読みもの
2024.10.04
鈴木淳史の「なぜかクラシックを聴いている」#11

ジョージア、アルメニア、アゼルバイジャンのクラシック~文化が混じり合う辺境が面白い

音楽評論家の鈴木淳史さんが、クラシック音楽との気ままなつきあいかたをご提案。今回はジョージア、アルメニア、アゼルバイジャンからなるコーカサス地方のクラシックをご紹介。ヨーロッパ・アジア・アラブの文化が混在するこの地方は、オーケストラ演奏も作品も独特。不思議な聴取体験が、「クラシック音楽」のイメージを見事に更新してくれます。

鈴木淳史
鈴木淳史

1970年山形県寒河江市生まれ。もともと体育と音楽が大嫌いなガキだったが、11歳のとき初めて買ったレコード(YMOの「テクノデリック」)に妙なハマり方をして以来、音楽...

ゲルゲティ三位一体教会(ジョージア、カズベキ)
撮影:Jeremy Bishop(Unsplash)

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電車に乗っても端っこに座るし、もしもアイドル・グループのメンバーになったならセンターなど目もくれず端の位置ばかり狙ってしまうだろう。要するに、中央ではなく、辺境に深い愛情を抱くタイプである。キワだからこそ、そこに漂う異なった文化の混じり合い。そうした揺らいだ空気感がたまらなく好きなのだ。

だから、クラシック音楽の聴き手としても、ヨーロッパのキワにあるコーカサス地方がいつも気になる。コーカサスとは、ジョージア(グルジアという名前が馴染みすぎて、新国名にはいつも違和感たっぷり)、アルメニア、アゼルバイジャンの三国だ。このあたりには、スラヴも含むヨーロッパ、アジア、アラブの文化が混在し、それらの縁取りも曖昧になって響く。

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ジョージア~トビリシ交響楽団の濃密なラヴェル、ドビュッシー

ジョージアを代表するオーケストラは、首都トビリシにあるトビリシ交響楽団だ。ムラヴィンスキーの代役としてレニングラード・フィルを率いて来日したこともあるヤンスク・カヒッゼによって創設。お国の作曲家ギヤ・カンチェリの作品を始め、さまざまなレパートリーの録音がある。

東欧のオーケストラを思わせるさらっとした飲み口ながらも、じわじわと口のなかで濃い味が広がってくるような演奏。奏法はソリッドだが、アンサンブルは意外に濃密で、木管はひなびた歌謡を聴かせる。

カヒッゼの指揮による、ラヴェルの《高雅で感傷的なワルツ》の最後がじつにユニークだ。とんでもないテンポの遅さで、足元からずぶずぶと沼にハマってしまいそうになる不思議な演奏だ。

▼ラヴェル:《高雅で感傷的なワルツ》より第7ワルツとエピローグ

カヒッゼが亡くなった後は、息子ヴァクターンが首席指揮者を継いだ。彼の指揮したドビュッシーの《牧神の午後への前奏曲》は、爽やかな響きながら、ねっとりとしたアンサンブル。このオーケストラの特性をよく伝えてくれよう。

▼ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲

アルメニア~《剣の舞》の国のオーケストラと伊福部昭の相性の良さ

お次は、世界でもっとも早くキリスト教を国教化したアルメニア。アルメニアのクラシックといえば、いっちゃん有名なのは、やはりこれですわな。ロリス・チェクナヴォリアン指揮によるハチャトゥリアン《剣の舞》だ。

▼ハチャトゥリアン:バレエ音楽《ガイーヌ》より《剣の舞》

オーケストラは、アルメニア・フィルハーモニー管弦楽団。かつてはオハン・ドゥリアンや若かりし頃のゲルギエフ、そしてチェクナヴォリアンが首席指揮者を務めた名門だ。

パート・バランスが機能的に整理されすぎていないので、少し古めかしい響きに耳が洗われる心地がする。さらに、しめやかに旋律を歌ったかと思えば、急展開でハイ・テンション・モードに切り替わるのも大きな特徴だろう。

