読みもの
2021.05.28
高坂はる香の「思いつき☆こばなし」第63話

実体験のみが本物に近づく鍵? 『あしたのジョー』が見出した解とピアニストの話

高坂はる香
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

メイン写真:『あしたのジョー』全12巻 撮影:編集部

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このゴールデンウィーク、突然、「あしたのジョー」を読みました。きっかけは、編集者の友人と、結末のはっきりしない小説をどう思うか、という話になったことです。

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そのとき、その方が「あー、あしたのジョーみたいな」とおっしゃいまして。あの有名なラストシーンは知りつつ、私は『あしたのジョー』を読んだことがなかったため、これは改めて読んでみようと思ったわけです。

そうして一気に読破。格闘家、私にとっては未だ謎が多く興味深い存在なのですが、ともかく『あしたのジョー』からは多くを考えさせられ、その名作たる所以を知りました。

『あしたのジョー』連載50周年PV

で、私のようなニワカがジョーについて語る資格はないんですけれど、一つのエピソードが最近考えていた音楽がらみの話と結びついたので、書いてみようと思います。

それは、ジョーが世界を見据えたころ、東洋バンタム級チャンピオン、韓国出身のボクサー金竜飛と対決するくだりです。この頃のジョーは、体格が大きくなりつつも同じ階級にとどまるため、減量に苦しんでいます。

対する金は、幼少期、朝鮮戦争中の飢餓と壮絶な体験をのりこえている選手。ジョーは無理な減量で体力が落ちていることもあり、苦戦します。

戦争経験から心身の“強さ”を手に入れた相手より、自分が強くいられるはずないのではないか……そう思うジョーですが、そこで、永遠のライバル・力石徹が、やはり減量に苦しみ、自分でつくった飢餓状態をこえて戦ったことを思い出し、自らを奮い立たせます。

つまりこれは、戦争の極限状態の飢えと暴力を実体験したボクサーと、自らそれをつくって乗り越えたボクサーのどっちが本当に強いのか、という話になるわけで。

そこで思い出したのが、以前、ショパンコンクールで、クロアチア出身の若いピアニストがしていた話です。

自分は幼少期、ユーゴスラビア紛争で故郷が壊される経験をした。シェルターの中で過ごしたことは、人格形成に影響している。

ショパンもまた、故郷を破壊されている。ショパンの作品を解釈するうえで戦争を体験する必要はないけれど、似た体験をしたことは大きい。

想像を絶する悲しみが込められた音楽をもっとも忠実に再現するには、同様の悲しみを実体験していないといけないのか?

これって表現者にとって永遠のテーマではないかと思うんですけれど、ジョーの見つけた答えからいくと、実体験せずとも、その真に迫る心情を自ら作り上げてこそ、本物のゆるぎない表現者である、ということになるのかなぁと。そんなことを思ったのでした。

ちなみに、前回登場した三島由紀夫も、一時期ボクシングをやっていたこともあって、当時、『あしたのジョー』の連載を楽しみにしていたそうです。とはいえ連載期間は1968〜1973年。三島の自決は1970年なので、最後まで読むことはなかったのですね。

で、冒頭の「結末がはっきりしないことをどう思うか」という問いについて。

少なくとも『あしたのジョー』に関しては、私はそんなことはどうでもよかったですね。つまり、十分なメッセージを受け取っていれば、結末の白黒などどうでもいいんだな、と思った次第です。

高坂はる香
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

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