インタビュー
2020.04.27
藤木大地の大冒険 vol.9

「時代の寵児」鈴木優人さんの素顔を、カウンターテナー・藤木大地が暴く!

カウンターテナー歌手の藤木大地さんが、藤木さんと同様、“冒険するように生きる”ひとと対談し、エッセイを綴る連載。
第9回のゲストは、バッハ・コレギウム・ジャパン首席指揮者の鈴木優人さん。指揮者・演奏家・作曲家として活躍し、第18回 齋藤秀雄メモリアル基金賞を受賞。優人さんをよく知る藤木大地さんがお話を伺いました。

今月の冒険者
鈴木優人
今月の冒険者
鈴木優人 指揮、ピアノ、オルガン、作曲

1981年オランダ生まれ。東京藝術大学及び同大学院修了。オランダ・ハーグ王立音楽院修了。第18回齋藤秀雄メモリアル基金賞、第18回ホテルオークラ音楽賞受賞。2018年...

藤木大地
藤木大地 カウンターテナー

2017年4月、オペラの殿堂・ウィーン国立歌劇場に鮮烈にデビュー。アリベルト・ライマンがウィーン国立歌劇場のために作曲し、2010年に世界初演された『メデア』ヘロルド...

写真:ヒダキトモコ 編集協力:桒田萌

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強い心

これを書いている今日の数日前、新国立劇場で4月に出演予定だったオペラ《ジュリオ・チェーザレ》の公演中止が決まりました。

いま僕の心にあるものは、楽しみにしていた舞台がなくなってしまった感傷よりも、不可抗力により仕事と収入が途絶えてしまったダメージよりも、あまりに急激に変化していく世界と身の回りの現実の不安定さへのおそれです。

2011年3月11日、僕はウィーンにいました。8時間の時差で迎えた朝、SNSを通じて日本で起こった出来事を知りました。いまよりずっと非力な留学生だった自分でしたが、チャリティーコンサートでお金を集めて日本に送りたいと思い、同じ想いを持つ友人たちと一緒に企画をしました。

結果としてお金を送ることはできたものの、そのプロセスにおける考え方や進め方の違い、言葉の発し方や受け取り方の違いで、うまくいっていると思っていた友情をも一度は失ってしまいました。

この経験から、人はそれぞれ立場も考え方も違い、自分の価値観を他者にも安易に求めたり、期待しすぎたりしてはいけないことを学びました。それから、自分の心の持ちようも変わっていきました。

情報技術はさらに発達し、現在世界が置かれている状況は、多くの情報から把握することができます。いわゆる「海外」のうち、僕がより関わりをもつヨーロッパと、いま身を置いている日本との危機感の違い、日本の中での認識の違いも浮き彫りになってきています。

新国立劇場で稽古を進めているとき、世界中のオペラハウスが次々と閉まっていきました。公演できなくなった同僚たちが家にいる様子をSNSで見ながら、万全の対策をとりつつも上演を目指して普段通りリハーサルできている自分たちに感じる引け目のような気持ちは、説明できないアンバランスさでした。

心の不安定、立場や考え方の違い、何気なく発した一言、噛み合っているように見えた歯車が動かなくなるきっかけは些細なものだと思います。一方で、一度距離ができてしまった友情を時間とともに取り戻すこともできたように、時間や、少し心に余裕ができることで持つことのできた思いやりが解決することもあります。

過去には戻れません。誰も経験したことのない、この世の終わりのようないまを乗り越え、当たり前にあると思われていた平穏な未来のための行動を考えたい、その未来まで強い心をもっていたいと、いち地球人として、ごく個人的にですが思っています。

2020年3月28日 藤木大地

対談:今月の冒険者 鈴木優人さん

鈴木優人
1981年オランダ生まれ。東京藝術大学及び同大学院修了。オランダ・ハーグ王立音楽院修了。第18回齋藤秀雄メモリアル基金賞、第18回ホテルオークラ音楽賞受賞。
2018年9月よりバッハ・コレギウム・ジャパン首席指揮者に就任。2020年4月1日からは、読売日本交響楽団の指揮者/クリエイティヴ・パートナーに就任。音楽監督を務めるアンサンブル・ジェネシスでは、オリジナル楽器でバロックから現代音楽まで意欲的なプログラムを展開する。
作曲家としても数々の委嘱を受けると同時に、J.S.バッハBWV190喪失楽章の復元や(Carus)、モーツァルト『レクイエム』の補筆・校訂が(Schott Music)、高い評価を得ている。
調布国際音楽祭エグゼクティブ・プロデューサー、舞台演出、企画プロデュース、作曲とその活動に垣根はなく各方面から大きな期待が寄せられている。

藤木大地が優人さんに訊きたい10個のこと

Q1. 第18回齋藤秀雄メモリアル基金賞の受賞、おめでとうございます。鈴木さんは1981年にオランダで生まれました。記憶はありますか?

