読みもの
2023.10.07
毎月第1土曜日 定期更新「林田直樹の今月のCDベスト3選」

これこそ本物の男の歌!人気テノール・カウフマンの技術と本気度で聴く映画音楽

林田直樹さんが、今月ぜひCDで聴きたい3枚をナビゲート。10月は、人気テノール歌手ヨナス・カウフマンによる映画音楽集、実力派ピアニスト菊池洋子による子守歌だけを集めたアルバム、フランスのギタリスト、ティボー・ガルシアによるバリオス作品集が選ばれました。

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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DISC 1

天下のカウフマン、耳慣れたメロディもわがものに

「ザ・サウンド・オブ・ムーヴィーズ」

ヨナス・カウフマン(テノール) ヨッヘン・リーダー指揮 チェコ・ナショナル交響楽団

収録曲
思い出の夜[波濤を越えて](歌劇王カルーソ)、ある愛の詩(ある愛の詩)、マリア(ウエストサイド物語)、サイダーハウス・ルール~メインタイトル(サイダーハウス・ルール)、ついに自由に(グラディエイター)、もしも[愛のテーマ](ニュー・シネマ・パラダイス)、デボラのテーマ(ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ)、夜のストレンジャー(ダイアモンド作戦)、彼を帰して(レ・ミゼラブル)、ネッラ・ファンタジア[ガブリエルのオーボエ](ミッション)、新大陸発見/コロンブスのテーマ(1492コロンブス)、愛のテーマ(ロミオとジュリエット)、彼女は美しかった[カヴァティーナ](ディア・ハンター)、ポル・ウナ・カベサ(セント・オブ・ウーマン/夢の香り)、この素晴らしき世界(グッド・モーニング、ベトナム)、ひとり行く道(回転木馬)、ムーン・リヴァー(ティファニーで朝食を)、雨に唄えば(雨に唄えば)、奥様お手をどうぞ(奥様お手をどうぞ)、愛のファンタジー(ラ・ブーム)、エーデルワイス(サウンド・オブ・ミュージック)、セレナーデ(皇太子の初恋)
[ソニーミュージック SICC-2324]

何と甘く、力強く、悩ましく、生きる力を与えてくれる声なのだろう!

現代を代表するドイツの人気テノール歌手のヨナス・カウフマンが、映画音楽の主題歌やミュージカルの劇中歌を歌ったこのアルバムは、ある意味オペラ歌手の伝統にのっとったレパートリーでもある。リヒャルト・タウバー、ヨーゼフ・シュミット、マリオ・ランツァといった歴史上の名歌手たちが映画やミュージカルにも取り組んできた系譜を、カウフマンも意識している。

ここで聴けるのは、たとえ映画そのものを観ていなくとも、どこかで耳にしたことのあるような有名なメロディばかりである。『ニュー・シネマ・パラダイス』のテーマ曲や《ムーン・リヴァー》のような聴きなじみのあるメロディだからこそ、それを改めて歌うのはハードルが高い。

しかし、そこはさすが天下のカウフマン、1曲1曲がべらぼうに巧い。オリジナルの歌唱スタイルにとらわれることなく、自分自身の歌として完全にわがものとしている。そしてオペラ歌手の技術と本気が伝わってくる。曲ごとに声の色が微妙に変わり、たっぷりと息は長く、歌い上げ過ぎない節度もあるし、いざというときは逞しさで圧倒する。

これこそが、色気のある、本物の男の歌だ。

DISC 2

29曲もの子守歌を集めた見事なコンセプト・アルバム

「子守歌ファンタジー」

菊池洋子(ピアノ)

収録曲
モーツァルト(ジェラルド・ムーア編):子守歌*、ブラームス(コルトー編):子守歌、シューベルト(フランシス・トーメ編):子守歌*、草川信(斎藤高順編):ゆりかごの歌*、ヴィノグラドフ編:中国地方の子守歌、奥村一編:江戸子守歌、クープラン(ディエメ校訂):子守歌、揺籠の中のいとし子、シューマン:子守歌Op.124の16
サン=サーンス:子守歌*、ショパン:子守歌Op.57、ルフェビュール=ヴェリ:子守歌「ボンソワール」Op.110*、フーゴー・ヴォルフ:子守歌、リスト:子守歌、グリーグ:子守歌Op.38の1、チニャコーフ:子守歌Op.1の2*、サティ:子守歌、レーガー(作曲者編):マリアの子守歌、ドヴォルザーク(シュット編):わが母の教えたまいし歌*、ヴァイノ・ライティオ:猫の子守歌*、バーバー:小さな子守歌、ヴァインベルク:子守歌Op.1、ヴァーノン・デューク:真夜中の子守歌、チャイコフスキー(ラフマニノフ編):子守歌、ファリャ(E.アルフテル編):子守歌(7つのスペイン民謡より)*、ショスタコーヴィチ:子守歌、ラザール・レヴィ:子守歌、ニーノ・ロータ:子守歌、小平時之助:イフムケ(アイヌの子守歌)*、美智子上皇后:おもひ子 *世界初録音
[キングインターナショナル KKC-100]

