読みもの
2023.12.02
毎月第1土曜日 定期更新「林田直樹の今月のCDベスト3選」

エリック・サティとジョン・ケージの絶妙な組み合わせで静謐な時間を演出するアルバム

林田直樹さんが、今月ぜひCDで聴きたい3枚をナビゲート。12月は、フランスのピアニスト、ベルトラン・シャマユによるサティとケージの組み合わせ、神童として早くから注目されたロシアの指揮者・ピアニスト、マクシム・エメリャニチェフが名門スコットランド室内管と録音したメンデルスゾーン、日本ピアノ界の巨人、園田高弘による10枚組のバッハ集大成が選ばれました。

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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DISC 1

サティ好きも自然にケージの世界へ誘われる

「レター(ズ)・トゥ・エリック・サティ~サティ、ケージ作品集」

ベルトラン・シャマユ(ピアノ)

収録予定曲
ジョン・ケージ  ※ジョン・ケージ作とされる:「エリック・サティのための小石の全面」
エリック・サティ:「グノシエンヌ 第1番」
ジョン・ケージ:「瞑想への前奏曲」
エリック・サティ:「ジムノペディ 第1番」「グノシエンヌ 第2番」「グノシエンヌ 第3番」
ジョン・ケージ:「ア・ルーム」「ある風景の中で」
エリック・サティ:「パンタグリュエルの幼年時代の夢」「犬のためのぶよぶよした本当の前奏曲」「ジムノペディ 第2番」「海水浴」(『スポーツと気晴らし』より)「グノシエンヌ 第4番」「ブランコ」(『スポーツと気晴らし』より)
ジョン・ケージ:「スウィンギング」
エリック・サティ:「ジムノペディ 第3番」「グノシエンヌ 第5番」「夜想曲 第2番」「永遠に続くタンゴ」(『スポーツと気晴らし』より)
ジョン・ケージ:「永遠のタンゴ」
エリック・サティ:「グノシエンヌ 第6番」「サラバンド 第3番」「うつろな空想」
 「第1幕への前奏曲“天職”」」(『星たちの息子』より)「グノシエンヌ 第7番」
ジェームズ・テニー:「梨の形をした3つのページ」(エリック・サティを祝して)
ジョン・ケージ:「夢(Dream)」
[ワーナーミュージック・ジャパン 5419.769644]

サティを好きな人が、自然にケージの世界へと誘われていくような、素敵なアルバム。

1981年トゥールーズ生まれのピアニスト、ベルトラン・シャマユはサン=サーンスやドビュッシーやメシアンなど、近現代のフランス音楽で見事な演奏を聴かせてきた。その華麗なピアニズムがサティやケージの作品で生かされると、現代音楽のスペシャリストとはまったく違う、流麗でスタイリッシュな演奏になってくる。

選曲と配列も素晴らしい。ケージとサティの曲がちょうどいい具合に混ざっていて、静謐な時間を演出してくれる。

特筆すべきはピアノのサウンドの柔和な心地よさである。録音場所はプロヴァンスの古城にある伝説的な「ミラヴァル・スタジオ」で、過去にはピンク・フロイド、スティング、シャーデー、ワム!といったミュージシャンが使っていたものだそうだ。

今も残る1970年代当時の貴重なアナログ機材を保ちつつ、最新のアナログ/デジタルのハイブリッド機材を用いて録音されたこのアルバムは、クラシックとポップスとの間を意外な形で埋めてくれる面白さがある。

DISC 2

重々しいドイツ音楽の概念から解放されたメンデルスゾーン

「メンデルスゾーン:交響曲第3番《スコットランド》、第5番《宗教改革》」

マクシム・エメリャニチェフ(指揮)スコットランド室内管弦楽団

収録曲
メンデルスゾーン:交響曲第3番《スコットランド》、第5番《宗教改革》
[ナクソス・ジャパン NYCX-10438]

いまもっとも注目すべき若い世代の指揮者・ピアニストとして、必ず挙げなければいけない一人が、1988年ロシア出身のマクシム・エメリャニチェフ。12歳で指揮者としてデビューし、フォルテピアノとチェンバロも早くから学び、テオドール・クルレンツィス率いるムジカエテルナに参加して、モーツァルトのオペラなどで通奏低音奏者として参加していたこともある。現在はイタリアのピリオド奏法オーケストラ「イル・ポモ・ドーロ」とのモーツァルト交響曲全曲録音プロジェクトも注目されている。

このアルバムは、エメリャニチェフが首席指揮者(2028年までの長期契約)を務める名門スコットランド室内管弦楽団とともに、2024年の楽団創立50周年を控えて録音したもの。とくに地元ゆかりの「スコットランド」交響曲には、オケの側も思い入れがあるに違いない。

演奏は、旧来のロマン派寄りのメンデルスゾーン解釈とは大きく異なり、風通しの良い軽やかな響きと鋭敏なリズムに特徴がある。ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンの確立した交響曲の系譜をメンデルスゾーンがどう継承・発展させようとしたのかを考える上で、こうした古楽的なサウンドは自然なアプローチといえる。重々しいドイツ音楽という既成概念からまったく解放されたメンデルスゾーンの、何と新鮮なことだろう。

DISC 3

心を正してくれる、格調高いバッハ

「園田高弘バッハ集大成Box」

園田高弘(ピアノ)

収録曲
DISC 1、2:平均律クラヴィア曲集第1巻 BWV846~869
DISC 3、4:平均律クラヴィア曲集第2巻 BWV870~893
DISC 5、6:パルティータ全曲BWV825~830
DISC 7:ゴルトベルク変奏曲BWV988
DISC 8:2声のインヴェンションBWV772~786/3声のシンフォニアBWV787~801/4つのデュエットBWV802~805
DISC 9:イタリア協奏曲BWV971/半音階的幻想曲とフーガBWV903/トッカータ ハ短調BWV911/トッカータ ホ短調BWV914/トッカータ 嬰ヘ短調BWV 910/フランス組曲第5番BWV816
DISC 10(ボーナス盤):トッカータとフーガ ニ短調(ブゾーニ編)/シャコンヌ(ブゾーニ編)
[キングインターナショナル KKC-8836/45]

心を正してくれる、このような格調高いバッハは毎日聴いても飽きない。

カラヤンやチェリビダッケとの共演歴があり、ベルリン・フィルの定期演奏会に出演したこともあるピアニスト園田高弘(1928~2004)は、日本のピアノ界を代表する巨人であり、来年は没後20年を迎える。今もその影響力は大きい。

この10枚組は、自身が設立したレーベルに録音されたバッハの集大成で、入手困難だったものを一挙にまとめて聴くことができる。とくに素晴らしいのは「平均律クラヴィーア曲集」第1巻と第2巻。質実でピアニスティックな説得力、そして詩情にあふれ、真・善・美が一体となった音楽の理想を体現している。《ゴルトベルク変奏曲》「インヴェンションとシンフォニア」「トッカータ」では対位法的な音の構築性が見事で、とりわけ「半音階的幻想曲とフーガ」は鬼気迫るものがある。

古楽ばかりではなく、こうした現代のピアノによる端正なバッハもやはりいいものだ。しかも園田の演奏には、揺るぎない信念と自己への厳しさが感じられて、心が洗われるような気持ちになる。若い世代にもぜひ聴いてほしい。

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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