藤木大地の大冒険 vol. 3

全力を尽くして積み上げた時間——ハリウッドでの活躍を勝ちとった俳優・松﨑悠希に同窓の藤木大地が訊く

読みもの
2019.06.16

カウンターテナー歌手の藤木大地さんが、藤木さんと同様、“冒険するように生きる”ひとと対談し、エッセイを綴る連載。

第3回のゲストは、ハリウッドで活躍する日本人俳優、松﨑悠希さん。10代で渡米後すぐに盗難に遭い、路上で歌って日銭を稼いだのちハリウッド俳優になるという、波乱万丈な役者生活を送ってきた。その満ち溢れるエネルギーはどこから?
中学、高校で先輩・後輩の仲だったお二人。実に高校卒業後以来の再会で、思い出話に花を咲かせつつ、表現者としての熱い対談を繰り広げた。

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写真:各務あゆみ
今月の冒険者
松﨑悠希 俳優・コメディアン
松﨑悠希
今月の冒険者
松﨑悠希 俳優・コメディアン
宮崎県出身。7歳で演技を始め、アメリカで俳優になるために2000年に18歳で単身ニューヨークに渡る。直後に所持金を盗まれホームレス状態になるが、タイムズスクエアで9ヶ...
藤木大地 カウンターテナー歌手
藤木大地
藤木大地 カウンターテナー歌手
2017年4月、オペラの殿堂・ウィーン国立歌劇場に鮮烈にデビュー。 アリベルト・ライマンがウィーン国立歌劇場のために作曲し、2010年に世界初演された『メデア』ヘロル...

時間を愛そう

唯一みんなに平等に与えられているもの、それは時間だ。
と、何かで読んだ。
そのほかのものは、平等でなく、公平でない。

それでは公平でないこの世界のどこかで生きてゆくために、そのどこかで目標を達成するために(あるいはやりたい仕事をするために)、何をするかは自分で考えなければならないし、だれかが教えてくれることではないと思う。

僕が「アメリカンドリーム」や「メジャーリーグ」に憧れたのは、野球少年だった時代にみた野茂英雄投手の背中からだった。そして先日メディアで接した引退会見でのイチロー選手の言葉からは、一獲千金や他力本願や人生大逆転ではない、自分の時間をひたすらに積み重ねたひとの説得力を感じた。それには、誰もかなわなかった。

勝ち組、負け組というつまらない言葉が流行ったとき、僕はそれに猛烈な違和感を持っていた。自分が自分の現状にまったく満足できず、未来がとても不安だった頃だった。見えない勝ち負けや見える順位付け、現実の人間関係における沈黙のヒエラルキーに疲れていた。過去の小さな輝きの記憶に依存し、その不満足な結果を、公平でない世界のせいにしていた。

何か問題が起こったとき、時間が解決するよ、とひとは言う。では解決するまでのその時間をどう過ごせばよいのか。一分一秒を無駄にせず、自分なりの努力を寝ずに続ければいいのか。それとも、果報は寝て待てばいいのか。

唯一平等である時間に愛されるには、どんな時間をも愛さないといけないのかもしれない。ひとに愛されるには、ひとを愛せたほうがいいのと同じように。

——藤木大地

対談:今月の冒険者 松﨑悠希さん

対談は、東京にある松﨑悠希さんが所属する事務所で行なわれた。
松﨑悠希
シリアスでお堅い役からおちゃめなコメディまでこなす実力派。
映画『パイレーツ・オブ・カリビアン 生命の泉』では海賊役を、『硫黄島からの手紙』では散りゆく日本兵、そしてフィリピン映画『インスタント・マミー』ではダンディなビジネスマン役と、世界を股にかけて活躍中。

藤木大地が訊きたい! 10の質問

藤木 今日はありがとうございます。お久しぶりです。

松﨑 お久しぶりです。最後にお会いしたのは先輩がまだ高校3年生で僕がまだ1年生のとき。

藤木 そうですよね。ようやくお会いできてうれしいです。

松﨑 本当に、ようやく!

Q1. 10代で単身アメリカに渡り、すぐ盗難に遭いホームレスに。それからニューヨークの路上で日本語の歌を歌って生活費を稼ぐという経験を経て、ハリウッドで俳優になる、という冒険物語をお持ちです。その原動力を教えてください。

藤木 外国に行って身ぐるみはがされて路上で歌ってっていう冒険の中で、それでも心折れずに帰らなかった、何かをやろうと思ったという、当時の原動力とかモチベーションはなんだったんですか?