鈴木 写真は見ていたので、あるような、ないような。

藤木 何歳までいたんですか?

鈴木 3歳くらいですね。ハーグに住んでいました。

藤木 留学先もハーグですね。留学先として選んだのは、住んでいたからですか?

鈴木 それもあります。もちろん親の都合で日本に帰ってきたわけですので、自分が生まれた国についてもっと知りたかったんですよ。

藤木 3歳から神戸に?

鈴木 はい、小学校2年生まで神戸にいて、3年生からは東京です。

藤木 その頃のエピソードとして、「好きな教科は全部です」と答えたとか。

鈴木 僕はいわゆる「空気を読めない子」だったのかな。転校生として紹介されるときに得意な教科を聞かれて「国語と算数と社会と理科と体育と音楽です」と答えちゃった。それに加えて、当時のガキ大将にドッジボールで当ててしまったこともあって、なかなか気まずい空気になりましたね(笑)。他にもいくつかのことが重なって、しばらく学校に無理して行かなくなりました。子どもにとってはとても繊細な出来事ですよね。

藤木 やっぱり神戸から東京の学校に転校した影響?

鈴木 そうですね。神戸で通っていた小学校は雰囲気はのびのびとしていたんですが、授業の内容はとても実験的で進んでいたんです。でも東京にきたらちょっと授業内容が戻ってしまって。いまだに覚えている場面は、転校して間もない頃の算数の時間。「2引く4はなんでしょう」と先生が聞くので、「マイナス2!」と張り切って答えると、「正解! でもそれはまだ習ってないよね? みなさん、2から4は引けません」と言われてしまったのです。ちょっとショックでしたね(笑)。

藤木 ところで、今ふと疑問に思ったんだけど、優人くん、僕と出会ったころからその髪型だよね。

鈴木 それが実は小さいころストレートヘアーのおかっぱだったんですよ。よく「お嬢ちゃんはいくつなの?」なんて聞かれて、「女の子じゃない!」とかしょっちゅう怒っていました(笑)。

藤木 でもずっと長かったんだね。ポリシーとして短くしないんですか?

鈴木 いや、ポリシーというより、いろいろやってみたいんだけど、周りから止められてしまう。

藤木 見てみたいなあ。

鈴木 オペラで役がもらえたらできるかもね(笑)。

Q2. 2018年9月にバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)の首席指揮者に就任されました。演奏家としては、2002年12月から鍵盤奏者として参加して、今はBCJの副社長。お父さま(鈴木雅明氏)が1990年に設立した当時、優人くんは9歳ですね。そこから今まで、BCJの存在はどのように変化してきましたか?

鈴木 BCJの設立前から、家中バッハの話で溢れていましたね。どんどんBCJの存在感は自分の中で増しているように思います。経営の一翼を担っているし、タスクは尽きないし、常に頭の片隅で考え続けていますね。

藤木 演奏という表立った部分がある一方で、経営の立場ではどんなことをしていますか?

鈴木 BCJはバッハを愛する人々に支えられてここまできました。しかし、まだバッハを知らない人、BCJを知らない人は多いと思います。そういう方々とバッハの音楽を結びつける、ということを意識しています。魅力を伝えるという点では、まだまだできることがあると思います。日頃の演奏活動をするだけでも忙しくて、なかなか新しいことにチャレンジできていないけど、もっと挑戦したいな、と。経営にはいろんな側面があると思いますが、新しいことに勇気をもって取り組むことが一番の課題。

来月も海外ツアーがあるので、もし入国できなかったら、というリスク管理も大事。

藤木 ツアーはどれくらいするんですか?

鈴木 今回は、ロンドン、パリ、リヨン、ケルン、デュッセルドルフ、ハンブルク、ケルン、ブリュッセル、ポーランド……。いろんなところに行って、全部で11公演です。2年に一度こうしてツアーをしていますが、本当に大変です。(※2020年3月の欧州ツアーは、11公演のうち8公演が中止となった)

藤木 ツアーではみなさん自炊も結構されるそうですね。

鈴木 そう、ホテルでトラベルクッカーを使って。みんなすごいんです。日本でしか手に入らないような調味料をいつも持ち歩いている人もいるくらいです。みんなで旅行するのは本当に楽しいです。

藤木 お母さまがBCJの社長なんですね。2人で経営の話もしますか?