今から四半世紀前、2000年にアルメニア・フィルがジャパン・ミュージック・ウィークを開催。このオーケストラと馴染みが深かった指揮者・井上喜惟が、日本人作曲家を含むプログラムを指揮した。当時、わたしもアラム・ハチャトゥリアン・ホールの客席でそれらを堪能しまくるという幸運に恵まれたのだが、そのときのALTUSレーベルによる録音がストリーミングでも聴くことができる。

▼チェクナヴォリアン:アララト組曲より「愛のワルツ」、ピアノ協奏曲 Op.4(ピアノ/古曳真則)、伊福部 昭:ヴァイオリン協奏曲第2番(ヴァイオリン/緒方恵)、外山雄三:管弦楽のためのラプソディ、伊福部 昭:ヴァイオリンとオーケストラのための協奏狂詩曲(ヴァイオリン/久保田巧)

オーケストラと伊福部昭の音楽との相性の良さに驚く。雅楽のようにしめやかに進み、そして急沸騰してテンションを爆発させる。そして、日本のオーケストラが少し恥ずかしがって演奏してしまいがちな外山雄三の《管弦楽のためのラプソディ》も同様。最後の「八木節」もフルパワーなんだぜ。

そもそも日本だって、多様性が混じり合ってるはずの辺境なのだ。馬が合わぬわけはない!

アゼルバイジャン~コパチンスカヤの録音で聴く中東的カオス

そのアルメニアと領土を巡って戦争状態が続くアゼルバイジャン。産油国ということもあるのか、ここは中東のエッセンスがより強く感じられる。

クレンペラーやゴロワノフが客演し、ラウフ・アブドゥラエフが長らく首席指揮者を務めてきたアゼルバイジャン国立交響楽団だが、レコード録音はトビリシ響やアルメニア・フィルと比べるとずいぶんと少ない。

その代わり、YouTubeには結構面白い演奏がアップされていたりする。たとえば、オグタイ・ズルファガロフの「ホリデー序曲(喜べ、我が民よ!)」。アラブ風の主題がノリノリのオーケストラで奏でられる、アゼルバイジャンといえばコレと言いたくなる音楽だ(日本初演となった坂入健司郎指揮東京ユヴェントス・フィルの録音がALTUSレーベルから出ている)。

ほかにもフィクレト・アミーロフやカラ・カラーエフ、エルダル・マンスロフといったアゼルバイジャンの作曲家をバンバン録音してほしいのだけれど。

たとえば、アミーロフの《アラビアの主題によるピアノ協奏曲》は、中東風味仕立てのラフマニノフみたいでなかなか愉快なのだがな(こちちは、ロイヤル・フィルによる演奏)。

▼アミーロフ:アラビアの主題によるピアノ協奏曲

カラ・カラーエフの息子、ファラジ・カラーエフのヴァイオリン協奏曲をアゼルバイジャン国立交響楽団がレコーディングしていた。ソリストは、なんとパトリシア・コパチンスカヤ

▼ファラジ・カラーエフ:ヴァイオリン協奏曲より第2楽章

第2楽章「主題と幻想」は、もやもやした雰囲気のなか、ヴァイオリン独奏がメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を何度か弾こうとするが、オーケストラがブラームス、ベルク、シベリウスなどの協奏曲のフレーズで応答する。ボケとツッコミ。まるでコント。引用的なフレーズをちりばめつつ、そのまま渾沌の状況に。もはや辺境とか関係ないだろうけど、こんなカオスは好きですか? わたしはめっさ好きです。

鈴木淳史
鈴木淳史

1970年山形県寒河江市生まれ。もともと体育と音楽が大嫌いなガキだったが、11歳のとき初めて買ったレコード(YMOの「テクノデリック」)に妙なハマり方をして以来、音楽...

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