オール吉松隆プログラムを振って~指揮者として作曲家の“想い”を音にする
現代作曲家を積極的に取り上げるのが原田流ですが、9月の東京交響楽団の公演は吉松隆作品だけで占められるというチャレンジングなもの。満員のミューザ川崎シンフォニーホールの楽屋で、その意図をうかがいました。
みなさん、オール吉松隆プログラム(ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団『名曲全集 第179回』2022年9月25日)にお越しくださり、ありがとうございました。作曲家の吉松隆さんを知らないかたもいらっしゃったかもしれませんね。
「慶太楼って(普通のクラシックコンサートと)何か違うよね」、「知らない曲だけど感動した」、「いつも何か学びがある」って言われることが僕のひとつの目標でもあります。「日本人の作曲家を盛り上げてる」、「若手の作曲家○○を見つけて世界に紹介したよね」と後世に言われたらうれしいです。
吉松隆さんは今マイブームなんです。
サキソフォン協奏曲《サイバーバード》とかで高校生のときからカッコいいなと思っていて、でも指揮をするチャンスはなかった。日本に来て、山田和樹さんに「やったほうがいい。《アトム・ハーツ・クラブ組曲》なんて慶太楼にピッタリだよ」と言われて、その後、藤岡幸夫さんにも勧められて、2人にも言われたから、吉松さんを研究し始めました。それで初めて振ったのが《アトム・ハーツ・クラブ組曲》と交響曲第2番《地球にて》です。
交響曲第2番《地球にて》は、東京オリンピックの開会式で聖火リレーの最後、大坂なおみさんが聖火台に火を灯したときのクライマックスの曲です。まさかオリンピックに使われるなんて知らなかったのですが、僕はその2週間後に指揮をしました。なんか運命を感じたなぁ。
吉松さんと初めてお会いしたのはオリンピックの10日ほど前です。それまで吉松ワールドにたっぷり浸っていたし、やっとお会いできた感動もあって、2時間ほど質問攻めでした。どういう音楽なの? どう表現したらいいの? なぜ鳥にこだわっているの?
そんな流れのなかで、今回のオール吉松隆プログラムを提案するに至りました。
吉松さんの曲は、十二音技法の流れをくむ現代音楽と一線を画していて、ハーモニーとメロディにすごくこだわっています。今回演奏した《チカプ》op.14aや《カムイチカプ交響曲》(交響曲第1番)op.40(チカプはアイヌ語で「鳥」、カムイチカプは「神の鳥」の意味)もそうだけど、鳥の羽ばたき、さえずり、光と虹、生と死……、あらゆる世界観がハーモニーとメロディで豊かに表現されている。だから今でも多くの人に響くのだと思います。
作曲家の想いに自分を重ねる方法は?
「指揮者って何?」というのを僕はいつも自問自答しています。だって、指揮者が頭をかいてたってオーケストラは鳴りますからね。じゃあ、指揮者って何だろう。今37歳の僕の解答としては、「作曲家が書いた“想い”を音にする」こと。作曲家がつくりあげた音楽を通して、作曲家の見えない想いを汲んで、お客さんに伝え、お客さんと会話をするのが指揮者の仕事だと思います。
そのために、ベートーヴェンにしてもブラームスにしても、作曲家の想いを、とことん想像します。伝記を読み、いろいろな資料にあたり、作曲家の気持ちになりきる。特に手紙や日記はいい資料です。僕自身も日記をつけているから、「この期間は日記を休んでいるのはなぜだろう」とか想像しやすい。
そうそう、マイブームが他にもあってね。僕は今37歳なんですが、僕と同じ年齢のときに作曲家が作った曲を指揮するというのに最近こだわっています。今回演奏した吉松さんの曲も、吉松さんが37歳のときにつくった曲なんですよ。時代が違っても、37歳には37歳にしか通じない何かがあるんじゃないか。ベートーヴェンの37歳も吉松さんの37歳も今僕の37歳も、37歳だからわかる感性は今しか振れない。40歳になったらまた違ってくると思う。
そんなふうに作曲家の想いを共有するための努力や工夫は欠かさないのですが、それでも、僕の解釈が正しいか正しくないかは作曲家に聞かないとわからないですよね。ベートーヴェンには聞けないけれど、吉松さんには聞ける。これ、ものすごく大きなことでしょう?