鈴木 プライベートではなるべく経営の話はしないようにしているんですが、やはり大変なことが多いのでよく話してしまいます。世間話がないんですよね。さっきも仕事関係のメッセージが来ていました。

藤木 家そのものがBCJですね。

Q3. 鈴木雅明さんの長男として生まれ育ち、やはり音楽家になり、現在は一緒に活動されることも多いと思います。親子で同じフィールドで公に仕事をする場合、政治家でもタレントでも、「二世」としてその存在や関係は注目されがちです。こちらからはとても良好な関係にみえますが、気の合わないところ、喧嘩をすることもありますか? また、声楽家のお母さまの存在は優人さんにどのような影響を与えましたか?

鈴木 昔一緒に住んでいたとき、家に音楽室が1室しかなくて、よく父(鈴木雅明氏)と取り合いになりましたね。また、父が音楽室で原稿を書いているときに、僕が練習していると、どうやら気になってしまうみたいで、「そこの指遣いさ〜」と指摘されるんです。僕もカチンときて言い返したりしていましたね。

藤木 音を聴いただけで、指遣いがわかるんですか。

鈴木 わかると思いますよ。

たまに一緒に連弾をするんですが、2回間違えるとすごく怒るんです。すると母が「ちょっとやめて!」って(笑)。
今でもよく議論になることは多いです。僕が「いいね」と言っても、父は「絶対だめ」と言ったりするので。

藤木 どうやって折り合いつけるんですか? やはりお母さまの存在でしょうか。

鈴木 母が確固たる意見をもっていると、苦労しないですね。でも、それぞれが違う意見をもっていることも大事だと思いますし、ネガティブには捉えていないです。

小さい頃は父からの影響が大きく感じていましたが、今考えると母からも受けていますね。母は必ずしもバロックだけでなく、ロマン派なども歌っていました。僕も一瞬、母に歌を習ったんですよ。すぐ喧嘩になってやめましたが(笑)。

藤木 さっき音楽室の話になりましたが、2010年に、僕がカウンターテナーに転向しようか迷っているとき、優人くんに「一度聴いてくれ」と連絡を取ったんですよね。優人くんは「僕はBCJでいろんなカウンターテナーの歌声を聴いているから、何かできることがあるかも」と言ってくれた。あの部屋で、ヘンデルの《オンブラ・マイ・フ》や《メサイア》とかを歌ったのをよく覚えています。

鈴木 その後に蕎麦屋に行きましたね。

藤木 もう10年経つんだね。早いです。

Q4. 指揮、オルガン、チェンバロ、ピアノ、作曲、プロデュース、たくさんの顔をお持ちですが、ズバリ! ご自分で一番お得意な分野はどれでしょう?

鈴木 最初に消去したいのは作曲。作曲って、生み出す苦しみがあるじゃないですか。得意がって作曲する人はいないんじゃないでしょうか。

プロデュースとか、まだないものを想像&創造するのは得意だし、好きです。例えば、オルガンでこんなコンサートをしよう、というイメージもできるし。だから、自分が見えているものをみんなも見えていると思っていると、そうではないケースがあるので気をつけないと、と思っています。

仲間と演奏するのは好きです。歌手と共演したり、通奏低音を弾いたり。音楽的なサポートをするのが好きですね。

でもやっぱり、「得意」というのは難しいなあ。自分に辛口なので、得意になっている瞬間はないですね。「僕、指揮が得意なんだよね」なんて口が裂けても言えないですし。

藤木 指揮者として斎藤秀雄メモリアル基金賞を受賞されましたが、演奏と指揮の違いは?

鈴木 指揮者は、たくさんの人の顔をみながら仕事ができます。演奏者だとせいぜい5人とか10人。その点、指揮者は多くの人たちとの掛け算になるので、可能性を感じます。音楽というのは、AさんとBさんが掛け合わさっただけでも生まれるものは、想像の壁を超えています。それの何十乗もの音楽ができるのが、指揮の魅力です。

でも演奏者としては、自分の演奏に「可能性」なんて言ってられないので、ちゃんとやる、という感じです。

藤木 今年の4月から読売交響楽団のクリエイティヴ・パートナーに就任されますね。これからどう関係を構築しようと考えていますか?

鈴木 読響に限らず、すべてのクラシック音楽家にとって、今は過渡期だと思います。この世の中で、どんな存在意義を獲得していくか、ということが大事。読響は、伝統と、強い音楽的なパワーをもっていて、オーケストラとして非常に余裕があると思うんです。だからこそチャレンジできることを見つけていきたいです。

Q5. 演奏活動で、世界各地に出向いていますね。何カ国に行ったか数えましたか?

