ストラヴィンスキーとは、こんなにも危険でクールな音楽だったのか
林田直樹さんが、今月ぜひCDで聴きたい3枚をナビゲート。5月はイザベル・ファウストとロト指揮レ・シエクルによるストラヴィンスキー作品集、チェンバロの鬼才ロンド―の刺激的なアルバム、モーツァルト《レクイエム》のパリ初演版が選ばれました。
1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...
DISC 1
ストラヴィンスキー独自の世界を鮮やかに
「ストラヴィンスキー:ヴァイオリン協奏曲、ほか」
収録曲
ストラヴィンスキー:
バレエ音楽《ミューズを率いるアポロ》~アポロのヴァリアシオン
ヴァイオリン協奏曲ニ長調
弦楽四重奏のための3つの小品
弦楽四重奏のためのコンチェルティーノ
パストラール~ヴァイオリン、オーボエ、イングリッシュホルン、クラリネット、バソンのための
弦楽四重奏のための二重カノン
[キングインターナショナル KKC-6675]
ストラヴィンスキーとは、こんなにもザラザラしていて危険でクールな音楽だったのかと驚く向きも多いのでは?
現代を代表するドイツのヴァイオリニスト、イザベル・ファウストが、オーケストラ界で最も革新的な試みを続けてきたフランソワ=グザヴィエ・ロト指揮レ・シエクルとともに入念な準備の末に録音したストラヴィンスキー作品集。
特にお薦めしたいのは、「弦楽四重奏のための3つの小品」。極度に研ぎ澄まされた音で、剝き出しのままの、異形の不気味なものを目撃するかのような瞬間がある。《パストラール》をはじめとする他の室内楽も凄い。ファウストとレ・シエクルのメンバーによる強靭な集中力のなせる業だ。
メインの「ヴァイオリン協奏曲」は、ロトによれば「20世紀の《ブランデンブルク協奏曲》」なのだそうだ。ファウストともども、古楽器にもモダン楽器にも柔軟に適応してきたからこその視点だろう。「ピカソやコクトーの絵を思い起こさせる」とも述べているように、両者の色彩感ある演奏はぞくぞくするほど鮮やかだ。ライナーノートに収められた2人のロング・インタビューも読み応えがある。
三大バレエ音楽以降のストラヴィンスキー作品は、20世紀音楽の中の最高の御馳走のひとつであり、新しさにも古さにも通じた独自の世界である。この優れた演奏は、多くの聴き手にそれを納得せてくれるだろう。
DISC 2
チェンバロの思索者の時空を超えた冒険
「Gradus ad Parnassum / パルナッソス山への階梯」
収録曲
パレストリーナ:第1旋法によるリチェルカーレ
フックス:アルペッジョ
ハイドン:ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調 XVI:46
クレメンティ (ジャン・ロンドー編):《パルナッソス山への階梯》Op. 44 より第45番 アンダンテ・マリンコーニコ ハ短調
ベートーヴェン(ジャン・ロンドー編):ピアノまたはオルガンのための前奏曲 第2番 Op.39
ドビュッシー(ジャン・ロンドー編):《子供の領分》より 〈グラドゥス・アド・パルナッスム博士〉
ベートーヴェン(ジャン・ロンドー編): 前奏曲 ヘ短調 WoO 55
クレメンティ (ジャン・ロンドー編):《パルナッソス山への階梯》Op. 44 より 第14番 アダージョ・ソスティヌート ヘ長調
モーツァルト: 幻想曲 ニ短調 K.397、ピアノ・ソナタ 第16番 ハ長調 K. 545 より 第2楽章 アンダンテ
フックス:チャッコーナ ニ短調 K.403
パレストリーナ:第2旋法によるリチェルカーレ
[ワーナーミュージック・ジャパン 5419.741617]
チェンバロの鬼才ジャン・ロンドーが、またもや刺激的なアルバムを発表した。
