インタビュー
2020.11.29
藤木大地の大冒険 vol.10

クラシック音楽の事務所や業界団体を率いる入山功一と、コロナ禍の音楽の未来を語る!

カウンターテナー歌手の藤木大地さんが、藤木さんと同様、“冒険するように生きる”ひとと対談し、エッセイを綴る連載。
第10回のゲストは、藤木さんが所属する音楽事務所、株式会社AMATIの代表取締役で、一般社団法人日本クラシック音楽事業協会(以下、クラ協)の会長でもある入山功一さん。アーティストマネジメントの道に入った経緯や体験エピソードのほか、クラ協の会長としてコロナ禍の苦境に喘ぐクラシック音楽業界をどう導くのか伺いました。

冒険者
藤木大地
冒険者
藤木大地 カウンターテナー

2017年4月、オペラの殿堂・ウィーン国立歌劇場に鮮烈にデビュー。アリベルト・ライマンがウィーン国立歌劇場のために作曲し、2010年に世界初演された『メデア』ヘロルド...

写真:各務あゆみ
編集協力:岡山朋代

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音楽と言葉

日常の中で頭に音楽が流れる時、僕は他のことが手につかなくなる。だから普段は音楽を流さないし、移動中にイヤフォンを使うこともない。

家から出られなかったあの頃、高校の時によく聴いたミスチルの曲がずっと頭を流れていた。

「何が起こっても変じゃない そんな時代さ 覚悟はできてる」

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25年前に歌われたうたが、まるで今作られたように響いていた。
そして、何もできなかったし、何もしなかった。

言葉はあっという間に流行り、使いふるされる。
言葉は人を喜ばせ、人を傷つけ、人を慰める。
この6ヶ月間、好きではなく聞き飽きた言葉は、せめて自分では使わないようにしていた。

自粛は、文字通り自分で行なうものだ。人から言われてやるものじゃない。

このご時世だから、こんなときだからこそ、と言うけれど、何もかもを時代のせいにはしたくない。

音楽のチカラ、新しいカタチ、確かに昔使ったこともあるけれど、そこだけ「カタカナ」って今は特にわざとらしくない?

聞こえる言葉、見える言葉にひとり反発しながら、言葉が心を蝕むことのないように、僕は粛々と、淡々と暮らそうとしていた。

もうかつての日常が戻ることはないだろう。そんな言葉も聞く。
聞くけれど、そうかもしれないけれど、僕はそうじゃないことを望んでいる。

25年前のうたが、今も心に響く。
まさにクラシック音楽じゃないか。

2020年を経験した僕たちが求めて接する音楽は、よりよいものになるに決まっている。

2020年8月31日 藤木大地

対談:今月の冒険者 入山功一さん

取材は、藤木大地さん(右)の事務所であり、入山功一さんが代表取締役を務める株式会社AMATIで行なわれた。
入山功一

大学在学中より梶本音楽事務所のスタッフとしてさまざまな企画の立案、アーティスト・マネジメント、招聘業務を行なう。1996年より宮崎県が主催する宮崎国際音楽祭の立ち上げに参画し、現在に至るまでアシスタント・ディレクターを務める。2004年から梶本音楽事務所副社長を務め、09年に同社退社。09年10月には株式会社AMATIを設立し、代表取締役社長に就任。多くの演奏家、団体のマネジメント、招聘を手掛け、雅楽定期公演、若手演奏家を紹介するシリーズなど、意欲的な企画を主催している。2019年6月より一般社団法人日本クラシック音楽事業協会 会長。

藤木大地が入山さんに訊きたい10個のこと

Q1.少年時代からクラシック・ファンだったそうですね。音楽とはどのように出会い、明治大学法学部を卒業し、音楽事務所に就職するまで、どのようにご自身のまわりにありましたか?

入山 小学校のときに児童会の会長をやっていて、役員の打ち合わせが音楽室で行なわれていたんですね。放課後遅くまで残って、ステレオをいじっていたずらするのが好きな子どもでした。

藤木 いたずらとは?

