読みもの
2022.09.02
『シンデレラ』『蝶々夫人』など舞台衣裳でも活躍

追悼・森英恵ーーバレエ・オペラでも羽ばたいたファッション界の「マダム・バタフライ」

日本を代表するファッション・デザイナーの森英恵さんが2022年8月亡くなられました。森さんの活動は自身のブランド「HANAE MORI」にとどまらず、舞台芸術の世界にも広がっていました。森さんの代表作のひとつであるパリ・オペラ座『シンデレラ』を何度も観てきた舞踊評論家の渡辺真弓さんが、その魅力を語ります。

渡辺真弓
渡辺真弓 舞踊評論家、共立女子大学非常勤講師

お茶の水女子大学及び同大学院で舞踊学を専攻。週刊オン・ステージ新聞社(音楽記者)を経てフリー。1990年『毎日新聞』で舞踊評論家としてデビューし、季刊『バレエの本』(...

森が衣裳を手がけたパリ・オペラ座『シンデレラ』(写真は2018年公演)
Copyright :Yonathan Kellerman / OnP
Production :CENDRILLON2018/2019

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舞台上でも輝いた森英恵の美学

世界的ファッション・デザイナーの森英恵が、2022年8月11日、96年の生涯を閉じた。

オートクチュールの枠を超えて、1988年、美空ひばりの東京ドームでの「不死鳥コンサート」の衣装や、1993年、雅子妃殿下の結婚の儀のローブ・デコルテなどを手がけたほか、映画からオペラ、バレエ、演劇に至るまで幅広いジャンルの衣装制作で華やかに活躍。蝶をトレードマークに「マダム・バタフライ」の異名を取ったが、その活躍ぶりは、まさに世界に羽ばたく蝶にたとえられる。

オペラ、バレエの世界で、特筆される仕事と言えば、まずは1985年ミラノ・スカラ座のオペラ《蝶々夫人》と、翌1986年パリ・オペラ座のバレエ『シンデレラ』であろう。

前者は、浅利慶太演出、ロリン・マゼール指揮で、日本が誇る世界的ソプラノ、林康子が主演。この制作は、1997年ヘネシー・オペラで来日(指揮:小澤征爾)しているので、ご記憶の方もおいでだろう。蝶々夫人のほんのりバラ色に染まった花嫁衣装や、白い蝶の模様を散りばめた「ウルトラ・バイオレット」の着物の鮮烈な美しさは、まさに森英恵の美学を結集したものである。

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1985年、ミラノ・スカラ座《蝶々夫人》初演時のキャスト表 (著者提供) 

さらに日本とゆかりの深い舞台では、2010年新国立劇場の『アラベッラ』。84歳の当時も創作意欲旺盛で、表題役のアラベッラのために目の覚めるように優美なブルーのドレスを作っている。

新国立劇場オペラ『アラベッラ』より
撮影:三枝近志 提供:新国立劇場
カーテンコールで歓声に応える森英恵
撮影:三枝近志 提供:新国立劇場

ヌレエフ、森、ギエム、伝説のパリ・オペラ座『シンデレラ』

パリ・オペラ座バレエの『シンデレラ』は、世紀の大スター、ルドルフ・ヌレエフが、1983年に芸術監督に就任して4年目に作られた話題作であった。21才の最年少エトワール、シルヴィ・ギエムが主演、48才のヌレエフ自身もプロデューサー(通常は仙女)に扮するなど、オペラ座が総力を注いだもの。

1986年パリ・オペラ座『シンデレラ』初演時のプログラム
パリ・オペラ座『シンデレラ』2000年上演時のプログラム。『シンデレラ』は2010年の来日公演で上演され評判を呼んだ。

こうした特別な大作に、衣装デザイナーとして森英恵が起用されたのは正に快挙。デザインした衣装の総数は150点を数えた。

この制作は、舞台を1930年代のハリウッドに設定したのが独創的で、ミュージカル・スターを夢見るシンデレラの成功物語に読み替えたのが画期的だった。考えてみると、それはヌレエフやギエムだけでなく、森自身の輝かしいキャリアに通じるものがあったのではなかろうか。

初演から今日に至るまで、このバレエでは、キラ星のようなエトワールたちが活躍してきたが、その演技を一層輝かせたのが、森英恵デザインの衣裳である。

1995年ガルニエ宮、パリ・オペラ座衣裳展より
手前がギエム着用の衣装(筆者撮影)

中でも主役のシンデレラが撮影所(=舞踏会)で着用したバラ色のセミ・ロングドレスがため息を誘う美しさだ。同系色、同素材(シルク・シフォン)のジャケットには、バラ色のスパンコールと人造宝石、金銀のビーズなどで花模様の装飾が施され、胸には造花のバラの飾りが。

『シンデレラ』は、1987年のギエム主演から、2008年のルテステュ主演、2018年のカール・パケット引退公演まで3種類まで映像化されている。動画は2018年のもので、シンデレラ役はドロテ・ジルベール。

パパラッチに追いかけられて、撮影所に到着し、紳士たちにエスコートされて、舞台を一周する場面はゴージャスそのもの。スター俳優とのパ・ド・ドゥでは、回転椅子を使った振付と蝶の羽のように広がるスカートの動きをシンクロさせるなど、振付と衣装のコラボレーションが秀逸だった。

スター俳優のゴールドを基調とした衣装も豪華。第1幕の四季の精たちの衣装は、90年代から手が加えられ、一層色鮮やかに。ファッション・ショーを見るように華麗な変貌を遂げた。

Copyright :Yonathan Kellerman / OnP
Production :CENDRILLON2018/2019

森英恵にとって蝶は、故郷の春の思い出であり、希望のシンボルであった(自伝「ファッションー蝶は国境をこえるー」)。90年代にパリで何度も『シンデレラ』を鑑賞したが、今思い返しても、これほどファッショナブルで、夢と希望に溢れた舞台はなかっただろうと思う。

森英恵とアニエス・ルテステュ(パリ・オペラ座エトワール)のコメント

「何よりオペラ座の伝統の厚みに驚かされた。そこには目的別に大きなアトリエがいくつかあって、熟達した職人たちが働いている。共にコスチュームをつくる仕事は、ひとつひとつ手づくりのオートクチュールの世界だった。・・・」(森英恵/1995年の来日公演プログラムより)

 

「最初の場面は“灰かぶり”にふさわしいグレーの衣装。変身した後は、真珠やスパンコールを多用した、美しいピンクの高価な衣装。あの時代のハリウッドの映画に出てくるようなデラックス感と、バレエの流れるような美しさの二つが、モスリン生地を使うことで見事に融合されている。本当に素晴らしい衣装だと思います」(ルテステュ/「ダンスマガジン」2010年6月号より)

渡辺真弓
渡辺真弓 舞踊評論家、共立女子大学非常勤講師

お茶の水女子大学及び同大学院で舞踊学を専攻。週刊オン・ステージ新聞社(音楽記者)を経てフリー。1990年『毎日新聞』で舞踊評論家としてデビューし、季刊『バレエの本』(...

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