松﨑 それはちょっとおもしろいですね。これ先輩もわかると思うんですけど、「心が折れなかった」んじゃないんですよ。折れたんですよ、1回。

藤木 それ、どこの時点で折れましたか?

松﨑 僕の心が折れたのは、盗みに遭ったときではなくて、映画に出演して、その映画がDVDとして発売されたときです。僕は当時、自分はすごく演技がうまいと思っていて、ハリウッドですぐに有名になれると思っていたんですよ。すごくおごりたかぶっていた。

そしてその作品が世に出たときに批評家がぼろくそに書いたんですよ。「こんなにひどい作品は見たことがない」と。この最低最悪の作品の中で、一番ひどい演技をしているのが松﨑悠希だって。

そのときに思いっきり心が折れているんですよね。で、6ヶ月くらい本当に引きこもっている時間があって、自分が「できない」ということを認識したんですよ。自分はできないんだ、じゃあどうすればいいんだろうというふうに立ち直ったんです。

藤木 最初は語学学校に行っていたんですよね。留学が続けられないかもしれない状況になって、お金を人に借りて帰ろうとは思わなかったんですか?

松﨑 他にできることがない、というのがわかっていたんですよ。演技しかやってこなかったので。そこで帰ったところで何もないっていう。背水の陣というか、自分が役者として活躍できる場を目指して最初からアメリカに行ってるわけで。

藤木 実力が自分にあると思えた根拠は?

松﨑 学校で一番、地域で一番、県で一番、国で一番。でも足りないじゃないですか、世界で通用するには。僕は井の中の蛙だったので、周りより演技ができると思い込んでいたんです。本当にものすごく狭いところでお山の大将みたいになっていて、それが根拠のない自信の根拠です。

藤木 日本で俳優をやろうとは思わなかったんですか?

松﨑 高校を卒業して、最初に映画学校の俳優科に通っているんですけど、日本ではオーディションというシステムが一般的ではないって当時聞いてたんです。上にのぼる階段が用意されてないと。アメリカに行けばその階段が用意されているであろうから、階段をのぼっていけるのではないかなと。

で、実際にアメリカに行ってみたら、その階段って途中途中がないんですよ。ここに段があって、ここに段があって、ここに段があって、その真ん中がまったくつながってない。途中にものすごい分厚い壁があって。それを越えるのが地獄でしたね。

全力を尽くせば、失敗することがこわくなくなる

藤木 『硫黄島からの手紙』も『パイレーツ・オブ・カリビアン』も観させていただきました。出演したあとに自分の周辺が変わったり、生活が変わったりとか、ありましたか?

松﨑 もちろん「あの映画に出ていた人」っていうふうに言われることはあるんですが、一番大きな変化としては、不完全でも大丈夫になったんですよ。その時点で全力を尽くしたものを出していれば、それが完璧じゃなくても自分でオッケーになったんです。

藤木 それまでは完璧主義者だった?

松﨑 不完全なものを出すのがこわかった。でも、今は失敗することがこわくないんですよ。

藤木 それは映像の中で?

松﨑 なんでもです。その時点で全力を尽くして、それが失敗だとしてもこわくない。だから堂々と失敗できる。それが成長のカギだって自分で気がついたんですよね。失敗したら逆に「あっ、自分はこれができないんだ」って気づかせてもらえるんで、逆にそれが楽しいというか、嬉しいというか。

藤木 僕も以前は、舞台で歌を歌っていて、声が裏返ったりしてこの音がうまく出せなかったらどうしよう、なんてことばっかり考えていたんですよね。学校の試験っていう採点方式やコンクールだったら点数はひかれるし、結果も出ないし、それをこわがっていた時期があった。でも演奏活動が忙しくなってきて、歌う曲も増えてくると、その小さなミスはほんとにどうでもよくなっていって。

松﨑 俳優として活動していて、大前提としているのは、100%の人から評価されることはありえないということです。例えば90%の人が、自分のやった演技なりなんなりをいいと思うとする、10%の人がいいと思わなかったとする。レートとしては高いじゃないですか。でもこれを100万人単位で考えると、10万人から好かれなかったってことなんですよ。でも、9:1でいいってわかっていれば、こわくないですよね。