「グラドゥス・アド・パルナッスム」(パルナッソス山への階梯)とは、ドビュッシーのピアノ曲やクレメンティのピアノ教本で有名なタイトルだが、今回の多彩な選曲の源は、ロンドー自身の言葉を借りると「すべてはヨハン・ヨーゼフ・フックス(1660-1741)と彼の対位法の教本『グラドゥス・アド・パルナッスム』から」始まっている。
この教本全体は「遊びのような会話で成り立って」おり、ハイドンやモーツァルトやベートーヴェンにも大きな影響を与えていることから着想を得て、ロンドーは時空を超えたアーチをかけるような構成で、このアルバムを録音したのである。
ルネサンス末期のイタリアの作曲家パレストリーナから、フックス、ハイドン、クレメンティ、ベートーヴェンを経てドビュッシーへ。そしてモーツァルトを経由しつつパレストリーナへと戻る。この流れの何と壮大で冒険的なことだろう。
デビューした頃のロンドーは、目眩のするような超絶技巧で耳を奪ったが、ここでは彼が本来備えていた哲学的な傾向が顕著になっている。ロンドー自身による架空の対話体の解説は文学そのもの(対訳:藤本優子)で、国内盤解説(那須田 務)と併せて読むことで、深い理解の助けになる。
ロンドーの演奏は、伸縮自在でしなやかなリズムが特徴的で、美しい音程と旋律を存分に味わう快楽を聴き手にもたらしてくれる。鍵盤を指が離れる際のチェンバロの軋みまでもリアルに、しかも余韻たっぷりに響きをとらえた録音もいい。病みつきになる一枚だ。
DISC 3
名作のパリ初演の驚くべき姿
「モーツァルト:レクイエム(1804年パリ版)/パイジェッロ:ナポレオン戴冠式のためのミサ曲」
ジュリアン・ショーヴァン指揮 ル・コンセール・ド・ラ・ローシュ
収録曲
モーツァルト:レクイエム ニ短調 K.626 (未完/1804年パリ初演版)
(ヨンメッリ: レクイエムより入祭唱 を冒頭に挿入)
パイジェッロ:ナポレオン1世戴冠式のためのミサ曲
(ボクサ: ハープのための前奏曲 を途中に挿入)
[ナクソス・ジャパン NYCX-10382]
モーツァルトのレクイエムの演奏史に、また画期的な1ページが加わった。
この1804年パリ初演版では、ジュスマイヤー補筆作曲の部分が省かれており、その代わり冒頭に、当時のパリで人気のあったナポリ楽派の作曲家ヨンメッリの《レクイエム》からの一部が演奏される。また、通常2度演奏されるフーガを繰り返さず、最後に一度だけ演奏する。
当時のパリでも、モーツァルトがラクリモーザの楽章を書いていた途中で命を落としたエピソードはよく知られており、フランス人たちなりに作品に対する敬意の示し方としてのパリ初演だったようだ。
ヨンメッリの穏やかな前奏曲は、モーツァルトの思いつめたような悲しさを慰撫するかのよう。フーガを飛び越して〈ディエス・イレ〉になだれ込むのは断崖のような意外感があり、「ラッパの不思議な響き」の補強された金管楽器群は強烈。全体として、かなり引き締まった力強いレクイエムである。
同じく1804年のパリで初演された作品として、ナポリ楽派の作曲家パイジェッロの《ナポレオン戴冠式のためのミサ曲》も収録されている。ヨーロッパ全土を征服する勢いのナポレオンは各地の音楽に接する中で、イタリア音楽に心酔するようになっていたが、その嗜好がここには反映されている。最後に「主よ、皇帝ナポレオンをお護り下さい」と力強く歌い上げるこの曲は、古典派風の格調高い響きで親しみやすく、1804年のパリの雰囲気を伝えてくれる。
国内盤の日本語解説(アレクサンドル・ドラトヴィツキ文、白沢達生訳)は作品背景を詳細に説明しており、大変興味深い読み物となっている。
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