インターネットと音楽についての法律相談室#1「契約」とは?「著作権」とは?
今、インターネットと音楽をめぐって、著作権への関心が高まっています。中学生でもユーチューバーになれるし、演奏家も作曲家も、何かを自分で作って発信することが当たり前の時代。普通のコンサートでも教育現場でも、SNSで文章を書くときでも、著作権はとても身近な問題です。
まずはゼロから知りたい! という人のために、インターネットと音楽についての著作権や関連する法律についての初心者向けの基礎知識を、アート関連のスペシャリストが集まった骨董通り法律事務所の弁護士・橋本阿友子さんに、さまざまな角度からうかがう新連載がスタートします。
1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...
世の中に出て最初にやることは「契約」
――まず、骨董通り法律事務所って一体どんなところなのか? と思ってこうして取材にうかがったわけなんですが、オフィスにはたくさんの公演パンフレットがありますね。
これまで「レ・ミゼラブル」とか「ブラスト!」とか、あるいはニューヨーク・シティ・バレエの来日公演とか、いろんな国内外の有名なパフォーミングアートを事務所として手掛けてこられたんですね。例えばミュージカルだと、日本語上演版を作るときは、海外の原著作者との契約書作成みたいなことも?
ええ、海外との契約で多いのはライセンス契約などです。やっぱり細かいんですよね。こういう世界観を崩してはダメとか。
――そうなるともう、パフォーミングアートの当事者ですね。
間接的ではあるんですけれども……。自分も裏方ながら作品に関与しているという意識でやっております。
――出演者とカンパニーとの間の契約も難しい問題ですね。例えば、放送局と出演者との間も、私の経験でいうと、ほとんど契約を結んでいないんです。どの局も口約束だけで。新聞や雑誌の連載もそうですし、コンサートの出演も主催者によっては……。
コンサートの出演は、私も随分過去に経験がありますが、本当にもう口約束でした(笑)。でも、最近はだんだん海外の権利意識が入ってきて、エンタメ業界でも契約書を結ぶようになりましたし、オペラなど海外から招聘する場合など、海外の方々は契約書を締結するという文化がもともとあります。
ここ数年、いちばん怖いのが、コロナで来られなくなった、中止せざるを得なくなった場合。契約書でそのあたりをどうするかを書いておかないと、トラブルになる可能性も。
――契約書って、ともすれば個人に不利で、組織に有利なようにできている気がします。
本来であれば、契約書というのは、当事者のいずれかが一方的に提示するものではなくて、契約当事者両方がちゃんと交渉して内容を合意の上で、まとめていくものです。しかし、実際には、交渉の余地がなく、対等でないような内容になっている例も珍しくはないです。
――今、若い人も、フリーランスで仕事をされている方が増えています。個人事業主として仕事をするときに、音楽家の方もそうだと思うんですけど、必ず「契約」っていう局面に立つと思うんですよ。
大学教育では、そういうことを教えることがほとんどないように思いますね。私は法学部でしたけど、契約書の書き方や交渉の方法など、契約実務について詳しく学んだ記憶があまりないです。でも、世の中に出ていちばん最初にやるのって、「契約」なんですよ。
――そうなんですよ。
会社に勤めるのも、ちゃんとした「労働契約」ですよね。それぐらい大事なことですし、今後、フリーランスの方がさらに増えていったとしたら、契約というものの知識がますます求められるのではないでしょうか。
――音楽業界は特に、小さな個人事業主がたくさんいて成り立っています。そういう人たちのための知恵、基礎はもちろん、著作権以前になるかもしれませんけれど、音楽に関わっている人みんなが身につけるべき公的な感覚まで、今後テーマにしてお話をうかがっていきたいです。
そのあたりは、とても大事なことだと思います。わかっているようなフリをしてしまうと、今さら聞けないみたいなこともありますし。今からでも、基本的なところから押さえていけば、あとからご自身の助けになるときが必ずありますから、少しでもわかりやすくお伝えしていけたら嬉しいですね。
そもそも音楽著作権とは?
――ここはもう本当にゼロベースでおうかがいしますが……そもそも音楽著作権って何でしょう?
実は音楽著作物と言われているものは、「曲」と「歌詞」だけなんですよ。演奏や録音とかは別の権利として著作権法では区分されていて、JASRACなどの音楽著作権の管理団体が扱っているのは、この2つなんです。
――えっ、JASRACが扱っているのは、曲と歌詞だけ!?