入山 クラシックのレコードを、回転数を速くしてかけるんですよ。学校の音楽室ですからクラシック音楽のレコードしかなくて、聴いているうちに好きになって。

藤木 回転数の速いベートーヴェン!(笑)

入山 最初に買ったレコードも覚えていますよ。オイゲン・ヨッフム指揮の「運命」と「未完成」。よくあるカップリングを1,300円くらいで買ったのかな。

藤木 小学生にとっては大きな出費ですね。入山さんにとって初めての演奏会は?

入山 小6の夏休みに、日本フィルの親子コンサートへ行ったのが初めて。東京文化会館でしたね。千住真理子さんがヴァイオリンのソリストだったと思います。

藤木 お一人で?

入山 嫌がる親と。

藤木 ご両親は興味がなかったんですか?

入山 まったく興味なし。最後までなかったと思いますよ。レコード買うのもコンサート行くのも、ほとんど自分の意思でした。小学生でクラシックの楽しさを知って感激して、中学生になったら演奏会へ足を運ぶ日々が続きましたね。

藤木 クラシック音楽のどんな点に魅了されたんでしょう?

入山 オーケストラの“音”に圧倒されました。生の演奏はレコードをはるかに上回る臨場感ですよね。それで中2くらいから読売日本交響楽団の定期会員になって。

藤木 会員になれるオーケストラって他にもありますよね。どうして読響だったんですか?

入山 単純な理由なのですが、当時うちが読売新聞を購読していたから。お正月には必ず、その年の読響ラインナップが一面に出ていたんですよ。それで親しみを覚えるようになって。高校のときだったかな……読響の機関誌の座談会に呼ばれたこともあるんですよ。中学生から定期会員って珍しいと思われたのかな。

藤木 そんな思い出も!

入山 えぇ。それで読響に通い始めて、中3で生まれて初めて外国のオーケストラを聴いてみたいと思ってラインナップにあったのが、フィラデルフィア(管弦楽団)でした。ユージン・オーマンディの指揮でしたね。今でも忘れられないですよ。東京のオーケストラも素晴らしいんだけど、何か“別もの”を聴いた感覚でした。で、当時のヴァイオリンのソリストがアイザック・スターン。

藤木 当時はお小遣いで演奏会に行ってらっしゃったんですか?

入山 親に出してもらっていました。

藤木 ご両親、興味はないけれど、ご理解はあったんですね。

入山 そうそう。フィラデルフィアは12,000円だったかな。私がクラシック好きだというのはわかっていたから出してくれたんでしょうね。

藤木 ご自分で演奏するきっかけはなかったんでしょうか?

入山 結局なかったですね。自分で言うのも恥ずかしいのですが、努力が必要とされる場面でスタートが遅れて、負けるのがイヤなんです。負ける土俵には乗らない。でも、クラシックが大好きになったら、楽器のひとつもやりたいに決まっているじゃない?

藤木 はい。

入山 クラシックの魅力に目覚めていなかった幼い頃は正反対で。3~4歳でヴァイオリン教室に連れて行かれたときは、泣き叫んでイヤがるほど大騒ぎしたらしい。で、成長してクラシック好きになったときには「どうして無理してでも習わせてくれなかったの?」って親に文句言ったりして(笑)。

藤木 ご両親、きっかけを与えてくださっていましたね。

入山 何か楽器をさせたかったのかもしれないですね。現に妹はピアノを習いました。でもとにかく、中学生で楽器を習い始めるのは遅いと勝手に判断して「聴く側でエキスパートになろう」と思ったんです。

藤木 その後、明治大学法学部に進学されました。その頃は、音楽に対してはいちオーディエンス、いちファンとして接していらっしゃったんでしょうか?

入山 そうですね。法学部へ行ったのは、法律関係の仕事に就きたかったわけではなく、つぶしが利くと思ったくらいの軽い気持ちでした。だから就職活動が始まる頃にすごく困りまして。就活が始まるタイミングで、初めて「法学部の同期が就職するような銀行や証券会社に、流されるように入るのはよくないのでは」と自問自答しました。遅ればせながら、一生の時間を費やすかもしれない仕事について真剣に考え始めました。

藤木 どんな方向性で就職活動を進めたんですか?

