も前なので、それも仕方ないだろう。
エイフマン・バレエとは、鬼才振付家ボリス・エイフマン(1946-)が率いるロシアのバレエ団。前身となるバレエ団の誕生は、まだロシアがソ連という国だった1977年だ。その本拠は、サンクトペテルブルク(ソ連時代のレニングラード)、あの『白鳥の湖』や『くるみ割り人形』を世に送ったクラシック・バレエの聖地である。そこで創立されたバレエ団は、まったく新しい作品を次々に発表。目の肥えた地元の観客から圧倒的な支持を得る。1989年には国立バレエ団となり、ロシアを代表するバレエ団の一つとなる。
ロシア・ルブツォフスク生まれの振付家。ロシア人民芸術家、ロシア連邦賞受賞。
1990年には初来日。筆者自身、『巨匠とマルガリータ』の斬新な振付には、度肝を抜かれた。が、読者の大半は、『巨匠とマルガリータ』も、「は? 何のお話ですか?」と思われていることだろう。
『巨匠とマルガリータ』はソ連時代発禁になっていたブルガーコフの小説、だということは筆者自身もバレエを見た後に知った。原作を知らなくても十二分に楽しめ、心底感動したバレエ作品だったが、題材としては(日本では)ポピュラーでなかったことは確か。その後、数回の来日を限りに日本公演が途絶えてしまう。しかし、ロシア国内ではエイフマン・バレエは常に話題の中心にあり、毎年、アメリカをはじめとする海外ツアーを行なっている。またボリス・エイフマン作品は、新国立劇場バレエ団が『アンナ・カレーニナ』をレパートリーとし、ベルリン国立バレエ団が『チャイコフスキー』を日本公演でも取りあげている。
つまり、21年の間、エイフマン・バレエは決して日本で忘れられていたわけではない。評価もされていたし、再来日を熱望する声は多かった。ロシアのバレエ通の知人は、「いま見るべきは、エイフマン・バレエ」と常に言っていた。なかでも傑作だと、ここ数年、熱く語っていたのが、『ロダン〜魂を捧げた幻想』。この作品が、『アンナ・カレーニナ』とともに、今回のレパートリーである。まさに満を持しての再来日なのだ。
サンクトペテルブルグでの公演は売り切れ続出! バレエファンに愛されるカンパニー
筆者が『ロダン』を見たのは、2017年夏のサンクトペテルブルク。ちょうど白夜のころ。サンクトペテルブルクは、外国人観光客で賑わっており、夜になるとどの劇場にも彼らを乗せてきた大型バスが停まっていた。ロシアといえばバレエ。毎日、さまざまな劇場でバレエ公演が行なわれていた。そのなかで、もっともチケット入手が困難と言われたのがエイフマン・バレエだった。『ロダン』はどこのプレイガイドでも完売。あらゆるバレエ関係者の「つて」を頼り、エイフマン・バレエのスタッフまで行き着いて、やっと手に入れたのは天井桟敷の席だった。
確かに劇場は超満員で、立ち見席にも人が溢れていた。外国人観光客の姿は少なく、地元のバレエ・ファンがひしめいていた。天井桟敷の観客たちは、「チケットが手に入って良かった」と安堵しているファンたち。「2011年の初演以来、何回も見ています」というのは初老の紳士。「ロダン役オレグの大ファンなの。彼が出演する日は見逃せない」と笑うのは若い女性だ。
彫刻家とその弟子の歪んだ愛情を描く『ロダン〜魂を捧げた幻想』
やがて幕が開いた。どこか歪(いびつ)で変化に富んだ女性たちのダンス。一気に作品に引き込まれた。舞台に一人女性が残り、そこに初老の男性が苦悩の表情で駆け寄る。が、宙を見つめるような表情の彼女は彼を拒絶する。一切の説明なく、彼らが精神病院で暮らすカミーユと、弟子でモデルであった彼女と愛し合ったロダンだということが理解できた。
『近代彫刻の父』と称される19世紀最高の彫刻家の一人。東京公演が行なわれる東京文化会館の向かいにある国立西洋美術館にも作品が展示されている。
19歳でロダンに弟子入りし、高い技術と美貌で名を知られた彫刻家。弟は高名な劇作家で外交官のポール・クローデル。