音楽史における「子守歌」にはさまざまなものがある。有名なモーツァルトやブラームスやシューベルトの子守歌もあれば、民謡の子守歌もある。祈りの歌もある。それらの子守歌を多種多様、29曲も集めて子守歌の諸相について考えさせてくれるのがこのアルバムである。

ウィーンを本拠に国際的な活躍を続ける実力派ピアニストの菊池洋子の演奏は、この子守歌のコンセプトに沿った、統一感のある味わい深いものとなっている。ショパンの「子守歌」も、この流れだと一層ゆったりとしたタッチとなる。ヴァーノン・デュークのジャジーな子守歌もいいし、ラフマニノフが生涯の最後に書いたというチャイコフスキーからの編曲による子守歌も深い。リスト晩年の子守歌は幻の中の出来事のようだし、ショスタコーヴィチの意外に素朴な子守歌もいい。

これを通して聴いて実感するのは、やはり子守歌というジャンルはロマン派の時代に花開いたということである。子どもというコンセプトに作曲家の多くが関心を示したのは主に19世紀以降なのだ。

最後をしめくくる美智子上皇后の《おもひ子》の愛情に満ちた余韻も素晴らしい。癒しのBGMにもなるし、それぞれの作曲家について深めるきっかけにもなる。見事なコンセプト・アルバムである。

DISC 3

若いギタリストたちの主要レパートリーとなったバリオスの魅力

「エル・ボエミオ」

ティボー・ガルシア(ギター) オルランド・ロハス(朗読) アグスティン・バリオス(ギター)

収録曲
アグスティン・バリオス: 森に夢みる、 サンバの調べ 、 マズルカ・アパッショナート、フレデリック・ショパン: 24の前奏曲Op.28 ~第20番[バリオス編]、アグスティン・バリオス: 神様のお慈悲に免じてお恵みを、マシーシ、パラグアイ舞曲 第1番、ヴィダリータ (バリオスによる詩「ボエミオ」の朗読付き)、ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第14番《月光》~ 第1楽章[バリオス編]、アグスティン・バリオス: 蜜蜂、 フリア・フロリダ、 クリスマスの歌 、ワルツ Op.8-3、ワルツ Op.8-4、告白(ロマンサ)、悲しみのショーロ、バリオスによる詩「信仰告白」 (朗読のみ)、前奏曲 ハ短調、シューマン:トロイメライ [バリオス編]
[ワーナーミュージック・ジャパン 5419.772617]

ピアノに匹敵するクラシック音楽における重要楽器へとギターの地位が確立されたのは、歴史上の優れた作曲家やギタリストたちの努力あってのことである。なかでもパラグアイのアグスティン・バリオス(1885-1944)の存在は大きい。名ギタリストのジョン・ウィリアムスの功績あって、いまやバリオスは世界中の若いギタリストたちの主要レパートリーとなり、2015年には伝記映画も制作されるなど、関心はますます高まっている。

フランスのトゥールーズ出身のギタリスト、ティボー・ガルシアによるこのアルバムは、南米の民族音楽の要素を意識しつつも、はっきりと「パラグアイのクラシック」の作曲家としてバリオスをとらえている。《森に夢見る》《大聖堂》といった名作はもちろんのこと、オリジナル曲に混ざって、バリオス編曲によるショパンやベートーヴェンやシューマンの作品も挿入されている。ガルシアの流麗で彫りの深い、熱く語るような演奏からは、バリオスの世界に徹底的にのめり込んだ形跡と愛情がうかがえる。

パラグアイ出身の音楽家・詩人のオルランド・ロハスによるバリオス作の詩の朗読や、1928年録音の自作自演が含まれているのも興味深い。ガルシアの長文インタビューも読みごたえがあり、流浪の人生を生きたバリオスの魅力を総合的に伝えてくれる。

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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