入山 たどり着いたのが「エージェント」への興味でした。自分のアイデアで、そこにあるものを並べ替えるだけで価値が生まれたり、商品になったり。一方で、数あるエージェントの仕事の中に自分が飛び込むとしたら、他人より秀でているジャンルでなければ勝ち抜けないと感じたんです。そして、旅行・広告・出版などさまざまなエージェントの種類がある中で、自分が誰にも負けずに詳しいといえるのは「クラシック音楽」しかないと思い至りました。

藤木 それで、梶本音楽事務所(現:KAJIMOTO)に出会われたんですね。

入山 はい。もう亡くなった創業者の会長(故・梶本尚靖氏)が面接をしてくださって、それは私にとって「出会い」になりました。楽しく話していたら、あっという間に内定が決まって。大学4年からアルバイトを始めたんです。当時、会長からお聞きした「うちはこういう精神でやっているんだ」というアーティストマネジメントが、私の支柱になっています。

Q2.2009年にAMATIを設立されます。新しい会社を作って経営者になろうと思われたのは、どういったきっかけだったのでしょうか。

入山 梶本音楽事務所では好きなことをやらせてもらっていたので、「いつか自分の事務所を立ち上げたい」という業界に飛び込んだ頃の独立志向はなくなっていたんです。愛社精神も芽生えて一生全うするつもりでいましたが、あるときから自分のアーティストマネジメント手法がこの業界で通用するかどうか、挑戦してみたくなって。

藤木 僕、社名の「アマティ」は楽器の名前だと思っていたんです。でも「Artist MAnagement Tokyo Inc.」の略なんですよね?

入山 独立当時の思いを反映することにしたんです。私の理想とするのは、イベントや企画に合うアーティストをパーツにあてはめるプロデュースではなく、アーティストがそれぞれ抱えている想いや夢をサポートするアーティストマネジメント。そうした考えにこだわって独立した経緯があるので、社名に「アーティストマネジメント」という言葉を入れたかったんですよね。

Q3.公演の制作(招聘や主催)、音楽祭の運営、アーティストマネジメントなど、長年クラシック音楽のほとんどの業務に関わるなかで、事務所の信条でもある「音楽との出会いが人生を彩り、より豊かな社会を創る」と信じられる瞬間には、どのような個人的な思い出がありますか?

入山 クラシック音楽を好きになったことによって、感受性や想像力……もっと言えば、他者を思いやる気持ちが育まれたと実感したんです。その延長線上に、ちょっと大げさな言い方かもしれませんけど「幸せな社会」がある気がする。「幸せって何?」って聞かれると思い出すエピソードがありまして……。3人いる子どものうち、真ん中の子が小学校に通い始めたときくらいだったかなぁ。

藤木 気になりますね。

入山 真ん中の子が「人の身に起きることで、良いこと・悪いことって数が決まっているの?」って聞くんですよ。つまり「良いことのほうが多い人、悪いことのほうが多い人って、どちらが多くいるの?」って。

藤木 哲学的ですね。何て答えたんですか?

入山 「同じことが起きても、それをどう捉えるかで良いこと・悪いことって違ってくるんだよ」って。要するに、心の持ちようだと答えました。

藤木 お子さんはどんな反応でしたか?

入山 「ちょっとしたことでうれしいから、私は良いことが多い人生だわ」って。「席替えで窓際の席になったから、今学期は外の景色を見ながら授業が受けられてうれしい」と。

藤木 なるほど。

入山 幸せって、たぶんそういうことじゃないかと思っているんです。ちょっとした幸せを感知するセンサーって、想像力や感受性がある人ほどよく働く。だとしたら、それらを育むクラシック音楽をはじめ、文化芸術との出会いが人々を幸せにしてくれると思うんですよね。

Q4.音楽家の中には、事務所に所属して活動したいと考える人も多くいると思います。わたしもそうでした。ズバリ、クラシックの音楽家として音楽事務所に所属するにはどうすればいいのでしょうか? また、所属アーティストとしての藤木大地の印象は?

藤木 特に、コンクールなどがうまく行って本格的にキャリアをスタートするときや、海外から日本に戻って活動を始めようとするときに、事務所へ所属するにはどうしたらいいんだろうと考えることがある気がします。

入山 ご縁があるかどうか……恋愛や夫婦関係に似たところがありますね。自然に出会って所属、という方もいますし、どなたかが席を設けてくださった“お見合い”で成就するケースもありました。そのアーティストがどれだけ優秀で、国際的に活躍して実績もあるかはもちろん重要ですが、それ以上に縁があるか・相性がよいか、ですね。

藤木 例えば、入山さんがコンサートへ行ったときに「この人は絶対うちでマネジメントしたい!」と思ったことはありますか?