もちろん、データベースがあるので、探すときにアーティスト名とかでも便利に探せるようになっていますけれど、演奏家や歌手は「実演家」と呼ばれる別の権利者で、これは著作者でも、著作権者でもなくて、「著作隣接権者」(実演家の他に、レコード製作者、放送事業者、有線放送事業者に認められる)。その権利は、JASRACでは扱っていないんです。
――意外ですね。
ちなみに、JASRACは楽譜も扱っていません。「著作物」というのは、「思想または感情を創作的に表現したもの」と定義されているので。楽譜にする行為=記譜は、音楽著作物の複製にあたり、著作物ではないとされています。
10人の音大生がもし同じ曲を楽譜に書き起こしたら、それは聴音であって、同じ楽譜になりますし、その記譜行為は創作ではないですよね。著作物性は「創作的か、つまりオリジナリティが溢れているかどうか」ということで判断されるので、著作権法の保護が与えられないんです。
――クラシックの場合、出版された楽譜によっては、校訂者が独自の考え方に基づいて新しく作りなおした楽譜であれば、一種の著作物だという気もしますが……。ともあれ、今おっしゃった「著作物」が、感情、思想、そういったものを表現にしたものというのは、たぶんすべての大前提ですね。
大前提です。それに当てはまらないと、そもそも著作権法の話になりませんからね。
事実には著作権はない
――ある音楽学者がとても悲しそうに言っていたことがあって、たとえ新たな音楽史上の事実を発見したとしても、その事実自体には著作権が認められないと。つまり、どんなに一所懸命に研究しようとも、その作曲家に関する新事実がわかりました、となった途端に、たちまちいろんなところでパクられていくわけですよ。
血と汗と涙の結晶でたったひとつの事実をつかんだその学者にとって、その事実は、私の著作物と言いたいところでしょうけれど、「いやいや、事実は著作物じゃないんで」といって、軽くコピーされて、盗まれていく。「盗まれる」と、多分音楽学者の方は感じると思うんですけど、そういうことをよく見ます。
事実としてのデータとか、あるいは、記号とか円とか四角とか、ああいうありふれたものを誰かに独占させると、他の人が使えなくなるという不都合があって、著作権としては保護しないとされているんですよ。
確かに、その汗水たらした仕事っていうのは、本来保護されるべきだとも思うんですけど、著作権法では「事実は保護しない」っていうのはもう明確なことなので。
――事実が独占されちゃったら、それはそうで困るっていうのはありますものね。
そうなんです。歴史的事実などを用いて誰も本を書けなくなったり、セミナーできなくなったりとか、いちばん最初にその事実を発見した人に、それを独占させますということをもし決めちゃうと、その後の研究が進まなくなるっていう弊害もあるんですよ。ひいては、文化の発展を目的とする著作権法の趣旨に沿わないことになってしまうんです。
――特許とはまた違いますよね。あれは発明だから。
はい。著作権は特許みたいに登録申請してお金を払って、っていうことをしなくても、本人が望まなくても、勝手に発生するんですね。そういう意味ではすごく強い権利です。幼児が描いた絵でも著作物って言われるんですけど、そのレベルの創作性でも、とにかくオリジナルであればいい。それが高度な芸術的な要素を持たなきゃいけないかというと、そうではない。
他方、どんなに汗水たらして、労力を使って、何かこうデータをグラフにしましたみたいなものは保護されない。だから、その音楽学者の方も、本当に大変だと思うんですけど、事実自体は取り出されてもしょうがない。いかに独創的な表現で、その書物が魅力的になるかというところで勝負していただかないと、著作権法では守られないんです。
――あくまで、その人のオリジナルな表現であること、というのが基本なんですね。
事実を丸ごとマネされた――要するに、自分が書いた論文と同じテーマで、違う人が同じ切り口で書いたという場合でも、文章の表現が違うと、結局著作権法ではどうにもできません。
――パクリ問題っていうのは、大学の学生のレポートでもよく聞く話ですし、プロのライターでも、あの人が私の文章をパクった、この人のブログからあの人が自分の記事にコピーしたっていう騒ぎはもう後を絶たないです。そういうふうな相談もそちらに?
ええ、過去に何件かご相談をいただいたことがあります。事実のピックアップの仕方、事実を使った文章構成の仕方でオリジナリティがないと、いまの裁判実務では、著作権法上のハードルは高いように思います。
――演奏解釈もそうで、ギドン・クレーメルが「世の中パクりばかりだ」とミハイル・プレトニョフに言ったら、「でもオリジナルなものっていうのはマネからスタートだよ」と言ったという話がありました(笑)。
面白いエピソードですね(笑)。
――だから、絶対、そのパクリがすべてアウトかっていうと、作曲だって、やっぱり何らかのマネからスタートするっていうこともあるのかもしれないし。
昔の作曲家は、パクリ放題ですよね(笑)。
――そうです。でも、そのパクリがすごく上手に、クリエイティブにパクッている(笑)。
著作権法では、「汗水論」という言い方をするんですけど、“汗水は保護しない”っていうのがあるんです。
――“汗水を保護しない”! いいフレーズですね(笑)。
オリジナリティを、創作性を保護しているのであって、汗水垂らしたというものは保護しないんです。だから、努力しなくても、著作物で創作性があればいい。努力しても、創作性のないものはダメっていうのが、著作権法の立場なんですね。
『エンタテインメント法実務』(骨董通り法律事務所編、弘文堂)を読んだことが、今回の取材の大きなきっかけであった。音楽のみならずあらゆる文化活動には、さまざまな法律やルールが存在し、それを知りたいという人は多いはずだが、この本はそんな業界関係者には、最新の状況も踏まえての有用な知識やトラブル対策を教えてくれる必携の書である。
その骨董通り法律事務所に所属する弁護士・橋本阿友子さんは、ピアノを演奏し、クラシック音楽を愛する方でもある。今回のインタビュー、2時間半以上も密度の濃い話で盛り上がり、日頃わからなかった著作権に関する基本的な疑問をたくさんぶつけることができた。まだまだ続きがあるので、次回以降もお楽しみに。
(林田直樹)
「エンタテインメント法実務」(骨董通り法律事務所編、弘文堂)
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