コロンブスが聴いたかもしれない音楽~一方通行ではない文化の混交
音楽評論家の鈴木淳史さんが、クラシック音楽との気ままなつきあいかたをご提案。今回は、音楽と決して無関係ではない植民地主義について。重いテーマと裏腹の愉悦に満ちた音楽からは、一方通行ではない文化の混交が聞こえてきます。
コロンブス、ナポレオンに加えて、なぜベートーヴェンなのだろう?
先日、Mrs. GREEN APPLEが公開したミュージック・ビデオに、人種差別的な表現があるとして炎上した件のことだ。このビデオには、類人猿を思わせるキャラクターが登場し、コロンブスら3人の「偉人」に扮したメンバーらが乗る馬車を引かせる演出が問題となった。ベートーヴェンらしき人物が類人猿に音楽を教えるというシーンもある。
この場面をつぶさに見てみると、譜面台に乗せられた楽譜は、ベートーヴェンの「交響曲第3番《英雄》」のピアノ独奏版の冒頭部分だ。
この交響曲ついては、ナポレオン絡みの有名なエピソードが知られている。ナポレオンに捧げるために書いたが、権威的な社会から自由な社会へと切り開いてくれる英雄だと思われた彼が皇帝に即位したために、献呈を取りやめたという話。まあ、かなり芝居がかった事後創作的なエピソードであることは間違いなさそうではあるのだが。
意外に細部を詰めて作ってあるじゃん、と思った。いかにも広告代理店の臭いが漂ってくるかのような、貧弱なコンセプトで作られたミュージック・ビデオにだって、現場の作り手の魂は宿っているのだ。
サラバンド、シャコンヌと文化的「侵略」
それにしても、侵略者で奴隷商人、独裁政治を行なった軍人と並べられてしまった、俺たちの輝ける楽聖。気の毒としか言いようがない。とはいえ、ベートーヴェンが生まれる300年前には、新大陸への音楽による「侵略」も行なわれていたのは事実だ。
こうした音楽は、もちろんキリスト教と一心同体。ヨーロッパの音楽が次々に新大陸へと渡ったのは布教のためだった。キリスト教を信仰しないと地獄へ落ちるぞという脅迫のもと、当時のルネサンス期の音楽が新しい地で奏でられたのだ。いわゆる、軍事力で勝ったほうが文化的なヘゲモニーも握っちゃうという構図である。
でも、文化の波及は、決して一方通行にはならない。たとえば、サラバンドという舞曲がある。あるいは、シャコンヌという音楽形式。これらは、スペイン由来の音楽だが、その実は新大陸からもたらされたものなのだ。
▼J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第3番よりサラバンド ジャン=ギアン・ケラス(チェロ)
▼ルイ・クープラン:シャコンヌ ニ短調 バンジャマン・アラール
ヨーロッパの世界征服の拠点となったイベリア半島には、フラメンコに代表されるような独特な濃ゆい文化がある。それらが醸成されたのは、新しい大陸から持ち帰ったものが大きく影響しているはずだ(加えて、イスラム教徒によって征服されていた地域もあり、その文化混入も大きい)。
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