読みもの
2022.12.03
毎月第1土曜日 定期更新「林田直樹の今月のCDベスト3選」

ファジル・サイのゴルトベルク/庄司紗矢香のモーツァルト/再評価が進むランゴー

林田直樹さんが、今月ぜひCDで聴きたい3枚をナビゲート。CDを入り口として、豊饒な音楽の世界を道案内します。

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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DISC 1

時間をかけて研究し、深く内面化された《ゴルトベルク変奏曲》

「バッハ:ゴルトベルク変奏曲」

ファジル・サイ(ピアノ)

収録曲
バッハ:ゴルトベルク変奏曲
[ワーナーミュージック 5419.723396]

コロナ禍で閉塞した状況下、それぞれの音楽家たちが何を考え、何を探求していたかの成果が、近ごろ続々と発表されている。トルコのピアニスト・作曲家ファジル・サイの場合は、バッハの《ゴルトベルク変奏曲》をたっぷりと時間をかけて集中的に研究し、レコーディングすることだった。その結果は素晴らしい。

はちきれんばかりの生命力にあふれたリズム感。誇張や企みを感じさせない自然な音楽の流れ。そして細部の表情が明晰な、何と生き生きとした《ゴルトベルク変奏曲》だろう。録音も優秀で、ピアノの豊麗な響きと息遣いがリアルに伝わってくる。

CD冊子には、何十本もの色鉛筆と定規を使って、各変奏の織りなす数学的な構造を図に還元しながら思考をめぐらせた形跡がうかがえる。ファジルはこう語っている。

「ここで強調したいのは、あたかも演奏者が自分で作曲したと思えるくらいに、この長大な作品を深く内面化しなければならないという点だ」

「今回の録音では、バッハを探し求め、しかもバッハの数学的な鏡の中に自分を探し出すような、満足のいく演奏ができたと思っている」

そう、この作品に接することは演奏者にとってだけではなく、聴き手にとっても自分探しの旅のような体験なのかもしれない。

DISC 2

時代楽器による現代的ともいえる大胆な表現

「モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ集Vol.1 第28番、第35番、第42番」

庄司紗矢香(ヴァイオリン)、ジャンルカ・カシオーリ(フォルテピアノ)

収録曲
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第28番、第35番、第42番
[ユニバーサルミュージック UCGG-9213]

パンデミックの長い在宅期間で庄司紗矢香はC.P.E.バッハやモーツァルトの父レオポルト、ジェミニアーニ、トゥルクなど主に17~18世紀に書かれた多くの文献を研究し、その知見が今回のモーツァルトの演奏にも生かされているという。

庄司はガット弦とモーツァルト時代の弓を用い、カシオーリはフォルテピアノを用いている。そこで生み出されている響きは、単に作曲家が生きていた当時の響きを再現するという次元にとどまるものではない。夢見るようなフォルテピアノの響きをバックに、作品に内在する陰影を凝視し、幻想的に揺れるようなヴァイオリンの音色。それはもはや現代的といっていいくらいの大胆さである。

たとえば第35番ト長調K.379の第1楽章主部のト短調の異様な緊迫感や、短いカデンツァに発展するほどに即興性豊かな装飾音など、耳を傾けるほどに聴き手を驚きと喜びに導いてくれる。今後のリリースも楽しみだ。

DISC 3

再評価が進む作曲家17歳の傑作を1世紀ぶりにベルリン・フィルが再演

「ランゴー:交響曲第1番《岩山の田園詩》」

サカリ・オラモ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

収録曲
ランゴー:交響曲第1番《岩山の田園詩》
[ナクソス・ジャパン NYCX-10355]

自主制作レーベルで計画的にレコーディングを進め、定期演奏会の有料ネット配信の「デジタル・コンサートホール」に注力しているベルリン・フィルが、DACAPOレーベルから突如新譜をリリースした。

おそらくこれは、ベルリン・フィルとしてもどうしても単独でリリースしたい、いろいろな人に耳にしてほしい演奏なのだ。

近年急速に再評価が進むデンマークの作曲家ルーズ・ランゴー(1893-1952)によるこの交響曲は、14歳で着手されて17歳で完成したもの。その完成度は驚くべきもので、ニキッシュに見出されてベルリン・フィルが1913年に初演した。

19世紀のロマン派の濃厚な香りを漂わせたこの交響曲は、ワーグナーの影響を強く感じさせ、ブルックナーやマーラーに匹敵する巨大なスケールを持っている。

オラモ指揮による2022年6月のコンサートは、初演以来109年を経て実現したベルリン・フィルによる二度目の演奏だったという。いかにもベルリン・フィルらしい強靭でダイナミックな演奏は、手に汗握るほどすさまじい迫力がある。

最終的に16曲も交響曲を書き、400曲以上もの作品を残したランゴーの作風は、後期には狂気じみたものになっていったという。今回の新譜をきっかけに関心が高まっていきそうである。

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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