読みもの
2025.04.20
大作曲家たちのときめく(?)恋文 10通目

スクリャービンと二人の「愛しい人」〜同日に書かれた2通のラブレターと三角関係の予感

大作曲家たちも、恋に落ち、その想いを時にはロマンティックに、時には赤裸々に語ってしまいました。手紙の中から恋愛を語っている箇所を紹介する、作曲家にとってはちょっと恥ずかしい連載。
第10回は、スクリャービンが同じ日に書いた2通のラブレターを紹介します。2通が書かれたのは同じ日……そしてどちらも呼びかけは「愛しい人」。いったいどういうことなのでしょうか。

山本明尚
山本明尚 音楽学者

音楽学者。東京大学特任研究員(日本学術振興会特別研究員-PD)、東京藝術大学音楽学部楽理科教育研究助手。専門は20世紀初頭のロシア芸術音楽。東京藝術大学音楽学部楽理科...

イラスト:ながれだあかね

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[1905年1月11/24日]

愛しいヴーシェニカ、きみのハガキを今しがた受け取ったところ。体調が少し良くなったみたいで良かった、僕の愛しい人よ。僕は無事に[パリに]到着したけれど、ひどく疲れたよ。もちろん、ジュネーヴではなかなかうまく眠れないから、旅行の最初からもうぐったりしっぱなしだ。(中略)今のところ手紙は局留めにしておいて。僕からのニュースは特になし。[中略]またね、僕の大事な人、愛しい人、もっとすぐに、もっと長くお返事をくれ。僕が移動中に書いた手紙は受け取ったかい。

(アレクサンドル・スクリャービンからヴェーラ・スクリャービナへ)

[1905年1月11/24日]

ターニュカ、僕の愛しい人、かわいい人、僕はいつでもきみと一緒だよ、きみと一緒なんだ。作曲もできない、何も考えられない。僕の愛する人以外のことは何も。僕たち、今日はうまくさよならの挨拶ができなかったよね、素晴らしい人よ、僕の宝物よ。きみに口づけするよ、僕の大切な子どもちゃんに。どうしようもなく愛してるよ、愛してる。

(アレクサンドル・スクリャービンからタチヤーナ・シリョーツェルへ)

違う女性宛の2通の手紙が同じ日に書かれている!

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ロシアの作曲家、スクリャービン(1872~1915)による手紙だ。同じ日付に書かれた2通の手紙で、両方ともに「愛しい人」という呼びかけがある。しかし、よくよく見ると宛先が異なっていることがわかる。これはスクリャービンが二人の「妻」へと同日に書き送った手紙であるなのだ。一人は正式な婚姻関係を結んだヴェーラ・スクリャービナ、もう一人は彼のミューズとなったタチヤーナ・シリョーツェルだ。

スクリャービンとタチアナ・シリョーツェル(1909年撮影)

タチヤーナがスクリャービンの前に現れたのは1903年末のこと。当時スクリャービンが独自の創作語法を獲得しよう、独自の哲学を発展させようと尽力している真っ最中だった。しかし大多数の同僚音楽家は、スクリャービンが考えていることを奇矯なものとしか捉えてくれなかった。スクリャービンは当然失望し、悩む。私のやっていることはごく論理的で、私がこれまで作ってきたことの延長線上にあるものなのに、どうしてみんなは理解してくれないのだろう。

そんな中でタチヤーナは、スクリャービンの考えを受け入れ共感し、応援してくれるほとんど唯一の人物だった。当然スクリャービンは彼女に惹かれることになる。

彼の次のような手紙も残っている。

僕は今新しい様式を作っているのだけれど、喜ばしいことにいい具合だ! きみのために、僕の喜びのために創作しているよ。君はすべてをわかってくれるだろうし、評価してくれる! 誰よりも! きみは僕のいかれた幻想の微妙なニュアンスをすべて感じ取ってくれる。

(1904年11月10/23日)

こうして、有り体に言えば、二人は愛人関係を結ぶこととなったのである。この手紙を書いた当時スクリャービンは《法悦の詩》に取りかかっていた。

スクリャービン:《法悦の詩》

このようにスクリャービンとタチヤーナの次第に深まり熱を帯びていく関係にとって邪魔になるのは本来の妻ヴェーラである。この三角関係はどのように進展していくのだろうか……次回は少し時を遡り、ヴェーラの手紙と彼女とスクリャービン、彼女とタチヤーナの関係について紹介しよう。

しかし、妻と愛人とに同日に2通の手紙を送るとは、スクリャービンも節操がないというか、何というか……。

参考文献
Дословно: Переписка А.Н. Скрябина с В.И. Скрябиной и Т.Ф. Шлецер-Скрябиной / Мемориал. музей А.Н. Скрябина; сост., науч.-текстолог. подгот., ст. и коммент. В.В. Попкова и О.А. Дубровиной. – М.: Мемориальный музей А.Н. Скрябина, 2018.

山本明尚
山本明尚 音楽学者

音楽学者。東京大学特任研究員(日本学術振興会特別研究員-PD)、東京藝術大学音楽学部楽理科教育研究助手。専門は20世紀初頭のロシア芸術音楽。東京藝術大学音楽学部楽理科...

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