入山 ありますよ、“押しかけ女房”みたいにお声がけしたこと。でも、あちらにとって魅力的なご縁と感じていただくことができなければ、うまくいかないですし。

藤木 やっぱりご縁なんですね。いろいろなアーティストをご覧になるなかで、私の印象はいかがですか?

入山 藤木さんとの出会いは“お見合い”でしたね。

藤木 はい、宮崎県立芸術劇場の当時の館長・青木賢児さんのご紹介で。

入山 「お互い、何者かよくわからないうちに結婚するのではなく、まず自然な形で交際を重ねて結婚するタイミングが来ればいいですね」という話をしたような気がする(笑)。

藤木 宮崎国際音楽祭の公演前でしたね。

入山 そうそう。あと藤木さんの印象ですが、大変頭のいい方ですよね。いろんなアイデアや才能にあふれているし、プロデュースもお好きじゃないですか。あまりにパーフェクトすぎるから、もう少し“抜け”ているところを見せてもいいのかな、って思いますね。

藤木 抜けてますよ! ずっとボタンが外れていたのを、あとで人に送った写真を見て気づくありさまで。

入山 抜けているフリを、“計算”でやれるようになったらいいのかもしれません。完璧なのに隙がある人って好かれるじゃないですか、人たらしというか。それが計算か天然か、というのは実はどうでもよくて。

藤木 思い当たる方がいらっしゃいそうですね。

入山 私がまだ20代の頃、ある著名アーティストとツアーをしたときのことでした。宇都宮のホールで演奏を終えて、市長から館長・スタッフにいたるまで主催者の皆さんが楽屋口でお見送りをしてくださったときの出来事です。

「今日はありがとうございました」って頭を下げられながら、タクシーで会場をあとにする。私も同乗していて、タクシーが100mくらい行ったところでしたか、その演奏家が「ちょっと止めて」って突然言って。それで私に「今日の担当者って、名前は何とおっしゃるんだっけ?」と聞いて、私が「○○さんです」と答えた瞬間、おもむろに窓を開けて、半身を乗り出しながら「○○さーん!!」って大声で叫んで。

その担当の方は、100m全力疾走。

藤木 (笑)

入山 すると、演奏家が担当の方の肩を抱きながら握手して「あなたのおかげで今日は成功でした。ありがとう!」って感謝の言葉を伝えるんです。担当の方は、涙を流さんばかりの大感激。そうすることで、市長や館長みたいな偉い人たちの面目も立ちますしね。で、「じゃあね」と言ってタクシーを出す。

当時、私はその演奏家が本当に思いついてそうしたのか、演出だったのかわかりませんでした。会場を出るときにやったっていいのに、わざわざ100m動いてから言ったのか。でも、その演奏家がそうすると、演出だとしても全然いやらしく見えないんですよ。だからぜひ藤木さんにも、その域に達してもらいたいんですよね。

藤木 そうかぁ~。

入山 好かれようと心を砕くのではなく、隙を見せることで愛される人になってほしい。

藤木 隙だらけですよ、僕。

入山 でも傍から見ると、完璧に見えますよ?

藤木 いやいや、何か必ず忘れますし。

入山 でもほら、「彼の欠点は上手すぎるところだね」って指摘されるような“そつのない”人っているじゃないですか。そういう人って好かれないことがある。

藤木 勉強になります。

入山 藤木さんも、その域に絶対行けると思いますよ!

Q5.2020年3月16日に、前身から数えて創立60年を迎えた日本クラシック音楽事業協会(以下:クラ協)の会長として、政府のイベント自粛要請によって多くの公演の中止や延期になっていることについて損害の補填などを求める要望書を、文部科学大臣や経済産業大臣に提出されました。この要望は、どのようなことにつながりましたか?

