これがトスカのキッスよ!
クラシック音楽と語学は切っても切り離せないもの。「音楽ことばトリビア」は各国語に精通したナビゲーターの皆さんが、その国の音楽とことばをテーマに綴る学べるエッセイです。
イタリア語編ナビゲーターは、20年間イタリア・ミラノに拠点を置いていたオペラ・キュレーターの井内美香さん。第1回はプッチーニの名作《トスカ》より!
学習院大学哲学科卒業、同大学院人文科学研究科博士前期課程修了。ミラノ国立大学で音楽学を学ぶ。ミラノ在住のフリーランスとして20年以上の間、オペラに関する執筆、通訳、来...
Questo il bacio di Tosca!
(クエスト・イル・バーチョ・ディ・トスカ!)
これがトスカのキッスよ!
プッチーニの傑作オペラ《トスカ》。時は1800年、ローマを舞台に歌姫トスカと恋人の画家カヴァラドッシが、警視総監スカルピアの奸計におちいり、死に至るまでの悲劇を描いています。スリルと恐怖に満ちたストーリーを、プッチーニは強烈な音楽で彩りました。
このセリフが出てくるのは第2幕。警視総監スカルピアに、恋人カヴァラドッシの命と引き換えに身を任せるよう迫られたトスカは、名アリア「歌に生き愛に生き Vissi d’arte, vissi d’amore(ヴィッシ・ダールテ、ヴィッシ・ダモーレ)」で不幸を嘆きます。一旦はスカルピアの要求を承知したトスカですが、まさにそのとき、食卓に置かれたナイフが彼女の目に飛び込んできます。欲望を満たすために近づいてきたスカルピアに隠し持ったナイフの一撃を加え、トスカは「これがトスカのキッスよ!」と叫びます。
甘いはずのキッス(bacio)が死をもたらすナイフに。この場面を歌う歌手には歌と同等か、それ以上に役者としての才能が必要となるでしょう。歌姫トスカは伝説のディーヴァ、マリア・カラスが得意とした役柄でもありました。
©Warner Music Japan
「キッスと抱擁 baci e abbracci(バーチ・エ・アブラッチ)」はイタリア人の生活に欠かせないもの。イタリアでは親子が互いの愛情を示す頬などへのキッスは必須です。また一般の人間関係でも、ビジネス・シーンこそ握手が中心ですが、そこで知り合った相手と、ハグや頬へのキッスをする間柄に発展することも。つまりキッスやハグは、知人が友人になったという印なのです。もちろん、スカルピアがトスカに求めたキッスは、まったく違う性質のものだったわけですが……
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