藤木 逆に言ったら打率9割なわけですよね。すごいですよね(笑)。

 Q2. 中学、高校で(※松崎さんは、藤木さんと同じ学校で2学年下)合唱部に少しいたような記憶があります。音楽との出会いや関わり方を教えてください。

松﨑 小学校のときに、音楽の授業がすごく楽しくて、歌うのが大好きだったんです。それで、声がデカいっていうのがあって(笑)。

藤木 声が大きかったっていう記憶がすーごくある(笑)。めちゃくちゃデカいんですよ本当に。半端ないくらいデカいんですよ。

松﨑 それがあったんで合唱部に入ったんですけれども、あんまり歌はうまくならなかったですね。

藤木 高校生のときの記憶なんですけど、裸足でビニールのスリッパをはいて、学ラン着て、僕のいる音楽室に突然やってきて、《荒城の月》っていう曲があるじゃないですか、あれをすごい間違ったリズムで歌ってた。大きな声で。

松﨑 (笑)

藤木 はるこうろうの~をはっるこっおろっおの~(符点がついたリズム)って。すごい一生懸命嬉しそうに歌って、僕声出るでしょ! って僕にアピールしてきて、たしかに声でかいしいい声だし、ちゃんとやったらすごいライバルだなと思った。

松﨑 (笑) いや~覚えてますよ。6つくらい部屋があって、先輩たぶん一番奥の右側の部屋にいたのかな。で、ピアノがあって。

藤木 そのあとは、俳優学校にしてもアメリカにしても、音楽を学んだことはない?

松﨑 一応アメリカの演技学校では音楽の授業はありました。ミュージカルはいくつもやったんですけど、自分がうまいと思ったことはないですね。

藤木 ところで、ニューヨークの路上で日本の歌を甚平姿で歌ってたというときはなんの曲を歌っていたんですか?

松﨑 日本の童謡を歌っていましたね。例えば「真っ赤だな真っ赤だな」とかね。ストリートパフォーマンスって、1人が通り過ぎていくのが大体5秒くらいなんですよ。その5秒間に、立ち止まってもらわないといけない。じゃあどうするかってことで考えたのが、その人を指さす。例えば「真っ赤だな(指さす)、真っ赤だな(指さす)、カラスウリって真っ赤だな(指さす)」ってこういうふうに指さすと「なんだ?」って立ち止まる。立ち止まったのが長くなれば長くなるほどそれがお金につながるっていうのがわかって。9ヶ月間やったのでそういうのを学習して、最終的には、パフォーマンスとしてできたという。

藤木 すごい飛躍ですね。それで、どれくらい稼げるんですか?

松﨑 1時間で、最高がたしか36ドルだったと思いますね。

藤木 4000円くらいですか。

松﨑 そうですね。最初は8時間歌って4ドルでしたね(笑)。

藤木 コスパ悪いね(笑)。

Q3.  映画に出演する中での音楽体験で印象的なものはありますか?

藤木 実は、去年初めて映画の主題歌を歌ったんですね。それもあって、今映画との距離が、僕の中で縮まっているモーメントなんです。
松﨑さんはアメリカでの音楽の体験で印象的なものってありますか?

松﨑 『ハナレイ・ベイ』ですね? 僕はアメリカで英語のアクセントや発音を教える仕事をしているんですけど、教える際に、その人が音楽をやっているか、やっていたかどうかで、ものすごく覚えるスピードが変わってくるんですよ。音楽をやっている人はものすごく早い。

藤木 英語のアクセントを英語がネイティヴじゃない人に教えているってことですか?

松﨑 そうです、日本人も含めてネイティヴじゃない人たち。
僕は子音マニアなんですよ。子音の発音方法のマニアなんです。日本語も無声音になる音がいくつかあるじゃないですか。例えば「キツツキ」って全部子音しか言ってないんですけど、母音が聞こえるじゃないですか。

藤木 (小声で)キツツキ キツツキ

松﨑 その高周波音が日本語ネイティヴじゃない人にはすごく不快に聞こえるらしくて、アメリカ映画で日本語のセリフがあるときに、編集の段階で消されるんです。その結果、言葉がわからなくなるんです。
これを、オペラをやっている人たちは、すごくなめらかにきれいに、不快に聞こえないようにやっているので、どういうふうに調整しているのかなってすごく気になったんですよね。

藤木 基本的に音が出るときって母音じゃないですか。子音のある音だけで構成されるキツツキのような単語を除けば。音が歌声に乗るのも母音のときで、その母音の前に、子音をどう発音して言葉として聞かせるか。母音が1拍目にあるとして、その前に子音はもう準備してある。で、ビートの頭には母音しかない。

松﨑 例えば「そのひと」ってあったら、その「ひ」の前のHはどういうふうに発音しますか?

