ハロウィンに聴きたい、精神的にじわじわくるこわいクラシック
ハロウィン当日、どんな音楽を聴きますか? 恐怖シーンを描いた曲よりも、実は怖いかもしれない!? 器楽を中心に、小田島久恵さんがセレクトしたこわいクラシックプレイリスト。音楽の魔力に囚われて、ハロウィンの住人たちと一緒にあちら側へ行ってしまわないように、お気をつけて。
岩手県出身。地元の大学で美術を学び、23歳で上京。雑誌『ロッキング・オン』で2年間編集をつとめたあとフリーに。ロック、ポップス、演劇、映画、ミュージカル、ダンス、バレ...
昔から色々なものが怖かった。絵でいうなら、ルーベンスのあの巨大な油彩画が子どものころから恐怖以外の何ものでもなかった。目をひんむいた天使たちや、脂肪をぷるぷると揺らせて男の神様を誘惑する女神たちは「色っぽい」というよりだいぶ「ホラーっぽい」。『フランダースの犬』のネロ少年はなぜあんなグロイ絵に憧れていたのか。神話画より宗教画のほうがさらに不気味で怖く、磔刑や拷問の絵はすべてダメ。ルーベンス以外でも、ユーディットがホロフェルネスの首をかき切っている絵などは、間違って目にした日には悪夢を見てしまいそうなのだ。
それと同列で、悪夢を見そうな怖い音楽というものが存在する。モントリオール交響楽団では、ハロウィン・コンサートのために楽員がゾンビや魔女やスパイダーマンの恰好をしてデュカスの《魔法使いの弟子》などを演奏するのだが、録音を聴いてもそんなに怖くないし、むしろなんだか可愛い感じ。サン=サーンスの《死の舞踏》やムソルグスキーの《はげ山の一夜》も、季節の風物詩としてウキウキ楽しめる。
個人的に本当に怖いと思うクラシック音楽をいくつか挙げてみたい。
モントリオール交響楽団のハロウィン・コンサート
ギロチンを発注されて作ったのは、チェンバロ制作者だった。バロック音楽の恐怖
子どもの頃からバッハの《トッカータとフーガ ニ短調》が怖くて怖くて仕方なかった。トッカータ部分の冒頭が暗黒なオカルト世界を想像させるし、悪魔が跋扈するやばい地獄空間をイメージしてしまうのだ。小さい頃、お寺で見せられた地獄絵を思い出す。「悪いことをすると、こんなふうに舌を抜かれて、熱湯で茹でられて、目や歯をくりぬかれて…」と、恐怖心をあおられて、よく泣いていた。ギロチンの制作を発注されたのは、チェンバロ制作者のトビアス・シュミットという職人で、そのことからもバロック音楽=ギロチンの刷り込みが消えない。かつて、処刑のBGMに音楽が使われていた時代もあったという。ギロチンに似合いそうな《トッカータとフーガ ニ短調》は、私にとってアメリカのホラー映画、『キャリー』のような曲なのだ。
聴いていると気絶しかけるヴァイオリン・ソナタ。近代の闇を垣間見る
人が精神的拷問にかけられて、妄想にとらわれたり、逃避のためにモールス信号を聴きとったり、意識混濁したり、気絶しかけたりする。プロコフィエフ《ヴァイオリン・ソナタ第1番》は、ヒッチコック映画のような心理的な怖さがある曲で、ヴァイオリンという楽器は深層心理的な恐怖感を演出するのにとても優れていると感じる。《ヴァイオリン・ソナタ第2番》は同じプロコフィエフによるものなのに、まったく違う世界の音楽のように明るい。演奏家にとっても1番のほうが格段にきついだろう。
作曲されたのは1936年から1946年にかけて。ゲイリー・オールドマン主演のウィンストン・チャーチルの伝記映画『DARKEST HOURS』の舞台となった時代とほぼ重なり、世界がもっとも暗い時代に作られた曲だった。
永遠に終わらない? ピアノの詩人、ショパンの狂気に囚われる
ショパンの曲は聴けば聴くほど怖いが、ある程度審美的に消化していける曲のほうが多い。しかし《スケルツォ》の4曲は結構手ごわい。ショパンが「冗談」を音楽にすると笑いではなくホラーになるのだ。華麗な2番は始まり方が狂人のうめきのようだし、スタイリッシュな1番にも最初から最後まで救いがない。
改めて「やばいな」「恐ろしいな」と思ったのは3番だ。「この楽想がどこに行こうとしているのかよくわからない」曲がショパンには多いのだが、3番は特に地獄の無限の拷問のように無目的で、転調を誤って延々と演奏を終えられない演奏家を見たことがある。まさにホラーである。
ユーモアと能天気がかえって恐ろしい。真っ黒なオペラ
20世紀に作られたオペラは暗い内容のものが多いが、ユーモアや諧謔が入ることでますます底なしに恐ろしくなっていくオペラがある。ドイツの作曲家、クルト・ヴァイルの『マハゴニー市の興亡』だ。すべてが退廃していて、全員が拝金主義で、その中で一番ましな人間が罪びととしてヤリ玉に挙げられる。物質主義と拝金主義、賄賂と詐欺、平和の否定がコミカルに歌われ、回復の兆しはまったくない。ボクシングでの殺し合い、ギャンブル、アル中の男たち……そこに巨大ハリケーンがやってきて……。よくもこんな話が思いつくものだと感心する。途中で「なんとかまともな話になるのではないか」とわずかな期待も抱くが、そんなヤワな性善説など吹き飛ばすような、真っ黒な結末が待っている。音楽はところどころ異様に能天気で、ストーリー全体が聖書のパロディみたいなところが、また怖い。
《マハゴニー市の興亡》ケルン・オペラの公演(2011年)
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