貴族のハートをもつ80代のボヘミアン、フジコ・ヘミングのピアノと巡る旅
数々の苦難を乗り越えて、60代で世界に見出された奇跡のピアニスト、フジコ・ヘミング。80代になった今でも世界中で活動するフジコに2年間密着したドキュメンタリー映画。彼女の素顔に迫った映画を音楽とともに振り返る。
1969年徳島市生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。音楽&映画まわりを中心としたよろずライター。インタビュー仕事が得意で守備範囲も広いが本人は海外エンタメ好き。@ba...
フジコ・ヘミングは、日本人ピアニストの母とロシア系スウェーデン人アーティストの父を両親にベルリンで生まれ、5歳のときに一家で日本に移住した。しかし、やがて父は母国へ去る。母の手ほどきでピアノに目覚め将来を有望視されるが、ベルリン国立音楽大学に留学できたのは29歳になってから。30代後半にやっとウィーンでチャンスを掴んだものの、風邪をこじらせて聴力を失ってしまう。その後は、ピアノ教師をしながら欧州各地で細々とソロコンサートを開いていたが母の死を機に1995年日本へ帰国。演奏活動を続けながら猫と一緒にひっそりと暮らしていた。
だが1999年2月に放送されたNHKのドキュメンタリー番組が大反響を呼んで運命が大きく変わり、60代後半で奇跡のCDデビュー。クラシックの演奏家としては異例のセールスを記録し、コンサート・ツアーのチケットも即日完売。自由奔放で情感溢れるダイナミックな演奏が多くの人の心を捉え“魂のピアニスト”と絶賛されたフジコ・ヘミング。
あれから18年余りが過ぎ彼女も80代になったが、今も世界中で演奏を続け、年間約60本のツアーをこなす多忙な日々を送っている。動物愛護への関心も深く、長年にわたって援助を続けているほか、米国同時多発テロ後の被災者救済のために1年間CDの印税を全額寄付したり、アフガニスタン難民のためのユニセフを通じたコンサート出演料の寄付、3.11東日本大震災復興支援のチャリティーコンサートなど、温かい人柄も根強い人気を維持している大きな理由である。
公開中の映画《フジコ・ヘミングの時間》はいくつになっても豊かな人生を奏でる彼女の姿を2年間にわたって撮影した初のドキュメンタリー映画。「過去の人ではなく、今のファンタジックなフジコさんを描きたかった」という小松莊一良監督の言葉通り、北南米などワールドツアーの舞台裏から、パリ~ロス~東京~京都と各地の自宅で(自分好みに設えた)インテリアに囲まれて愛する動物たちとくつろぐ様子や、留学時代の想い出が宿るベルリン郊外への旅など、初出のプライヴェート映像が満載。家族や恋についての話(14歳の時に書いた絵日記も公開!)など、本作でしか見られない素顔に迫る内容だ。
貧乏で不遇な時代も、大ブレイクして世界中からオファーが絶えない現在も、変わらぬ信念を貫いてピアノに向かい、何にも束縛されず前に進み続けるその生き方は、貴族のハートを持つ気ままなボヘミアン。どの都市の街角に佇んでいても存在感で輝きを放つ彼女の旅を、劇中で使用された楽曲と一緒に振り返ってみよう。
【パリ、モンマルトルの自宅アパート】ドビュッシー:月の光~ベルガマスク組曲より
パリのモンマルトルはフジコが昔から夢見ていたという憧れの場所。古いアパルトマンの2階の部屋でお気に入りのアンティークとピアノ、そして猫たちに囲まれて暮らしている。古いものが大好きな彼女、パリは骨董品が安いのでついつい買い集めてしまうのだとか。猫のほかに愛犬もいて、ツアー中は知人に預かってもらっているようだ。劇中では(留守の間部屋を見てくれている)親しい隣人たちと迎えるクリスマスの情景も垣間見える。ドビュッシーの〈月の光〉は若い頃、原宿のレストランでアメリカの将校相手に弾いていた時代から得意な楽曲で、彼女に言わせれば「お茶の子さいさい」とか。
【東京、母親が残してくれた下北沢の家】ショパン:ノクターン 第2番 作品9の2
下北沢の洋館は1947年に青年座が建てたもので、フジコの母が譲り受け、3階は劇団の稽古場として貸していたのだとか。母が亡くなって2年後、欧州から戻った彼女はここでひっそりと暮らしていた。この家も猫が多く、現在は25匹の面倒をみているようだ…フジコ曰く「世田谷中の野良猫の避難場所」。ショパンも彼女が愛する作曲家のひとり。
【ニューヨーク~ロス、サンタモニカの自宅】モーツアルト:ピアノ・ソナタ 第11番 第3楽章《トルコ行進曲》
3000人の聴衆が会場を埋め尽くした2001年のカーネギーホールでのリサイタル以来、ニューヨークはフジコがツアーで何度も訪れている場所。劇中ではトルコ行進曲の軽快な旋律をバッグに、華やかなストリートに颯爽と立つ彼女の姿が何とも格好いい。しかしアメリカの自宅は意外にも、明るい光が降り注ぐ西海岸、サンタモニカにある。緑が美しい庭で、猫をやさしくみつめる彼女の言葉が胸を打つ。
【京都、宮大工がリフォームした祇園の古民家】ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第14番《月光》
ホテル嫌いなフジコが、大阪公演のときなどの宿泊用に購入。祇園の真ん中に建つ、宮大工の手でリフォームが施された美しい古民家の内装は必見。ベートーヴェンの静謐な《月光》の旋律ともぴったり。
【東京、初台の東京オペラシティ】リスト:《ラ・カンパネラ》(パガニーニによる大練習曲 S.141第3番)
コンサート会場もフジコにとって大切な家のひとつ。本作では2017年12月1日に東京オペラシティで行われたソロコンサートから、代名詞とも云えるリスト《ラ・カンパネラ》をほぼフルで収録。数々の苦難を乗り越えてここに到達した圧巻の演奏には、今を生きる彼女の魅力のすべてが散りばめられている。
出演:フジコ・ヘミング 監督:小松莊一良
6月16日(土)シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー
配給・宣伝:日活
©2018「フジコ・ヘミングの時間」フィルムパートナーズ
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