藤木 そのひと。そのひ~と~

松﨑 あぁぁやっぱりきれいですね! 高周波音がないですもん! すっごいきれいです!

藤木 日本語の「ひ」と認識して「ひ」と思っちゃったら、高周波音が出ると思う。だけど「HI」だと思えば、Hというのはなめらかな子音だと思うので、このひ~

松﨑 すばらしいですね。いや~こういう話が通じないんですよ、ふつう(笑)。
英語と日本語の強調のシステムって、実は同じなんですよ。なにかの言葉を強調する際に、ゆっくり、音程を高く発音する。例えば「僕がやります」っていうときに、「僕」を強調するときには「僕がやります」って上にいく。「やります」を強調するときは「僕がやります」って。これってオペラになると、音階はもう決められているじゃないですか。どうやって強調を変えるんですか? 例えば自分がこの言葉を立てたいと思ったときに。

藤木 基本的に、作曲家がその音階で書いていることが多いですよね。

松﨑 その曲調を見たら、なにが言いたいのか思いっきり表れている。

藤木 強弱記号がついていることも多いし、ひとつのフレーズじゃなくて、例えば、ひとつの歌の中でクライマックスは盛り上がるように書かれている。「愛」という言葉がすごく高いところにあったりだとか。
でも、すべての曲がそうなっているとは限らなくて、自分の盛り上がりと曲が違うときは違和感があります。

まだ生きてる作曲家だったりすると、「ここフォルテって書いてあるけど、ピアノにしてもいいかな?」って訊いたりもする。

松﨑 今言ったような、フォルテって書いてあるけどピアノにしたいと思うときは、どういう根拠があるんですか?

藤木 文脈ですよね。その前後で何をやっていて、その中で自分の気持ちはどうか。

松﨑 例えば、そこを立てたくない理由、ピアノにしたい理由は、そこを立ててしまうと自分が演じているキャラクターが本来ありえない性格性を出してしまうということなんですか?

藤木 全然そんなことはなくて、むしろピアノのほうが人は聴くんですよ。

松﨑 大切に聴こえる。

藤木 人は小さい音を聴く。だから一番大事なところが強くないといけないわけではなくて、その空間で一番小さい音が出されたときに、聴く人が耳をすませて、それが大事だってことがわかることもあるじゃないですか。

松﨑 演技でも、本当はこう思ってはいるけど、それを相手に見せたくないっていう感情がはたらいて、その部分を立てないことがあったりするんですね。だから今の話とすごく似てるなと思うのが、この単語は大切だから逆にそれを相手に思いっきり「これが大切だ!」って言いたくない、自分のほうに引いてしまうということがある。

藤木 わかります。本当に場合によりますよね。たぶん演劇のときもそうだろうし。
ただ曲の場合は、ある程度のことは決まっているから、そこにオーケストラがいて指揮者がいて、他に歌っているひとがいたら自由がきかない場合もあるし、ちょっと制約が多い。

Q4.  いわゆる有名な俳優さんたちといっぱい共演されていると思いますが、同僚として、先輩として、影響を受けたことは具体的にどんなものがありますか?

松﨑 ベテランの俳優さんたちが無意識にやっていることが、すごいなって思うことが結構あります。例えばイギリスの俳優さんとか、イアン・マクシェーンさんとかそうですけど、カメラの画角、つまりフレームの中にどれくらいの大きさで人物が映っているかというところで、演技の大きさを変えるんですよ。これって、舞台の役者が、劇場の大きさや客席がどれくらいかで、演技の大きさを変えるのとまったく同じなんですよ。

引きのショットの場合、画面の中に人物が豆粒のようにしかうつっていない場合は、完全な舞台の演技をする。まったく同じセリフ、まったく同じシーンなのに、そういう引きのショットの場合は、「よく来たな、ジャック・スパロウ!」ってやる。で、これがまったく同じショットなのに、超ドアップになると、「よく来たな、ジャック・スパロウ」ってまったく動かないで言う。彼ら舞台の俳優さんなんですけど、いろいろなハコで演じて、演技の大きさを調節するっていうことを無意識にやっていたから、そこからきているものなんだろうなって思って。

藤木 でも撮影の時点では引きで撮られるか寄せかっていうのはわからないわけですよね?

