平和主義の家禽たち
東京藝術大学声楽科卒業。尚美ディプロマ及び仏ヴィル・ダヴレー音楽院声楽科修了。声楽を伊原直子、中村浩子、F.ドゥジアックの各氏に師事。第35回フランス音楽コンクール第...
Volailles pacifiques
ヴォライユ・パシフィック
平和主義の家禽たち
私にとって、火曜は家禽(かきん)の日だ。
この連載の更新が火曜なので思い出したのだが、筆者の在仏当時、火曜は最寄りのスーパーで家禽類(volaille ヴォライユ)が安かった。
日本語では家禽という言い方をあまりしないが、要は家畜として飼われる鳥一般、及びその肉を指す。
フランス人はさまざまな種類の鳥肉を好んで食べる。定番の鶏に加え、七面鳥、うずら、鴨などがスーパーに並び、いずれも安くて旨い。そして、ちょっとしたご馳走にホロホロ鳥がある。
ホロホロ鳥(pintade パンタード)と言えば、ラヴェルの歌曲集「博物誌」だ。原作は小説「にんじん」の著者ジュール・ルナールによる、数十種の動物を事典的に説明した散文詩で、このうち5編をラヴェルが作曲している。その終曲に当たるのがこの「ホロホロ鳥」だ。
事典と言っても、生物学的な紹介ではなく、その様子が社交界の人間に見立てられ、皮肉を込めて語られている。
ラヴェル :《博物誌》よりNr.5「ホロホロ鳥」(ルナール詩)
この鳥は、その激しく暴れる性質から、社交界における好戦的な女性に見立てられている。七面鳥などの、他の「平和主義の家禽たち(女性たち?)」は飛び蹴りを食らったり、苦労が多い。
しかし、フランスでこの曲をレッスンに持っていくと、先生方は「ああ、パンタードね! 美味しいよね! 焼いて、豆を添えてね」と、食肉としての調理法を語り出す(なかなかレッスンが始まらない)。
一緒に勉強していたピアノの学生の師匠はレシピを送ってくれたので、勉強会と称して作って食べた。
彼らにとって「pintade」は何よりもまず、食べ物なのだ。
さて、「博物誌」でホロホロ鳥に絡まれていた七面鳥はdinde/dindon (ダンド又はダンドン)いうシンプルな名で呼ばれる。それだけ身近な存在なのだろう。19世紀のオペレッタ「マスコット」に、七面鳥の飼いの娘と羊飼いの少年の二重唱があるが、鳴きまねを表現した歌詞がわかりやすく面白いので、さまざまなシーンで歌われている。
オードラン:オペレッタ 《マスコット》より 七面鳥の二重唱
フランス音楽と相性がよいのか、鳥に関する曲は多い。筆者もトリ好きなのでいくらでも語れるのだが、タイトルに相応しく、鴨/あひる(canard カナール)の平和で牧歌的な歌曲を紹介しておきたい。
あのスーパーでは今日も家禽が安いのだろうか。
シャブリエ:《6つの歌曲》より Nr.2「小さいあひるのヴィラネル」(ジェラール詩)
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