メンタルトレーニングを考える座談会——吹奏楽などの部活動や演奏活動での心の成長のために
日本のとある地方にある「県立みさきが丘高校吹奏楽部」を舞台に、部員たちが直面する悩みをショートストーリーでつづる連載、メンタルトレーニング小説『みさきの丘から』。この連載に込められた思い、学校の部活動、特に吹奏楽部でのチームワークの作り方など、連載の筆者お二人と、ゲストで教員で吹奏楽指導者でもある緒形まゆみさんに語り合っていただきました。
東京都出身、国立音楽大学卒。28年間、東京都公立中学校音楽科教諭、私立高校教諭として勤務する。在職中、勤務した多くの学校で、吹奏楽部をゼロから立ち上げ、全日本吹奏楽コ...
14歳よりオーボエを始める。桐朋学園大学、ブレーメン芸術大学を卒業。元ハノーファー連邦警察オーケストラ首席オーボエ奏者。ドイツで演奏活動を行っていたが、演奏家に対する...
コンサートホールで働く傍ら、趣味で文芸活動をしている。 第93回コスモス文学現代詩部門新人賞、第2回「いい夫婦川柳大賞」優秀賞、第38回神奈川新聞文芸コンクール短編小...
専門は学校音楽教育(音楽科授業、音楽系部活動など)。月刊誌『教育音楽』『バンドジャーナル』などで取材・執筆多数。近著に『音楽の授業で大切なこと』(共著・東洋館出版社)...
教育の現場で行なうことは「手段」は違っても「目的」は同じ
——「ONTOMO」で連載が始まった小説『みさきの丘から』。高校の吹奏楽部を舞台に、音楽の世界にメンタルトレーニング(以下、メントレ)を取り入れることを提唱しています。「メントレアドバイザー」として本作に関わっているのは、クローゼこと黒瀬大輔さん。ご自身もオーボエ奏者として、ドイツなどで演奏活動をされていたんですよね。
黒瀬 私がメントレ研究を始めたきっかけは、スポーツの世界で既に行なわれていたメントレが、音楽にも生かせるんじゃないかと思ったこと。
私自身も演奏家として「ステージでパフォーマンスが思うように発揮できない」「練習ではできていたのに本番ではできない」など、いわゆる「あがり」の問題をはじめ、やる気や集中力の問題、コミュニケーション……音楽家全般に関わる心の問題が、自分自身もうまく消化しきれなかったなという思いがありました。
海外の音楽大学ではメントレの授業が既に行なわれているなど、音楽家にとってメントレは今後いっそう重要になってくると思います。
——ストーリーを執筆されている岡村明子さんも、コンサートホールでお仕事をされる傍ら、小学生の頃から現在までアマチュア演奏家として活動されていますね。
岡村 私は実は「メントレ」という言葉はそれほど意識していなくて。私自身も小学校の頃から吹奏楽部に入っていたので、「緊張」「実力を発揮できない」など、「あるある」なシチュエーションを思い出して書いています。だって、そのような問題がまったくない人なんていないでしょう。
私も今でもときどき舞台に乗っていますが、楽器を演奏する時の緊張は大人も子どもも変わらないし。ただ、小説の舞台を高校生にしてほしいと言われて(笑)。学校の吹奏楽部というのは、読者の皆さんも想像しやすいかなとは思うんですけど、自分の高校生活が遠い昔すぎて……「何があったっけ」と必死に思い出しながら書いています。
——実際に中学校などの吹奏楽部で生徒の指導にあたられていた緒形まゆみ先生は、『みさきの丘から』をどうお読みになっていますか。
緒形 現場から共感したり、小説・フィクションならではの描写にじーんとしたりしながら拝読しています。
私自身もだいぶ前から、スポーツの指導者が書いた本でメントレを学んでいました。それを私に勧めてくださったのは、運動部の顧問をしていた同僚の先生。教育の現場で行なうことは、音楽やスポーツなど「手段」は違っても「目的」は同じですからね。人を育てる・心を育てる・社会に出て生きていける人を育てる……我々、教育者がやっていることは音楽であれスポーツであれ、そのための「手段」に過ぎないのだから。
黒瀬 メントレ自体もまた「目的」ではなく1つの手段です。メントレの研究は「結果を出せるオリンピック選手には、心理面での共通点があるのではないか」というところから始まりました。だから「これを必ずしも全員がやらなければいけない」「これをやっている人が正しい/やらない人は間違い」というものではないのですが、研究を進めていくと、やはりパフォーマンスを発揮している選手には、メントレ面で似たような方向性が見いだされるんです。
指導者と子どもの関係の今むかし
——現場での指導で緒形先生が心がけていたことは。
緒形 私がまず大事にしたのは「傾聴」。子どもの話を黙って聴くということですが、時間や根気もけっこう必要になります。我々教員は目先の仕事と事務作業に忙殺されているけれど、「子どもの話を聴く」「子どもの心に耳を傾ける」というのも大きな、大切な仕事だと考えています。
黒瀬 「傾聴」は大切なキーワードですね。昔はやはり指導者に絶対的な権力があって、その一方的な指導に生徒が従うような形の部活動が多かった。でも最近はスポーツの分野でも、そのような学校は大会などで勝ち抜けなくなってきているんです。逆に、指導者が選手・生徒の視点に立ってチームをつくることでいい結果を出せる……というケースが多くなっている。
よく言われるのは「プレイヤーズ・ファースト、コーチズ・セカンド」。指導者にとって「選手が求めている目的を、いかにして手助けしてあげられるか」という視点が重要だということですね。指導者自身がどんな結果を出したいかよりも、生徒が何をやりたいと思っているのか、どうやろうとしているのかをまず知ることが大事。
岡村 私が小学校のときの先生も「王様」タイプでした。すごく難しい曲をいきなりやらされて、できなかったら「なんでできないの!」とスコアの角でたたかれて。今振り返ってみれば同じ地区にすごく上手な学校があったこともあり、先生もプレッシャーを感じていたのだろうと思うのですが。でも、高校ではいい先生に出会えて、部員みんなで「いい音楽をするために頑張ろう!」という目標を持てたし、先輩・後輩の関係もすごくいい雰囲気で……部活では先生と生徒だけでなく、メンバー同士の関係性もありますよね。
リーダーだけでなくフォロワーも、全員ですべきことを考える
——「人間関係」も吹奏楽部などでは大きな要素になりますね。
黒瀬 メントレにおいても、「チームワーク」というのはそれだけを研究している方もいるぐらい重要な要素です。チームをつくっていくためには、コミュニケーションの重要度が非常に高い。
ただ、なかなか難しいんですよね。「どう育ったか」「どう効果が表れたか」というのが、感覚的にしかわからないので。
緒形 これまで教員・指導者は「リーダーを育てる」ことに多くのエネルギーを使ってきたと思うのですが、リーダーシップだけでなく、最近よく言われる「フォロワーシップ」が大事ですよね。
緒形 資質があってリーダーになる子ばかりとは限らず、やむを得ずリーダーになるケースもあるわけで、リーダーを適切に支えられる力が周りにないと、リーダーが壊れてしまう。そうならないようにするためには、いかにリーダーを支える「フォロワー」を育てていくかが重要で。
たとえば……部活運営では、私はいっぱい「部長」をつくったんです。音楽に関してはコンサートマスター、大会などで楽器の移動を仕切る「運搬部長」……そうやって負担を分散するような組織づくりをし、1人の部長だけが「問題があれば、なんでもかんでも部長へ」とプレッシャーを抱え込むことのないようにしました。
それに、生徒の中には「人前でしゃべるのが好き。的を射た話はあまりできないけど」とか「みんなの前に出ることより、コツコツやるのが得意」とか、さまざまなキャラクターがいるじゃないですか。その個性を適材適所で活かせるように。
岡村 社会人の、仕事の現場もまさにそう。誰にでも起こりえることですが、仕事では資質が不足していても責任を持ってリーダーとして振舞わなければならない場面があります。社会を見渡すと無能なリーダーはやり玉にあげられがちですが、むしろ支えることを考えるほうが組織運営としては強みになるということですね。
特に今は、社会情勢が刻一刻と変わり、決断を次々にして実行していかなければいけないとき。そこで組織の行く先をしっかり見据えて、みんなで進んでいくためには、リーダーシップとフォロワーシップの重要性がなおさら問われますよね。
黒瀬 リーダーがいると「リーダーの責任」「リーダーのせい」にできるし、それはある意味でラクともいえますが、それではやっぱりチームはいい方向には向かわない。
全員でいい方向に行くために大事なのは、実は「1人ひとりが『自分は今ここで何をすべきか』と考えられること」。スポーツ心理学でも「『自分に何ができるか』にどれだけ気持ちがフォーカスされているか」が、選手の心理状態がいいかどうかの1つの指標になっているぐらいです。
吹奏楽部をはじめとする数十人の組織で、全員が原動力となって動いていける組織づくりというのは、メンタル面においてとても重要だと感じます。
しらけている人との駆け引きが大事
——「リーダーだけでなく、メンバー全員が当事者意識を持つこと」が大切、というお話ですが、どうしたらそうなれますか。
黒瀬 まず、なるべく少人数でミーティングすること。部員全員など大勢で話し合う場合でも、4~5人のグループで意見を出す時間を作るといいかなと思います。
緒形 私は付箋紙を使っていました。話し合うテーマに対して自分はどう考えるかを、1人ひとりが付箋紙に書き、それを模造紙に整理して貼っていくんです。「発言はできないけど、書くことならできる」という子も多いんですよ。そうしてハードルを低くすることでみんなが書ける=意見を出せる=話し合いに参加できる。結果として「全員の意見を反映したミーティング」になるわけですよね。そうすることで「オレは関係ねーよ」という傍観者的な子がかなり減ります。
現場で見ていると、「しらけている子」も4パターンに分かれるんです。
Aグループは、実は心の底にやる気があり、実力もそれなりにある人たち。
Bグループは、とりあえず決められた方についていく……というか、深く考えず流されていくタイプ。
Cグループは、力はあるけど批判的で、「物事の責任は、自分以外の誰かにある」と思っている人々。
Dグループは不満がありつつ力がない。
「1人退部したら芋づる式に何人も辞める」というケースがありますが、あれは「CさんにDさんがくっついていった」という現象です。
黒瀬・岡村 あー納得! 思い当たる節がいっぱいあります!
緒形 だから、もっとも考えるべきはCグループへのアプローチの仕方。常に「誰かのせい」だと思っているから、リーダーは自分を曲げても「はい、私のせいです」と言ったうえで、「実は困っているんだけど、助けてくれない?」とCさんの自尊心をくすぐる伝え方をすると、「そんなに言うならやってあげようか」と味方になってくれます。さらにそうなると、Dグループの子たちも一緒にくっついてくるんですよ。
やっぱり、世の中で圧倒的に多いのはしらけた人たち=「無関心派」じゃないですか。その中でも力のある人を味方にくっつけて、全体をうまく持っていく。みんなができるだけ気持ちよく活動できるようにするために、そういうコミュニケーションの駆け引きも、時として必要ですよね。
岡村 私が次に書こうと考えていたストーリーがまさにそういうところで。部活でも「みんなでやろう!」と気持ちを1つにしようとしているときに、しらけている人って絶対いるじゃないですか。それが部全体の雰囲気を悪くしてしまうことも多いし、そういうときにどうしたらいいのかな……と。その答えが、今のお話の中から見つかった気がしました!
小説が題材なら誰も傷つかずに話し合える
——小説『みさきの丘から』を通し、中学生・高校生の吹奏楽部員や、さまざまな立場で演奏をするプロ・アマの音楽家の皆さんに、メントレについて考えていただけたらいいですね。
岡村 そうなってくれたらいいなと思っています。みさきが丘高校吹奏楽部の部員たちの物語と、その後に黒瀬さんが書いてくださっている「クローゼのメンタル・アプローチ」を読みながら、「こういうとき、自分たちの部だったらどうするだろう」と考えるきっかけにしてもらえたら嬉しいですね。
黒瀬 自分たちの部で実際に起こった問題を、直接的に話題にするというのはある意味で危険。部員の○○さんが起こしたトラブルに対して話し合うよりも、「みさきが丘にこんな人がいるんだけど、もしこういう人がうちの部にもいたらみんなはどうする?」という話し合いの方がいいですよね。誰も傷つかないし、議論も建設的になるだろうし。
指導者も変革のとき
——ところで今日は教員・指導者のふるまいについても話が多く挙がりましたが、みさきが丘高校の顧問はどんな先生なのですか?
岡村 今のところほとんど登場してません(笑)。先生をどんなキャラクターにするかは本来この小説で一番大事なんですけど、そのぶん、すごく難しくて。
黒瀬 スポーツの世界に、こういう実験があって……あるスポーツで技能を習得させるのに、Aグループのメンバーには指導者から毎回アドバイスをし、Bグループには2回に1回しかアドバイスをしないんです。どちらもだんだん上達していき、テストでは両方とも同じような成績になるのですが、少し時間を置いてから再度テストすると、Aグループは練習前とほぼ同じ状態に戻ってしまい、一方でBは成績が多少落ちるもののそれなりに技能が定着していた。つまり、Bグループのメンバーはアドバイスが少なかったぶん、「どうすればいいか」を自分で考えながら練習していたことが功を奏したということ。
つまり何が言いたいかというと……一般的には「面倒見のいい指導者」がいいと思われがちですが実際にはそうではなく、「生徒が自分で考える機会を与えることで、本当の意味での成長を促せる指導者」こそが優れた指導者なのではないかと。
岡村 「面倒見のいい先生がいい指導者とは限らない」……先生自身も悩んだり迷ったりしながら指導していればいいのかな、ともちょっと思います。
緒形 実際、現場の教員も悩んでいます。たとえば、保護者からのプレッシャーに圧されてしまうという話もよく聞きます。子どもももちろん大事だけど、いろいろなことで折れてしまう大人も多い。大人が折れれば、子どもも傷ついていく。
それに大人にとっても、やはり「他人事」だと思うと読めるんですよ。「あなたのバンドはここが問題」と言われるとカチンとくるけど、小説の中の話だと「ひどい、こんなことってあるの?」と思えるから(笑)。
それから……現場からリクエストしたいことは、「コンクール」の扱い。特にメディアは「勝った/負けた」「強豪校」「打倒○○」などと何気なく言うけれど、それらの言葉が子どもたちの音楽観に与える影響はものすごく大きいんです。スポーツの大会なら過不足のない表現かもしれないけど、芸術の世界には「いい演奏」「素晴らしい」「すてき」などもっと相応しい言葉があると思うし。そのような課題も含め、私たち指導者は「指導の概念」を変換すべき時代に来たのかもしれません。
これからはスポーツも芸術も、結果より経過を注視するようになっていくと思うし、そこで変わるべきなのは子どもではなく大人・指導者なのですから。
成長のためのトレーニングを、小説で
——今後のストーリー展開も楽しみです。また、各話が「問題解決!」ではなく、登場人物が思い悩んでいる途中で終わるのも印象的です。
黒瀬 メントレが目指すところの1つは「自立」……やっぱり一番大事なのは、自分で考えて、自分で正しい選択をして、自分で行動に移していく、ということができるようになることですよね。
だから、答えは読者の皆さん自身に考えてもらったほうが楽しいだろうと思ったんです。あるいは「正答」というものはないのかもしれないし。ただ、最初から自分だけの力でそれをやるのはちょっと難しいかもしれないので、何かヒントを提示できたら……と思って「クローゼのメンタル・アプローチ」の項を書いています。
岡村 小説の執筆にあたっては……ストーリーを成り立たせるためには、何か問題を起こさなきゃいけないんですよね。ふと振り返ると「この部、トラブルばかりだな!」と(笑)。
黒瀬 いいと思いますけどね、平和な部も(笑)。メントレは「治療」ではなくあくまでトレーニング。だから、「私は問題がないので関係ありません」というものではなく、「自分がより成長するために、さらにどんなことができるかな」と考えるときのヒントにもしてもらえると思うんです。成長とは、音楽の修練と一緒で「私はここまでうまくなりました、だからもうこれ以上は必要ありません」というものではないのですから。
なので、別に問題がない平和な部を書いていただいても「登場人物のこの行動が素晴らしかったですね、だから、こういう問題を未然に防げました」と読者にお伝えできると思いますし。
岡村 そうですね。ストーリーはいろいろ考えられるので、読者の方から「こんな課題があります」というお話をいただいて書くのもいいかなと思っています。先の緒形先生のお話にあった「付箋紙でみんなの意見を出す」という場面も話の中に織り込めたら、チームワークで悩んでいる読者の方の役にも立てるかなと。
それに「他の学校がどうしているのか」を知る機会は少ないですよね。だから「こんなやり方もあるんだ」というヒントにもしていただいて、読者の方々が関わっているチームが少しでもよくなる手助けができたらいいなと。
専門書のような記事ではなく、小説のスタイルでメントレへ気軽に触れられるようにしているので、ぜひ多くの方々にお読みいただければと思います。
(座談会は2020年3月10日に実施)
緒形まゆみ
ある先生が述べた言葉です。「ガイドラインで部活動が制限されとても不満だったが、こうなってみると、それでもずいぶんたくさん練習できるのだと痛感した。早く子どもたちに会いたい」……不満や苛立ちを抱えながらも、今の状況の中で「できること」に心を傾けてみましょう。皆さんの安全と音楽の力を信じてお祈りしています。
黒瀬大輔
コロナ騒ぎで思うように演奏活動ができず、ストレスを溜めている方も多いのではないでしょうか。でも、こんなときだからこそ、今できることを考えてみましょう。個人練してこっそり上達、演奏ができなければイメージトレーニング、好きな音楽を聴きまくる、作曲にチャレンジ……ちなみに、イメトレは実際の練習と同じくらいの効果があるんですよ! この大きな壁を乗り越えて、また一歩成長しましょう。
岡村明子
このような機会をいただき本当にありがとうございました。音楽づくりのうえで、これまであまり意識されてこなかったメンタルのトレーニングを、今後も物語を通じて、みさきが丘高校のメンバーと一緒に学べるような連載にしていけたらと思います。困難な状況ではありますが、吹奏楽部によってはオンラインでパート練習をしているところもあるとか。柔軟なアイデアで、この時間を前向きに過ごしていきたいですね!
東京都出身、国立音楽大学卒。28年間、東京都公立中学校音楽科教諭、私立高校教諭として勤務する。在職中、勤務した多くの学校で、吹奏楽部をゼロから立ち上げ、全日本吹奏楽コ...
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