サン=サーンスのピアノコンチェルトはロダンのカミーユへの憐憫と愛情、そしてカミーユの狂気の悲しみを増幅させる。すると照明がぱぁっと明るくなり、音楽も《動物の謝肉祭》(終曲)にスイッチ、熱気あふれるロダンのアトリエへと場面が変わる。やがて生命力にあふれたカミーユが登場する。回想シーンの始まりだ。ロダンは彼女に魅了され、ドビュッシーの《月の光》のピアノの音色が幻想的に神秘的に響くなか、彼らは愛し合う。
エイフマンは、物語を順に追って説いてゆくわけではない。人物の心情をそのまま身体の動きで描く。ロダンのカミーユに対する愛情の純粋さ、と同時に芸術家としてのエゴにも感じられる「彫刻への思いの強さ」を、そしてそれが結果的にカミーユの心を病ませるのだということまで、観客に理屈抜きに納得させる。次のシーンは、サティ(《3つのグノシエンヌ》第3番)。穏やかだけれど、どこか不安感がある曲調とともにロダンと内縁の妻ローズとの関係性が描かれる。音楽はロダンが生きた19世紀末〜20世紀初頭のフランス音楽で構成されている。
エイフマンの振付は、見る者を飽きさせない。心理描写ともに、「おお」と唸ってしまったのが、ロダンが彫像を生み出すシーン。レベルの高いダンサー集団だからこそ実現できるエイフマンの秀逸なアイディアだ。
男性184センチ以上、女性173センチ以上という厳しい入団資格を設けるエイフマン・バレエ。スタイルに恵まれたダンサーたちが表現するロダンとカミーユの彫刻は圧巻。
『アンナ・カレーニナ』トルストイの名作をチャイコフスキーの音楽で
『アンナ・カレーニナ』は、ドラマの始まりを予感させるようなチャイコフスキーの《弦楽セレナーデ》で幕が開き、アンナと夫カレーニンと息子という家族の情景が描かれる。そのまま音楽の流れとともに舞踏会のシーンとなり、アンナは青年将校ヴロンスキーと出会う。トルストイの原作から抽出された、このバレエの登場人物3人の関係が冒頭に、なんとも自然に「紹介」される。決して安易ではない「わかりやすさ」もエイフマン作品の特徴。その「わかりやすさ」の裏には、周到な構成とダンサーの深い理解があることはいうまでもない。
妻の心が離れゆくことに苦悩するカレーニン、夫との寝室でヴロンスキーを思うアンナ(「組曲」第1番から序曲とフーガ)、将校たちの群舞(「ヴォエヴォーダ」)、そして恋にうなされるようにアンナとヴロンスキーが求めあい結ばれるシーンは「悲愴」の第1楽章。このバレエは、ほとんどチャイコフスキーの音楽で綴られていく(一部、他の作曲家の音楽や効果音でも構成されている)。トルストイとチャイコフスキーは同じ時代に生きていて、実際に会ってもおり、お互いに尊敬しあっていた。大作家と大作曲家の傑作はエイフマンの手で見事に結び付けられている。
エイフマン・バレエの見どころの一つに群舞=コール・ド・バレエがある。役名を持たない、「その他大勢のダンサー」たちのダンス。だが、エイフマン・バレエでは、時に主役になる。虚飾に満ちた社交界のシーンは、アンナたちを噂している言葉が聞こえるよう。また終盤、絶望の淵に立つアンナが、原作通り、蒸気機関車の線路に飛び込むシーンでの群舞も圧巻だ。スピーディな動きのダンサーたちが、パズルのように構成を変えていく。黒い衣装のダンサーたちは、集団としてシンボリックにアンナを追い詰める。そしてラストにはそれぞれ個々として、はっきりとアンナの最期を見届ける。
日本公演初日は、ロビーから湖が眺められる、びわ湖ホール、続いてロダン彫刻が常設されている県立美術館を有する静岡のグランシップ、そして東京公演へと続く。どの公演も見逃せない。
関連する記事
-
プロコフィエフの名曲と素顔に迫る12のエピソード
-
ホルスト《惑星》~人間の運命を司る星々が、時代の不安を映し出す
-
ロシア音楽研究サイモン・モリソンへプロコフィエフとロシア音楽に関する10の質問!
ランキング
- Daily
- Monthly
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly