判子とピアノの白鍵に重宝されていた、あの素材の話
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...
先日、行政上の手続きで判子の使用を廃止しよう、という話題にともなって、日本で象牙製の判子が重用されることと象の密猟の問題も、にわかに取りざたされました。
ピアノ好きにとって象牙といえば、まっさきに「鍵盤」が思い浮かぶのではないでしょうか。
古くから、ピアノの白鍵の表面には象牙が使用されてきました。しかし、絶滅が危惧される野生動植物保護のために制定されたワシントン条約により、象牙の輸入が禁止となったことで、今ではコンサートグランドピアノの白鍵にも、人工象牙が貼られています。
そのため、今や象牙鍵盤のピアノは超貴重。象牙使用の古いピアノを日本に持って来たいときは、象牙を剥がして輸入するか、条例ができる以前に製造されたものであることを証明したうえで、とてもめんどうな通関手続きを行なう必要があると聞きました。
鍵盤の形状の違いや触り心地の違いは、物理的な弾きやすさにもちろん影響を与えます。プロのピアニストならどんなピアノでも弾きこなすわけですが、やっぱり好みはあるもの。
たとえば、海外のコンクールのような一発勝負の場面で、空調や照明の具合で本番のステージが異常に暑いとき、「汗で指がすべってどうにもならない、音はこちらのピアノのほうが好きだが、鍵盤がすべりにくい別のピアノにチェンジする」みたいなことも、わりとあるわけです。それも、汗の成分の具合によるのか、人によって合う合わないはバラバラだという……。
そんなわけで各メーカー、より吸湿性が高く、弾き心地のよい鍵盤を目指し、最新の技術を投入して研究開発を重ねています。しかしどうしたって、天然象牙の絶妙な吸湿性、弾き心地の良さにはかなわないといいます。
今やあらゆるものが人工的に作られ、その多くは使い心地もよく、私たちの生活をより快適にしてくれています。
これだけ技術が進んでいれば、快適さを追求した素材ならなんでも人の手で作れそうな気がしてしまいます。しかし少なくともピアノの鍵盤についていえば、結局、天然の象牙にまさるものはないわけです。自然の創造物の神秘を思わずにいられません。
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