入山 クラシック音楽の民間事業者って、これまで国に対して声を上げることが少なかったですよね。今回、いろいろ動いてみて感じました。

業界全体で見れば、オーケストラは補助金をもらっていますが、私たち97社は国から助成金を得ていないんです。むしろ受けないことが自由な活動の“矜持”になっていて、国から口出しされないことが潔いと思っていた。だから、いざというときに官公庁や政治家とのパイプがなくて。

藤木 具体的な窓口はどちらになるんでしょうか?

入山 クラシック音楽を愛好する議員さんの集まりで、国の中で大切にしていこうと党の垣根を超えて呼びかける超党派の「文化芸術振興議員連盟」というのがありまして。その代表や事務局長にご挨拶へ行きました。河村建夫さんという、麻生内閣のもとで官房長官をやっていらした自民党の方が座長を務めていらっしゃって。

藤木 国会議員の集まりに、ご挨拶へ行かれたんですね。

入山 はい。新型コロナの影響によるイベント自粛の際には、ずいぶんと親身になってくださいました。文化庁で560億という第2次補正予算を確保できたのは、こうした議員連盟の皆さんのおかげだと思っています。

藤木 この議員連盟、もっといろんな方に知ってもらいたいですね。

入山 本当に。何かあったときに動いてくださることは確かなんでね。

藤木 他にも要望書を持ち込んだ窓口がありましたよね?

入山 文化庁と経済産業省へ。

藤木 すべて3月16日に?

入山 はい、すべて同じ日に提出して。要望書を持って行ったのは、あらゆる業界団体の中でいちばん早かったんでしょうね。いろんなところで報道され、叩かれました。

藤木 「困っているのはイベント関連だけじゃない」「飲食業をはじめ、国中みんなが大変なんだ」という声が挙がりましたね。

入山 はい。でも、私たちは国からの要請に従って、業界全体の足並みを揃えてイベントを自粛した。それに対する補償は当然あるべきだろう、という論旨で要望書を出しました。

藤木 結果、補償にはつながりましたか?

入山 直接的にはつながらなかったと思います。自粛に対する補償ではなかったですからね。でも要望書が作用して、その後いろいろな補助金が決まっていったわけですから、意味はあったと思います。

藤木 クラシック音楽業界に対する、国の理解は進んだと思いますか?

入山 今回のことで進んだのではなく、もともと理解はあったんじゃないですかね。オーケストラに対する助成金や国の予算はありましたし。

藤木 では、国に対して新たにリクエストするなら、どういったことでしょうか?

入山 予算を配分するときに、私たちのような業界団体をもっと活用して欲しいですね。クラシック音楽の世界って、どんな人や団体がどのくらい大変なのか顕在化されにくい。オーケストラがあって、民間事業者がいて、フリーランスの演奏家がいて、こんな仕組みで演奏会が行なわれているから、それがなくなると誰が困って、玉突きでどんなところへ影響するか、というのがわかりづらい業界なんです。

だから予算があっても、どんなふうに配れば必要とする人や団体へ広く届くのか、役人の方々もいろいろ調べて取り組んでくださっているのですが、“中の人”からすると少々ポイントを外していると感じることがあります。

藤木 認識のギャップを、業界団体の意見を取り入れながら埋めてほしいと。

入山 そうですね。

藤木 でも、振り返れば、あれから半年しか経っておらず。

入山 国を批判する人もいるかもしれませんが、かなり迅速に動いてくださっていることは確かですよ。「もともと税金だから、自分たちのお金がそうやって回っているだけ」という人もいますけどね。

Q6.その後、クラ協はクラシック音楽公演運営推進協議会(以下:クラ協議会)を設立し、6月11日に「クラシック音楽公演における新型コロナウィルス感染拡大予防ガイドライン」を策定し、内閣官房の了解を得て発表します。これまでの政府や官庁とのやりとりのなかで、国の文化(音楽)事業に対する理解やサポートはどのように変化してきたと感じますか?