松﨑 わかります。一瞬でわかります。見た瞬間に。これはこれくらいの大きさだなって。カメラが向いている方向と、レンズの大きさとで。

Q5.  これが獲れたら人生がかわるかも? というオーディションが入ったとして、それに向けてどんなことをしますか?

藤木 この役が獲れたら自分のキャリアは明らかに変わるだろうっていう役があったとして、そのオーディションが1週間後に入っていたとする。そのために、例えば寝ずに勉強するとか、なにも食べずに痩せるとか……

松﨑 僕はないです、そういうのは。

藤木 普段通りにやる?

松﨑 普段から常に全力でやります。どんなに小さな役でも、そこまでやらなくていいだろっていうレベルまでやります。普通の人は「これだけやれば、このオーディションは十分だろう」っていうところまで、まずやるんですけど、そこまでいったら一度ゼロ%に設定するんですよ。もう1回そこから100%を目指すんですよ。だからどんなオーディションでも僕は常に一度100%までいったらリセットしてやり直して、もう一回そこから200%を目指していきます。どんな重要なオーディションであっても、そうでなくても、まったく同じです。だから全然緊張もしないですし、そういうふうに気負うってことはないですね。
600人とか700人いる中から1人に選ばれなきゃならないわけじゃないですか。この1人に残るためには、通常の努力だと絶対に無理なんですよね。普通の人がここが限界だと思っているところよりも、さらに上でなければ、絶対にそこにたどり着けない。
だからまぁオーディションを受けると、僕は60%くらいの確率で最終まで残ります。僕の生存スキルというか、生き残るための最終手段ですね。

藤木 僕もオペラでオーディションを受け続けてきたし、コンクールも受けてきたからそのことはよくわかって、特別なことをやるとだめですね、逆に。

Q6.  お住まいになっているロサンゼルスには、ハリウッド俳優を目指す日本人の方々が多くいらっしゃると思います。あえて「LAの日本人」と限定した場合、ご自分はどのような立場にいると思いますか?

藤木 おうちはロサンゼルス? 移住してどれくらい経ってます?

松﨑 18年くらいですね。

藤木 その町には、ハリウッドでの活躍を目指している俳優の方々がたくさんいらっしゃいますか?

松﨑 何百人もいます。

藤木 その中で実際に仕事をされている方の割合ってどれくらいなんですか?

松﨑 5%以下……ものすごく障壁がたくさんあって、それを全部クリアしなきゃならないので、本当に厳しい世界です。

藤木 僕が長く拠点にしているウィーンもやはり音楽の都と言われていて、世界中からそこに留学して、そこからヨーロッパで仕事をしようとする人は本当にいっぱいいるんですけれども、もちろんみんながそういう活動を始められるわけではない。

松﨑 たいていの日本人俳優がアメリカに来て、5年目までに90%が帰る。3年目を越えるのが50%くらい。5年目を越えるのが本当に10%くらいですね。タイムリミットがあるんですよ、ビザの世界なので。そのタイムリミットをどのように使っているか見ると、この人は3年目の壁は越えられないな、5年目の壁は越えられないな、っていうのはもろにわかります。何百人も見てきたので。逆にこの人は残れる可能性が高いなっていうのもあります。
さっき言ったように、失敗を恐れないでガンガンいく人はたいてい生き残ります。逆に失敗がこわい人は生き残れないですね。

藤木 それはその人のエデュケーションとか、評価されてきたとか、持っている自信にも関わってくるんですかね。

松﨑 いや、必死さですね。エネルギーをどれくらいの割合でそこに捧げているかっていう感じですね。タイムリミットがあるって自覚してないんですよね、たいていの人は。タイムリミットがあと1年後くらいに迫ったときにがんばればいいやと思っているんですけど、そのときはもう間に合わないんですよ。大体2~3年前くらいから、2~3年後のための準備をしなきゃいけないので。

藤木 みんなで協力しあう世界ではありますか?