鈴木 西欧圏がやはり多いです。20か国くらいですかね。日本、韓国、中国、アメリカ、シンガポール、マレーイア、イギリス、オランダ、スペイン、イタリア、ドイツ、オーストリア、ポーランド……。

藤木 食べるのも飲むのもお好きだと思いますが、風景などでも構いません。海外でのお気に入りの食べ物とか場所は?

鈴木 僕はもともとオランダにいたので、パネクックが好きです。オランダ語でパンケーキのことなんです。薄くて、クレープとパンケーキの間くらいかな。ハムやチーズなどの塩のきいたものをのせて食べます。オランダの家庭料理もおいしいです。じゃがいもを茹でてほぐして、きゅうりも人参も茹でて、お肉をどんってのせたもの。

オランダのパンケーキ、パネクック。copy; Takeaway

鈴木 風景は、電車から見えるお花畑が好きです。スイスに行くと山もいいなと思うんですが、オランダの平らさもいいですよね。友だちに自転車旅連れて行ってもらったんですが、車から見えない風景が見えました。、水、城、町があって……という絵に描いたような田園風景が記憶にあります。

藤木 オランダ推しですね。自分では料理はしますか?

鈴木 最近は全然できていませんね。食べるのが趣味です。オランダ時代は、友達が僕の料理を食べに来ていたくらい。

藤木 指揮者の方は、料理をするイメージです。

鈴木 暇になったら張り切ってするとは思います。

Q6. ご家族についてお聞かせください。

鈴木 妻は、フルーティストの鶴田洋子です。東京藝術大学でもともとは金のフルートを吹いていましたが、今はバロックの木のフルートが専門です。一緒に子育てしながら、一生懸命音楽をやっています。

彼女と僕は、まったくタイプが違うんです。彼女は職人的で、しっかり練習する。本当に偉いな、と思います。

藤木 大学からの付き合い?

鈴木 そうですね。僕の方が年上で、卒業後すぐオランダに行ったので。結婚したのは2014年。

藤木 僕、おふたりと一緒にオランダでご飯を食べましたね。

鈴木 食べましたね。あのときはまだ結婚していなくて、彼女もオランダで勉強していたころですね。娘は3歳。将来はママと結婚したいみたいです。付け足すように、「あ、パパも」って言うんですけど。

藤木 娘さんも、いつか楽器や歌でBCJに入るといいですね。

鈴木 まったく考えていませんでした(笑)。

Q7. 藤木大地とのお付き合いも長くなってきました。私に対する率直な印象を教えてください。また、まだ決まっていないプロジェクトで、今後私とどんなことを一緒にやっていきたいですか?

鈴木 妻より長い付き合いですからね。率直な印象は……大人になったなあ(笑)。僕の方が年下ですが。あと、良いインタビュアーだな、と今日思いました。

藤木 ありがとうございます。今年いくつかご一緒するプロジェクトがありますが、今後どんなことをやっていきたいですか。

鈴木 大地くんは一般的な音楽家が考えていないような切り口で業界を見ていると思うので、せっかくだから音楽の世界を他の世界とつなぐような仕事ができたらと思います。それに、いろいろ共演できたらと思う。これからもお世話になります。

藤木 僕たち、5年前にデュオリサイタルをしたときもこうやって対談したね。そのころとは言っていることや、お互いの状況も変わっているよね。(※銀座 王子ホールでの対談

鈴木 どんなこと言っていたかな。

藤木 当時は、ヘンデルのオペラを全部しよう、みたいなことを言っていました。

Q8. Twitterで質問を募集しました。「藤木さんと音楽をしているとき、一番楽しいのはどのような瞬間ですか?」

鈴木 本番中にニヤッとしたときかな。大地くんはとても真面目なんだけど、本番は自由、という印象。なんだか、歌いながらニヤッとしますよね。

藤木 たぶん、何か仕掛けられたんだと思うよ。

僕が覚えているのは、BCJの《ポッペアの戴冠》の公演で、僕が音を落としてしまったとき。絶対に怒られる、と思って楽屋に戻ると、優人くんは「ごめんね、助けられなくて」って。なんて優しい指揮者だと思いました。

鈴木 ダメだね、もっと厳しくならないと。

藤木 優人くんは、すごくフレキシブルなんだよね。だから、決めずにやることも多くて、本番で何か起きる、ということを楽しめる。

鈴木 コンセプトを決めることは大事だと思うけど、その手法として何かを決める、というのはあまりないですね。

藤木 だから、ニヤッとしてしまうんです。

Q9. 10年後の野望や展望を教えてください。

鈴木 起業して、上場して、引退したいかな。

藤木 何屋さん?