入山 イベント自粛の即時解除を前提に、クラ協では3月の時点でガイドラインをつくっていました。でもその後、非常事態宣言が出されて。

藤木 外に出るのも憚られる世の中になってしまって、再開時のガイドラインが発表できなくなってしまったんですね。

入山 そう。一方でこれほど事態が深刻になってしまったら、再開時における業界ごとのガイドラインは国が示すべきだ、というのも私たちの主張でした。

ところが、国は一つひとつ見ていられないから「ガイドラインは業界団体がつくりなさい」という話になって。当時の専門家会議で諮って内閣府で承認されたら、正式なガイドラインとして発布する流れに。

藤木 業界団体へ投げられてしまったんですね。

入山 はい。当時は話し合いの集まりすらできていなかったので、いわゆるクラシックの業界団体といわれる、日本オーケストラ連盟、日本演奏連盟、我々の日本クラシック音楽事業協会(クラ協)の三者と、いくつかのホールが集まって「まずは、ガイドラインをつくるために協議会を開きましょう」と言い出したのが私だったんです。

藤木 入山さんが旗振り役だったんですね。

入山 業界団体同士は利害がぶつかることもあるんですが、非常時に集まって足並みを揃えられたというのは、今回の副産物のひとつですね。今後また何かあったときに、この協議会が機能するかもしれませんし。

藤木 ということは、国は業界団体を信頼し、すべて任せた上で承認する形だったんでしょうか?

入山 そうですね。現場の知識と経験に任せてくれました。

Q7.クラシック音楽に関わりの深くない方々からは「好きなことを仕事に選んだのだから、自己責任である」という声が耳に届くこともありました。聴衆や社会とつながって初めて成立するクラシック音楽は、今後社会とどのように関係を築いていけばよいでしょうか? また「クラシック音楽があなたを幸せにすること」を世の中にどう伝えていけばよいか、ディスカッションしてみたいです。

入山 クラシック音楽の業界って、好きな人が・好きな人に届けるだけで完結しちゃうところがありますよね。「どうしていま、この音楽を社会に届けなくてはならないのか」──という意義、すなわち社会との関わりをどこか置き去りにして走ってきてしまった。この事実と向き合わざるを得なくなった気がするんですよ。

藤木 本人が好きでやっている表現活動は自己責任なのに、窮状に追い込まれた途端「助けて」と訴えるのはお門違いでしょう、という風当たりの強さにある背景も、社会的意義を見出してもらえていないからでしょうか?

入山 ちゃんと社会の役に立っている側面もあるんですけどね。わかりやすい一例ですが、震災のときには演奏家が小学校や避難所を慰問し、クラシック音楽を通じてお客さんの心を癒しています。涙を流して感激してくださっている被災者を見ると、「あぁ、クラシック音楽に居場所はある」と実感する。

それを見いだせない人は残念ながら、他者を思いやる気持ちや想像力が育まれなかった人なんじゃないかな。理解のおよばない他人に不寛容な時代は、次第に社会を「分断」します。

でも、ひょっとして、その分断を埋めるような存在が、感受性を育む文化芸術なのだとしたら——。私はね、クラシック音楽をはじめ、アートや芝居にはそうした可能性を秘めていると思うんです。

一方で、演奏家の皆さんには「自分の活動が社会の役に立っているか」という視点で日ごろ発信してきたか、ということを問いたいですね。自らに問いかけてほしい。

08.7月11日から13日まで新日本空調研究所内の高性能クリーンルームで行なわれた「#コロナ下の音楽文化を前に進めるプロジェクト」の科学的検証の結果は、楽器演奏コンサートの開催に向けた説得力のある根拠となると思います。この結果を踏まえた手応えと、課題をお聞かせください。

入山 特に大きかったのは客席です。前後左右を一席ずつ空ける市松模様にしなくても、飛沫感染リスクのレベルは変わらないことが科学的に裏づけできました。

ただ一方で、満席状態になると隣のひじ掛けを共有するので接触感染リスクは高まる。サントリーホールで1,000人だった客席が2,000人定員となると、倍の観客が公共交通機関を使って来場するわけですから、そのリスクは1,000人の客席よりも高まる可能性があります。科学的な根拠を得たからといって「じゃあ明日から満席で」というわけにはいきません。

藤木 では、この科学的根拠を得たことには、どういう成果があったんでしょうか?