松﨑 あります、あります。一番やってはいけないことがあるんですよ。アメリカに行って俳優を目指すときに、日本人の友だちを一切作らないで、アメリカ人の友だちだけと交流しようという方法をとる人がいます。だめです。絶対にまずいです。日本人としてのサバイバル、生き残るための知識を手に入れることができないので、生き残る術を失っちゃいます。数年経ったら日本語が変になってきちゃいますし。

藤木 僕もイタリアとウィーンに留学してたんですけど、言葉を学ぶためにできるだけ日本人の友だちとつるまないようにしよう、日本語を使わないようにしようって最初は思ってたんですよ、20代半ばのころ。でも、やっぱり心がすさんでくる。

松﨑 例えば、自分が練習している言語をしゃべる友だちがいるとするじゃないですか。で、その友だちに発音方法とかを聞けばいいんじゃないの? っていうのが安直な考え方なんですよ。30万語あるんですよ! 30万回聞くんですか? って話ですよ、同じ人に。それを1回聞くのに1分だとしますよ。30万語聞くためには30万分必要になるんですよ。絶対現実的じゃないんですよ、その勉強方法って。
だから、僕は辞書を覚えることにしたんです。10秒で引いて、10秒で意味理解して、あとでもし間違っていたら直せばいいし、それを実際に使用して向こう側が違和感を覚えたら、なにか間違っている。あとでいいじゃん、修正するのは。

松﨑悠希さんが読んでいるシェイクスピア。すべての単語を一度は辞書で引くという。当時のニュアンスを理解するために、現代の辞書ではなく、古い辞書を使っているとか。
使い始めてまだ3週間の中国語の辞書。中国映画に出るために、「2ヶ月で中国語を喋れるようになる」ことを目標にする。

藤木 時間の使い方、タイムマネジメントがしっかりしていますよね。どれだけTime is moneyと思っているか、無駄にしないようにしている感じがしますよね。

Q7. アメリカと日本の、興行的なマーケティング、映画を多くの人にみてもらうための戦略の違いはどんなことがありますか? ファン層を広げたり、新しく興味をもってもらうためにご自分でやっていることはありますか?

藤木 映画も音楽も舞台も、とにかく人に観てもらわないといけない商売でしょう。アメリカでの興行の主催者、あるいは俳優自身が、いろんなお客さんに来てもらうために努力しているプロモーションや宣伝の方法があったら教えてほしいんですけれど。

松﨑 僕は俳優なんですけど、結局向こうで活動するためには、俳優としてのスキル以外のスキルも必要になってくる。その中でプロデュース系の知識もどんどん増えていって、とある舞台をやったとき、明らかにメインのプロデューサーが力不足で、プロモーションもできてないんですよ。

そのときに僕が入ってどうしたかっていうと、まず、出演者それぞれのポスターを作ってあげました。ソーシャルメディア用の。全員がメインで1人しか写っていないポスターを作ってあげました。で、それぞれのポスター、ポストカードを作った際に、そこに5ドル引きの割引を入れて、それを持参すれば入場料が5ドル引きになるよっていうようなものを作ってあげたり。自分しかもっていないポスターだから自信をもって人にあげられるし、それを実際に使ってくれれば5ドル引きになるっていうインセンティブがある。気持ちよく宣伝できるツールを用意したんですね。

藤木 やっぱり役者それぞれ、自分自身を自信をもって売れるというか、プロモートできることが重要と思われるんですか?

松﨑 英語で言うとsell outって言うんですけど、買って買って買って買ってって言うのって、すごくあさましいと思われる。

藤木 アメリカで?

松﨑 そうです、アーティストとしての誇りを捨ててあさましいと思われちゃう。自分の商品に自信があれば、そんなに必死にならないだろうっていうふうに思われるわけですよ。

藤木 日本でも「切符を売るのはアーティストの仕事ではない」という考え方を耳にすることがあります。結局お客さんが入らなくて商売として成り立たない、ちょっと良くないサイクルというか、うまくいっていないことが多いと思うんですね。
あとやっぱり若いお客さんがいないのがいつも課題で、だんだん客席の年齢層も上がっていって、仮にそれが入れ替わらなければ本当にお客さんがいなくなっていくような状態をみんな危惧しているんですけど、舞台はどうですか? 若い人多いですか?

松﨑 ハリウッドでやる舞台って、俳優とかコミュニティの周りの人たちを対象にしているので、基本的には採算度外視で本当にトントンみたいな感じなんですよね。

でもクラシック音楽の話で言えば、若い人が減っていってるのは、別にクラシックが魅力的でなくなったというわけではなくて、統計的な話でもあるじゃないですか。若者が少なくなっているという傾向が止まるわけはないので、そこに力を注ぐ、全力を注ぐっていうのはあんまり生産的じゃないんじゃないかなと僕は考えますけどね。
逆に年配の方が増えているのであれば、そこのひとたちにもっと魅力を伝えるようにすれば、客層が増えるんじゃないかって思いますけどね。

Q8.  クラシック音楽を日本で広めるための提言はありますか?

