フランチェスコ・トリスターノの ささやくように静かなバッハ
林田直樹さんが、今月ぜひCDで聴きたい3枚をナビゲート。 今月は、フランチェスコ・トリスターノが取り組むバッハ・プロジェクトの第2弾、人気作曲家・藤倉大の最新作品集、 ノット&東響の名コンビによるブルックナー「交響曲第1番」が選ばれました。
1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...
DISC 1
いつものクールさとは違う 親密なピアノの魅力
「J.S.バッハ:フランス組曲(全6曲)」
収録曲
J.S.バッハ:フランス組曲
第1番 ニ短調 BWV 812
第2番 ハ短調 BWV 813
第3番 ロ短調 BWV 814
第4番 変ホ長調 BWV 815
第5番 ト長調 BWV 816
第6番 ホ長調 BWV 817
[キングインターナショナル KKC-120]
サラッとした手触りの、ささやくように静かなバッハである。
目にもとまらぬ速さで軽やかに疾走する局面もあるが、それでもクールな雰囲気は変わらない。聴くほどに心の落ち着いてくるピアノだ。
1981年ルクセンブルク生まれのピアニスト、フランチェスコ・トリスターノは、バッハ以前の初期バロック音楽からジョン・ケージやテクノミュージックまでをレパートリーとするジャンルレスな活動で、常に注目の的であり続けてきた。
その一方で最近注目されるのは、intothefuture(イントゥザフューチャー)という自らのレーベルを設立し、J.S.バッハの全鍵盤作品を録音するという大規模なプロジェクトを始動させていることである。
このアルバムは第1弾の「イギリス組曲(全6曲)」に続く第2弾。2つの組曲の相違点について、トリスターノはこう述べている。
「フランス組曲のほうが親密で落ち着いていて、イギリス組曲の方が華麗だと思う。ポリフォニーはフランス組曲の方が制限されているが、強大なグルーヴ、そして無限の旋律は、等しくすべての組曲に存在し、優勢である」
そう、この親密で落ち着いた感じが、トリスターノの弾くフランス組曲の特徴なのだと思う。テクノサウンドのときの躍動感は身体の奥にすっかり潜めながら、ひたすらバッハに忠実に、端正にピアノを弾く彼もまた魅力的である。
DISC 2
聴きごたえ十分 藤倉作品の魅力が詰まった2枚組
「藤倉大:ウェイヴァリング・ワールド」
/飯森範親指揮パシフィックフィルハーモニア東京
2. 大大(だいだい)~ソロ・マリンバと3つのパーカッションのための
/大茂絵里子(マリンバ)ほか
3. 三味線協奏曲~オーケストラ・ヴァージョン
/本條秀慈郎(三味線)ほか
4. コズミック・ブレス~木管五重奏のための
/ユンゲ・ドイチェ・フィルのメンバー
5. アローン、スピーク~エレキギターのための
/ダニエル・リッペル(エレキギター)
1. 尺八協奏曲~アンサンブル・ヴァージョン
/小濱明人(尺八)ほか
2. ミラージュ~ソロ・オーボエのための
/ガブリエル・ピドー(オーボエ)
3. チューバ協奏曲~アンサンブル・ヴァージョン
/橋本晋哉(チューバ)ほか
4. ゆりいろ(箏協奏曲第2番)~25弦箏と弦楽四重奏のための
/木村摩耶(25弦箏)ほか
5. そでひちて~三味線と声のための/本條秀慈郎(三味線、声)
[ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル SICX-10022]
冒頭の表題曲、およそ19分間の《ウェイヴァリング・ワールド》からして、すっかり気に入り、3回続けて聴いた。
シベリウスの「交響曲第7番」と一緒にプログラミングできるような作品を書いてほしい、というシアトル交響楽団からの依頼によって書かれたこの管弦楽曲は、シベリウスからの引用などは一切おこなわれていないが、曖昧模糊とした幻想的な雰囲気、不可知で巨大な世界とのつながりにおいては通じ合う。飯森範親指揮パシフィック・フィルハーモニア東京の演奏も雄弁で力強い。シベリウスはあくまで最初のきっかけであって、単独でも何度でも演奏されるべき堂々たる傑作である。
「三味線協奏曲」(オーケストラ・ヴァージョン)もゾクゾクさせられる。淡々としながらも緊迫感にあふれる本條秀慈郎のソロの存在感もいいし、ロベルト・フォレス・べセス指揮名古屋フィルが丁々発止たる合いの手を入れる様子が見事で、三味線の音をいっそう引き立てている。
佐藤紀雄指揮アンサンブル・ノマドがソリストと共演する協奏曲も3曲収録されている。「尺八協奏曲」(ソロは小濱明人)、「チューバ協奏曲」(ソロは橋本晋哉)、《ゆりいろ(箏協奏曲第2番)》(ソロは木村麻耶)。いずれもそれぞれの楽器の響きの特徴を生かした、情趣に満ちた、聴きごたえ十分の作品ばかりである。
他にもソロやアンサンブルの作品がバランスよく組み合わされたこの2枚組のアルバムは、藤倉自身のレーベル「Minabel」とソニーミュージックとのコラボレーションとしては10作目にあたる。
藤倉の作品を聴くと、いつも新しくて開かれた感じがあって、神秘性があって、かっこいいなと思う。演奏のクオリティだけでなく、いかに聴き手の耳に響いて届くべきかにまでこだわった藤倉自身のサウンド・プロデュースがある。だから聴きやすい。
DISC 3
ノット&東響の円熟したコンビで聴きたい ブルックナー最初の番号つき交響曲
「ブルックナー:交響曲第1番」
東京交響楽団
収録曲
ブルックナー:交響曲第1番
[オクタヴィアレコード OVCL-00848]
2014年から2026年まで12年間の長期契約で、東京交響楽団の音楽監督をつとめている名指揮者ジョナサン・ノットは、それまでのオペラと現代音楽の豊富な経験を生かしながら、東京交響楽団をさらに充実したオーケストラへと向上させている。マーラーもブルックナーも、最近取り組んでいるチャイコフスキーも、オクタヴィアレコードからリリースされる新譜のいずれもが素晴らしい。
両者の円熟したコンビネーションの成果のひとつが、このブルックナー「第1」である。
ブルックナーの名作としてまず挙げられるのは4、5、7、8、9番あたりだが、「第1」の持っている若々しい力と人間臭い葛藤には、晩年の神がかった作風とはまた別の、かけがえのない良さがある。「第9」の作曲を中断してまでも改訂の手を入れた晩年の「ウィーン稿」ではなく、初期のみずみずしさの残る「リンツ稿」を採用する指揮者が多いが、ノットも「リンツ稿」である。
演奏はエネルギーに満ちながらも品格があり、東京交響楽団ならではの豊麗なサウンドをバランスよく生かした、完成度の高いもの。ブルックナー自身が何曲か交響曲を書きながらも最初に番号つきとして認めた愛着ある作品の再評価にふさわしい。生誕200年を機に「第1」をじっくり聴くには最適の名演である。
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