入山 以前のようなスタイルで演奏会が行なえることの一歩を踏み出せたと思いますよ。徐々にデータを積み重ねて、お客様の安心感と理解を得たいと願っています。

藤木 今後、興行での収入をどうやって得ていくか、も課題ですね。未知数のジャンルもあるとお聞きしています。

入山 置き去りにされてしまっている声楽に風穴を開けようと、9月に実験をやります。楽器演奏と同じクリーンルームを使って、どういうフォーメーションなら安全に合唱できるのか、市松模様状に、互い違いに立って歌うことでリスクは避けられるのかなど検証してみたいと思っています。

藤木 僕が7月18日にびわ湖ホールでリサイタルをしたときは、立ったところから舞台の前面まで7m空けました。かつ最前列を空けて、一番前のお客さんまで10m以上は確保するようにして。

入山 「どうやったら公演できるのか」と試行錯誤していかないとね。

Q9.今日は8月31日。それでも音楽を届けるためにいろいろな方法が模索、実施されていますが、3年後、5年後のクラシック音楽はどうなっているでしょうか? そして、リーダーとしてどういう状態に導いていきたいと考えていますか?

入山 理想は、演奏会やコンサートを「平常」に戻すことですね。どんなタイミングになるかまだわかりませんが、お客さんが感染リスクを気にすることなく、安全に楽しんでもらうための努力を続けていく。どういう条件の下なら可能なのか、クリーンルームでの科学的検証結果を活かして一日も早く平常を取り戻していきたいです。

同時に、ただ戻すだけじゃなくて「進化」もさせたい。テクノロジーに頼りつつ、チケットレスや動画配信についても積極的に取り組んでいきたいですね。コロナ以前よりも発展した形で、クラシック音楽の演奏が実施されるようになったらいいと思います。

それを私が主導できるか、クラ協が存在感を示せるかどうかわかりませんが、少しでもお役に立てるように音頭を取れたら。

クリーンルームでの検証も、私が「絶対やらなきゃ」と言い出したんですが、なかなか経費がかかるんです。今回はずいぶんと演奏家の方が協力してくださったんですが、皆さんのご協力がないとやっぱり難しいところがあって。そういう発信もしていきたいと思ってます。

藤木 ちなみに、おいくらくらいかかったんでしょうか?

入山 3日間で500万円だったかな。

藤木 高額ですね。こういう費用こそ、クラウドファンディングで集められたらいいなぁ。

Q10.あなたにとって、音楽とは?

入山 幸せへの手がかり、道しるべかもしれませんね。すべての幸せは音楽から流れ、つながっていくと思っているので。音楽がそのまま幸せに直結するのではなく、音楽が育む感受性や想像力が人を幸せにすると思うんですよね。だから幸せになるための「手段」といったらいいのかな。

指揮者のサイモン・ラトルがベルリン・フィルを辞めたときのドキュメンタリーを観ていたら、インタビューで「音楽に人生を捧げるなんて、まっぴらごめんだ」と言っていて。自分には大切な子どもがいて、奥さんがいて、生活がある。音楽はそれらを幸せにするための「手段」であって、音楽に自分を捧げる気なんてさらさらありませんと言っていて清々しかった。

私はそれまで、演奏家や指揮者といえば「音楽に全身全霊を賭けている」人たちだと思っていたから、意外でした。

そして、クラシック音楽をビジネスにしている人間からすると、音楽は自分を取り巻く環境を幸せにするための「道しるべ」なんじゃないかな、と感じています。

対談を終えて

「ジムショのシャチョーさん」というよりも、今のクラシック音楽界のリーダーとしてのお話を伺いたくて希望した対談でした。衣食住や医療のように生活や生命に直結しないとされる、予算の見直し時には真っ先にカットの対象になってしまう文化芸術の存在意義は、今年改めて問われることになりました。

これまでは円陣を組んだり、ハグや握手をしたりして舞台に向けて団結していた僕たちは、今や身体より心で接触し、簡単には会えなくとも、一段と業界横断的にお互いを思いやり、音楽のある幸せな未来を一緒に目指しています。その新しい心の交流こそが文化が社会にもたらす果実だとしたら、それに気づけた分、このピンチはチャンスなのかもしれません。入山さん、これからもよろしくお願いします。

——藤木大地

冒険者
藤木大地
冒険者
藤木大地 カウンターテナー

2017年4月、オペラの殿堂・ウィーン国立歌劇場に鮮烈にデビュー。アリベルト・ライマンがウィーン国立歌劇場のために作曲し、2010年に世界初演された『メデア』ヘロルド...

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