松﨑 クラシックのコンサートって、ひとりで来る人が多くないですか?

藤木 本当にその世界に集中したくて、ひとりで来てくださる人も多い。カップルとか友人2人組とか、コンセプトによっては家族とかの単位も多いと思います。

松﨑 僕が宣伝する立場であれば、「ひとりでクラシックを堪能しよう!」っていうコンセプトで宣伝します。世間の煩わしさ、ストレス、全部忘れて、ひとりでその世界を堪能しようっていうのを全面的にやりますね。別に誰とも共有しなくても楽しめばいいじゃないっていうそういうわがままな楽しみ方を全面的にプッシュするかも。

藤木 例えばペアチケットみたいなものはあるわけです、今でも。2枚買ったら割引になるとか、親子券とか。

松﨑 ひとりで行く場合は、回数券を買えばいいですかね。

藤木 定期会員のシステムはありますよね。大体そのシーズンのラインナップが出たときに、会員の人は、その日程は必ずおさえて、それには行くっていうシステムはある。

松﨑 もしその年間パスのシステムが日本にあったとして、年パスをもっている人たちの会食会じゃないですけど、コミュニティがあったりすると、つながって絶対抜けなくなる。

藤木 あぁ、お客さん同士の関係ができるからってことですね。

松﨑 みんなで「また今度楽しみだね」って話になって、絶対にその年間パスから出たくなくなることが実際あるんですよ。アメリカでその年パスに入っている人たちって、公演のあとにロビーでずーっとがやがやしてるんですよ。もう顔見知りなんで。ずーっと一緒に年パスで同じ舞台を見てるんで、超盛り上がるわけですよ。で、公演が終わって1時間とか2時間とかずーーーっとロビーで話してるんですよ。

藤木 その劇場はお客さんたちを追い出したりしないんですか?

松﨑 もちろん11時になったら追い出しますよ(笑)。

藤木 でも11時なんですね、けっこう遅いですね。

松﨑 コミュニティを、ないのであれば作っちゃおうっていう。

藤木 でも、層を広げる、今まで来てない人が来れるようにするのはその考え方なんですかね。

松﨑 僕が言う以前に絶対に試されているとは思うんですけど、一番安直な方法は、セットにしちゃうってことですよね。コラボ。ほしいと思っている客層の人たちがエンジョイしているものと、クラシックを混ぜてしまう。そこを入口にして、取り込んでいく方法。もしくは、コラボした新しいジャンルをおそれないで、それをクラシックの柱のひとつにしちゃうのも手ですよね。

藤木 おっしゃったように割ととられている手法ではあると思うんだけど。「純」を見たい人がコアなファンだと思うので、そこをうまく、会員制にしたり、この回は新しい試みを見てくださいよって会員のメニューに入れてしまう方法なのかもしれないけど。

松﨑 ただ、一度も経験したことのない人がいきなり会員になるってことは絶対にない。

藤木 入口ですよね。

Q9. 当時の藤木大地の印象と、今20年以上ぶりに再会した印象を率直に教えてください。藤木大地と今後一緒にやりたいことはありますか?

藤木 9個目の質問なんですけど、あの頃の僕と、今の僕の印象を教えてください。

松﨑 「一途」っていうのが一番最初のワードですね。常に一途。研究熱心で、努力が苦じゃないというような印象がありますね。がんばることが普通であって、それを誇らない。

藤木 やりたいことがあるもんね。今これから、人前に出る仕事ができるようになった我々として、なにか一緒にできることはないでしょうか。なにかやりたいことありますか?

松﨑 何ならできるでしょうかね、僕たち。僕のできることが限られているから。

藤木 じゃあわかった。松﨑さんが出る映画の主題歌を歌わせてください。

松﨑 それいいですね。それがいいです。

一度どん底を経験すると、そのあとに上を目指すしかなくなる

松﨑さんからの逆質問

松﨑 ひとつだけさっき聞いてないことがあって、先輩がテナーからカウンターテナーに転向したときに、転向する前の時点ってどういう心境だったんですか?

藤木 歌をやめようと思っていました。簡単に言うと。歌がつまんなくなって。

松﨑 どれくらいの期間?

藤木 うーん、4年くらい。

松﨑 その期間があったから今があると思いますか?

