弁護士・阿友子の ミュンヘンからの音楽便り#2 エコール・ノルマル入学顛末記
大好評のONTOMO連載「インターネットと音楽についての法律相談室」でおなじみの弁護士、橋本阿友子さんが、ミュンヘンでの研究生活や、社会人として音楽を学ぶ意義を考えながら徒然なるままに思いの丈を綴る連載。
第2回は、紆余曲折を経てエコール・ノルマル音楽院に在籍することになった入学手続きの、ちょっぴりユニークなお話をお届けします。
京都大学法学部卒業、京都大学法科大学院修了。ベーカー&マッケンジー法律事務所を経て、2017年3月より骨董通り法律事務所に加入。東京藝術大学利益相反アドバイザー、神戸...
パリのエコール・ノルマル音楽院は、欧州の音楽学校によくある年齢制限もなく、門戸が広いにもかかわらず教授陣のレベルが高いため、私のような人から著名なアーティストまでもが通う学校です。私がノルマルを選んだのは、音大を掛け持ちして他国から通う生徒も珍しくなく、色んな音楽家に出会えるのでは、という魂胆もありました。
本当は2020年に留学に行きたかったのですが、諸事情により断念したので、延期になるぶん何かオプションをつけられないか――と軽いノリでピアノの先生に話をしたところ、音楽留学も見据え、まずは日本の音大の学士をとってはどうかと提案されました。そのタイミングで、先生が客員教授をつとめる上野学園大学から非常勤講師を依頼されるという奇蹟が重なり、気づけば上野学園に生徒として在籍しながら教鞭を執るという、前代未聞の(?)学生生活が始まりました。
無事卒業した年、これも先生に言われるがまま受けたノルマルの入学試験に無事合格し、本当に通えるのかわからない状態で、2022年秋、本業の方の留学の下見ついでに、入学手続きのためパリを訪れたのでした。
休暇前というのは恐ろしく忙しく、学校のカリキュラムのことを一切調べないままパリに到着(ウェブサイトすら調べていなかった)。10月の最初の平日に行けばなんとかなるだろう、ぐらいのテンションで学校に行ったところ、案の定朝一番に訪れた事務室の前にはすでに列が。「やはり入学手続きは今日だったな」と自分の勘が正しかったことに満足し、ピアノ科3年に在籍しているという香港人の学生と取り留めのない話をしながら待つこと1時間。ようやく受付の人と話ができたと思ったら、「手続きの前にクラス分け試験を受けてきてください」とのこと。……ん? 今、試験って言った?
入学試験がすべてだと思っていた私にとって、さらに試験があるとは寝耳に水。何しろ、入学試験(5月)以降、一度も鍵盤を触っていない。本業じゃないからどうにでもなれと思って来たわりには半ばパニックになり、一度ホテルに戻り日本にいる先生に相談。「まずは試験の内容を確認すれば?」という冷静すぎるアドバイスをもとに、再び学校に行き、試験は3日後で、任意の3曲を演奏する内容だと確認。その日は選曲にまる1日を費やし、一度も鍵盤を触らずに終了。
残り2日。入学手続き前は学校の練習室を使えないらしく、ホテルの近くにあった貸しスタジオの空き時間をほぼすべて確保。上野学園の試験で弾いた中から、譜面を微かに覚えていそうだという理由だけで選んだ3曲の楽譜を、ネットでダウンロードしてホテルで印刷してもらい、コピー譜を抱えてスタジオごもり。ちなみに曲は、バッハ、モーツァルト、シューマンから3ピース。フランスに来たのだから、せめてショパンぐらい弾こうよ……。
かくしてクラス分け試験の結果、実技担当が、入学試験時の審査員だった教授から薦められていたピアニストとは別の先生に決定。内心(『のだめカンタービレ』のターニャのように)落胆しながらパリを後にしました。ところが、帰国後、ピアノ仲間に事の顛末を話したところ、「その先生、メンデルスゾーン弾きの人でしょ? CD持ってるよ」とのこと。別の友人からは、「ノルマルはクラス分け試験があるって、普通にネットに載ってたよ」と言われる始末。なんだ、知らないのは私だけだったのか。
外国で生きていくにはネジが1本ぐらいはずれていたほうがよい、とはミュンヘンで出会った駐在員の言ですが、もう少しネジをしめたほうがよかったかもしれない、入学手続きのエピソードでした。
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