鈴木 わかりません。

藤木 適当なこと言ったな(笑)。

鈴木 ふふふ。でも、音楽以外のこともしたい。

藤木 例えばどんな業界ですか?

鈴木 音楽に還元できたら、何でもいいです。
あとは、野望というか、今までできなかったレパートリーを、10年後にはもっとできるようになっていたい。特にオペラ。

藤木 今、興味のあるオペラは何ですか?

鈴木 ワーグナーはあまりしたことがないので、やりたいです。
というか、オペラの仕事って少なすぎませんか? そういう環境も変わっているといいな、と思います。

藤木 オペラハウスを作る、ということ?

鈴木 あったら良いですよね。エンターテイメントとして根付いているオペラハウス。

藤木 斎藤秀雄メモリアル基金賞の受賞時、ITやSNSと音楽の関係性についても言及していましたね。いわゆる新しいテクノロジーが、音楽界に寄与できる可能性について、どう思いますか?

鈴木 ITを通さずに音楽を聴いている人はいませんよね。コンサートに行くにしろ、チケットはITを使って買う。神から与えられた特別な才能を持つ、悪魔的な音楽家が音楽をする、という19世期的なクラシック音楽像はいつまで続けられるのか、と思います。そもそも20年後に指揮者が存在するのかもわからないし。でも、音楽自体がなくなるとは思えません。

藤木 若いファンを増やすためにやっていることはありますか?

鈴木 (エグゼクティブ・プロデューサーを務める)調布国際音楽祭は幅広く市民にアプローチするものなので、子どものコンサートにも積極的に取り組んでいます。もっと日常的に音楽と触れあえるような形にしたいと思っています。コンサートに行くことって、とてもハードルが高いですから。

BCJの公演のリハーサルに中学生が見学に来ることになっているんです。日本に住んでいる外国人学生で、リーダーシップの勉強をするために、とのことです。彼らのフィードバックから、僕らも得るものがあると思います。

藤木 それは、個人的な繋がりで実現したんですか?

鈴木 そうです。指揮者もひとつのリーダーシップの形、という意味で見学をするんです。僕たちがそうやって提案すると、先方がすごく喜んでいたんです。そういうマッチングが、できて嬉しいですね。

藤木 僕、鈴木さんとは長い付き合いですし、今や「時代の寵児」「天才」と言われていますが、僕の中で鈴木さんの魅力って、愛されていることだと思うんです。良い意味で、人たらし。みんなのことを、その気にさせる人。だからこそいろんなプロジェクトが実現できるんだろうな、と思います。これからのリーダーはそうあるべきだと思うし、「偉い」だけでは終っちゃいけない。

鈴木 偉そうにするのも大事なのかも(笑)。

藤木 でも、あなたの魅力だよ。

鈴木 ありがとうございます。愛の告白ですね。

Q10. あなたにとって音楽とは?

鈴木 生きていくための素晴らしいツールです。実際に音楽をすることで生活しているし。音楽がないと生きていけない。音楽を仕事にしていると大変で苦しいときもありますが、音楽に生かされているな、と思うんです。すごく感謝しています。

藤木 ツールだとしたら、やっぱり死ぬまで音楽に携わっていますか?

鈴木 はい、死ぬときも音楽を聴いていたいです。

藤木 埋葬されるときに流したいのは?

鈴木 考えときます。今度LINEします(笑)。

藤木 ありがとうございました。

対談を終えて

前号で、「鬼久保美帆さんへの質問ない?」とマサト君に連絡したところ「今度呼んでー!」と言ってくれたことからあっという間に実現した、連載初の自薦ゲストでした。そんなスピーディなやりとりができるのも長年の付き合いからで、いま注目されているからこそ、みんなのまだ知らない鈴木優人を引き出したいと気合いを入れた対談でした。この世界が落ち着いたらまた、ジジイになるまで一緒に、音楽をやりましょう! ありがとね。

——藤木大地

今月の冒険者
鈴木優人
今月の冒険者
鈴木優人 指揮、ピアノ、オルガン、作曲

1981年オランダ生まれ。東京藝術大学及び同大学院修了。オランダ・ハーグ王立音楽院修了。第18回齋藤秀雄メモリアル基金賞、第18回ホテルオークラ音楽賞受賞。2018年...

藤木大地
藤木大地 カウンターテナー

2017年4月、オペラの殿堂・ウィーン国立歌劇場に鮮烈にデビュー。アリベルト・ライマンがウィーン国立歌劇場のために作曲し、2010年に世界初演された『メデア』ヘロルド...

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