藤木 そう思いますね。

松﨑 僕もそうだろうなぁって思ったんですよ。一度どん底を経験するとそのあとに上を目指すしかなくなるじゃないですか。一度自分が一番底辺にいるって認識したあとって、そこから先はもうプラスにしかならなくなるじゃないですか。

藤木 だからやっぱり歌がまた歌えるようになったっていうのは僕にとっては嬉しいことで。もうやめようと思っていたから。

松﨑 カウンターテナーに転向して、何が一番楽しかったですか?

藤木 自由に音楽ができること。音楽するツールとして自分の声があって、表現の方法としてね、それが今までもっていたものよりも、すごく自由に操れるようになったし、音楽を表現できるようになった。

松﨑 なんで聞きたかったのかっていうと、つまり先輩は、自分が本当にもっている才能にその瞬間まで気づかなかったってことじゃないですか。ということは、それと同じように、全世界にいる自分は才能がないと思っている人たちにとっては、希望の光なわけですねよね。自分自身があることすらわかっていない才能をもっている。自分がどん底にいた4年間の間、自分自身ができることに気づかないで、できないことに集中していたと。

藤木 生きるために違う方法を考えていましたね、当時は。探している中で見つかったのがあの声だったわけで、もしかしたらまだ別のものに気づいていないかもしれない。見つけることができてよかったなーと思うけど。

松﨑 その地獄の期間があってどんなことが役に立っていますか?

藤木 できなくて苦しんでいる人の気持ちがわかる。

松﨑 なるほど!(笑) 自分もそこにいたから! そのときに、例えばその人がこういうことをすればいいのになっていうふうに思うことってありますか?

藤木 でもそれは人に教えてもらったら、多分ちょっとはうまくいくのかもしれないけど、その先にはいけないと思うんだよね。自分で見つけないと。その人それぞれの人生のことだから。

松﨑 なるほどなるほど。

藤木 で、一応インタビュアー僕なんですけど(笑)、今日僕の取材じゃないから。最後の質問をしてもいいですか?

松﨑 (笑) はいどうぞ。

Q10. あなたにとって、「音楽」とは?

藤木 松﨑悠希さん、あなたにとって音楽とはなんですか?

松﨑 僕にとって、音楽とは言語そのものですね。音楽は常にだれかがしゃべっているものを聞いている限り、流れています。この人は声という楽器を使うのがすごくうまいなぁっていうふうに感じたりします。「あぁ~あなたのDの発音すごくきれいですね」っていうことを言ったりします(笑)。

藤木 マニア! なにも知らない人気持ち悪いと思うじゃないですか、それ!(笑)

松﨑 あるいは先輩の声でいったら、母音から始まる言葉の入り方のなめらかさが半端ない!

藤木 意識したことない(笑)。

松﨑 きれ~いにスムーズに、なんていうかこう、バニラアイスクリームみたいな入り方をする!

藤木 母音が?

松﨑 しゃべりはじめが母音のときです。

藤木 特に何の母音とかありますか?

松﨑 じゃあ「あたらしい」って言ってください。

藤木 あたらしい。

松﨑 もうほら!! この「あ」って、先輩のように僕出せないですね。あ、あ、あ、これよりもさらにきれいなんですよ。で、日本人は基本的に母音から入るときって、声楽をやってない人って、基本的に声帯がしまった状態からスタートするから、「あ」ってすんごい汚い音になるんですよ。あ、あ、あ、あ、

藤木 でもそれができるなら、きれいな音になるじゃない。

松﨑 できなかったらできないんですよ。再現できないんですよ。だから今の「あ」って音がす~っごい美しい音なので、すごいなぁと思いますよね。

藤木 いや~変人だと思う。じゃあそろそろ飲みに行きましょうか。ありがとうございました。

対談を終えて

時間を大切にするひとでした。22年会っていない間にハリウッドのスクリーンに登場する俳優になった松﨑さんは、辞書を引く10秒にも、対談の2時間(予定の倍!)にも、そしてチキン南蛮を一緒に食べに行くお店に遅れてしまいそうな10分にも、時間と、共に過ごす相手へのリスペクトに満ちた「大きな姿」で向き合っていました。『パイレーツ・オブ・カリビアン』エンドロールに「Yuki Matsuzaki」の文字をみたとき、僕は涙が出たよ。その13個のアルファベットがその順番でそこに流れるまでに、あなたがどんな時間を過ごしたかと思うと。いつかまた会おう。

藤木大地

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