今回も吉松さんはリハーサルから立ち会ってくれました。1曲やって振り向くと必ず何か意見をくれる。こういうふうに演奏してほしい、こういう音で表現してほしいって明確にある。このメロディが戻ってくるときは、どう思って、何を想像しているのか聞けば必ず答えがあるわけです。
ここは飛んでいるんだ。ここは食べているんだ。ここは探しているんだ。そして、次に悲しみがやってくる。お客さんにはまだ悲しみは伝わらないけれど、スコアに書いておいて、悲しみの準備をする。そんなふうに、作曲家と直接話しながら音をつくりあげる。こんなに恵まれたことはないですよね。
僕が海外で吉松さんをプログラムに入れるのも、吉松さんとの関係性がある僕が指揮するほうが面白いというのはあります。誰もベートーヴェンに会ったことはないのにベートーヴェンやるより、お客さんにとっても作曲家のスピリットをより感じられるんじゃないかな。
多種多様な作曲家がいるから面白い
僕が日本人の作曲家を指揮し始めたのは日本に来てからです。日本人の作曲家を振ることで、日本人として自分に欠けているところを補える気がします。自分を磨くために日本人作曲家を好んでやっている。作曲家に刺激を受けているんですね。だから僕は現代作曲家とどんどん仕事をしていきたいのです。
世界に紹介したい作曲家はまだまだたくさんいます。僕がよくやっているのは、アメリカ人のフランク・ティケリとジョン・マッキー。日本での知名度はまだないかもしれないけれど、ティケリは個性的で面白いし、マッキーは吹奏楽が得意。
あと、BLM(Black Lives Matter)やジェンダー問題の意識からも、黒人の作曲家や女性の作曲家も積極的に取り入れています。ジェシー・モンゴメリーとかものすごくいい曲を書いているんだけど、たぶんまだ日本では演奏されていないから、それは僕がやっていかなくちゃいけない。
日本であまり知られていない作曲家の作品だとコンサートがなかなか成立しにくいのですが、でも「慶太楼の演奏会に行くと、知らない作品なんだけど、なんか面白い曲に出会える」という雰囲気が定着してくれば、どんどん叶えられると思うのです。それは、お客さんとの、そしてオーケストラとの信頼関係の問題でもあるのですが、現代作曲家を次々に紹介していく使命はあると思っています。
いま正指揮者を務めている東京交響楽団は、そういう意味でも頼もしいオーケストラです。いくつかのオーケストラからオファーはあったのですが、東京交響楽団は、僕がやりたい、こういうことを理解してくれる理想的な存在でした。実際、「こども定期演奏会」の「新曲チャレンジ・プロジェクト」もそうですし、軽井沢の大賀ホールで「慶太楼meets軽井沢!」という新しいシリーズを始めたりもしています。
「新曲チャレンジ・プロジェクト」というのは、6人の小学生がつくったメロディの2つ以上を使ってオーケストラ作品をつくるプロジェクトです。2022年の採用作品として上田素生(うえだもとき)くんの『雪だ!』が選ばれました。12月11日の「こども定期演奏会第84回」で世界初演をします。
上田くんは24歳、とても才能のある作曲家です。今つきっきりで音楽家としての振る舞いを教えています。音楽家もこれからはブランディングが大切だから。彼のような若い作曲家もどんどん世界に紹介して、僕自身も常にインスピレーションを受けていく、そんな良い循環が生まれつつある今日この頃です。
日時: 2022年11月23日(水・祝)17:00開演、11月24日(木)14:00開演、11月26日(土)14:00開演、11月27日(日)14:00開演
会場: 日生劇場
共演、演出: 鵜山 仁、東京フィルハーモニー交響楽団 ほか
料金: S席13,500円、A席11,000円、B席8,000円、学生2,000円
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日時: 2022年12月4日(日)14:00開演
会場: 京都コンサートホール 大ホール
曲目: チャイコフスキー/セレナードハ長調から第1楽章、ハチャトリアン/ヴァイオリン協奏曲ニ短調から第3楽章、ポッパー/ハンガリー狂詩曲 作品68、ブルッフ/ヴィオラと管弦楽のためのロマンス 作品85、ディッタースドルフ/コントラバス協奏曲から第1楽章、マイケル・エイブルス/デライツ・アンド・ダンスイズ
共演: 会田莉凡(ヴァイオリン)、山本裕康(チェロ)、小峰航一(ヴィオラ)、黒川冬貴(コントラバス)、京都市交響楽団
料金: 指定席おとな(19歳以上)3,000円、こども(5歳以上18歳以下)1,500円 自由席おとな(19歳以上)2,500円、こども(5歳以上18歳以下)1,000円
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日時: 2022年12月10日(土)14:00開演
会場: 葛飾シンフォニーヒルズ モーツァルトホール
曲目: モーツァルト/歌劇《フィガロの結婚》序曲、メンデルスゾーン/交響曲第4番イ長調《イタリア》、モーツァルト/協奏交響曲変ホ長調K.297b
共演: 荒木奏美(オーボエ)、コハーン・イシュトヴァーン(クラリネット)、保崎 佑(ファゴット)、栁谷 信(ホルン)、東京交響楽団
料金: S席3,500円、A席2,500円、Z席2,000円
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