メントレ小説『みさきの丘から』~県立みさきが丘高校吹奏楽部

第2話「誰のせい?」~コンクール本番の反省会は何の目的で行なう?

読みもの
2019.11.23

演奏家にとって避けることのできないメンタルの問題をショートストーリーでつづる、メンタルトレーニング小説『みさきの丘から』。

第2回は、吹奏楽コンクール全国大会のあと行なった反省会にて。部長の厳しい意見に対する部員たちの言い分は? 顧問の先生はどうまとめる?

岡村明子 作家
岡村明子
岡村明子 作家
コンサートホールで働く傍ら、趣味で文芸活動をしている。 第93回コスモス文学現代詩部門新人賞、第2回「いい夫婦川柳大賞」優秀賞、第38回神奈川新聞文芸コンクール短編小...
メントレアドバイザー・クローゼ
黒瀬大輔 メンタルトレーニングコンサルタント
黒瀬大輔
メントレアドバイザー・クローゼ
黒瀬大輔 メンタルトレーニングコンサルタント
14歳よりオーボエを始める。桐朋学園大学、ブレーメン芸術大学を卒業。元ハノーファー連邦警察オーケストラ首席オーボエ奏者。ドイツで演奏活動を行っていたが、演奏家に対する...

テューバ 貝塚信也「誰のせい?」

 吹奏楽コンクールから1週間が過ぎた。秋の風がピアノの上に置かれた楽譜のページをめくっている。

 県立みさきが丘高校、初の全国大会出場は、しょっぱい結果に終わった。上には上がいる、強豪校は本番に強い、よく言われるそんなことを現実に思い知らされた大会だった。

 部長でテューバの貝塚信也は、コンクールの振り返りをするために副部長とパートリーダーたちを音楽室に集めた。車座に座り、それぞれ反省点を言ってもらうと、「全国大会まで行けただけラッキー」「その割にはよくやったと思う」「みんながんばった」「最初から上位なんて無理」と、本番の分析どころか大雑把なコメントばかりが並んだ。

 ——嘘だろ。なんで誰も言わないんだ。あのことを。

 

 信也はいら立ちを募らせた。

 音楽室のある3階の窓辺からは、校庭で陸上部がリレーの練習をしている様子がよく見える。400メートルリレー。全速力で走ってきた第2走者のバトンを第3走者が取り損ね、バランスを崩した第2走者が転んでいた。その様子を目の端に見ながら、信也が口火を切った。

「お前ら、甘えてない?」

 視線を校庭から車座になっている部員たちに移し、顎を上げ、我慢ならないといった口調で話をつづけた。

 「体育系の部活は、そんな甘いこと言ってられないよね。チームとして、一人一人がどんな責任を負ってるか、ちゃんと自覚してプレーしてる。勝ち負けがあるから、結果がすべて。次につなげるためには失敗の分析をして、責任を果たせなかったのが誰なのか明らかにしたほうがいいんじゃないの? そこから目を背けて今後ステップアップできるとは思えない」

 暗に、コンクールでソロを失敗した浅田えりと、彼女を選んだサックスパートのことを責めている。誰もがそのことに気づいたけれども、賛成も反論もできず俯いた。本番のメンバー選びはセンシティブな問題だ。出られなくて悔しい思いをした人もいるし、今回の場合は、3年ではなくあえて2年の浅田えりをソロパートに選んだ。リハーサルまではバッチリだった。本番であんなミスをするなんて、誰も思っていなかった。

 

 「……あのあと、みんなボロボロになったよね」

 クラリネットのパートリーダー江川夏美が、遠慮がちに発言した。

 「みんな、動揺しちゃった。いつも絶対に間違えないエリリンが、出間違えるなんて。そのあとのきっかけも、バラバラになって、でもそれって、誰かの責任て言えるのかな」

 「当たり前だろ」

 信也は決然と言い放った。

 「あの失敗がなかったら、ボロボロにはならなかったんだよ。リレーの選手がバトンを落とした。それと同じ」

 「挽回できなかったのは、みんなの責任じゃない? 勝ち負けでやってるわけじゃ……」

 「だからさ、そういう『みんなの責任』みたいな言い方で現実から目を背けるなって言ってんの。現実に、本選で最下位だったろ。あれが負けでなくて何なんだよ」

 

 いやな空気が漂い、沈黙が支配した。心の中ではみんな反論を試みようとしていたが、口にうまく出せないもどかしさを感じていた。ここで誰かが発言しなければ、信也の言うことを認めてしまうことになる。でも……。

 スイッチが入った信也を止めるのは、いつも無理だった。理系進学コースで成績も優秀な信也は、無駄なことが嫌いだ。最短で物事を考え、ゴールが見えたらそこにどうやって効率的に辿り着くかだけを考える人間だった。何かイベントなどを企画するときには、その決断力が非常に頼もしい存在である一方、選び取る言葉も容赦なく、時に平気で人を傷つけることもあった。

 みんな何か言いたくても、返す刀で心を傷つけられるのが怖かったのだ。

 顧問の池上恭一郎は、そんなやりとりを黙って聞いていた。

 みさきが丘高校に赴任して3年、つまり3年生の彼らとはいわゆる”同期”だ。元々「中の上」ぐらいだったこの部を全国大会レベルまで引き上げたのは、池上の情熱的な指導によるところが大きい。でもそれは、音楽に関してだけのこと。部の運営に関しては、生徒の自主性に任せていた。

 「先生は、どう思ってるんですか。メンバー選びが失敗だったと、本当は思ってるんじゃないんですか」

 信也の怒りは、池上にも向けられた。

 池上は部員たちの目を一人一人見ながら、ゆっくりと言葉を選んで言った。

 「本番では演奏の実力以上に必要なことがある」

 指揮を振りながら、池上にはよく見えていた。

 浮足立って集中できていない者、音楽に没頭しようとしすぎて周りが見えていない者、ここぞという場面で力が入りすぎて普段しないミスをする者、そして……他人のミスに落胆し、やる気をそがれていく者。

 一つにまとまった本番への集中がプツンと途切れたとき、部員の気持ちはバラバラになった。

 池上は指揮台の上で、手を離した風船のように部員たちの集中力がふわふわと浮いていくのを感じたのだ。

 「実力を発揮するために必要なことは、常に冷静でいること。そのためには仲間を信頼し、自分を信頼しなくちゃいけない」

 池上は、信也にまっすぐ目を向けて言った。

「自分は悪くなかったと思いたいために、他人の責任探しをするべきじゃない。悪かったことがあるとすれば、それは本番に対しての心構えが未熟だった、ということだ」

 

 信也は「しんらい」と心の中でつぶやいた。

 いつも正しいことを指摘しているのに、感謝されるどころか周りはいつも自分に遠慮しているような気がする。このチームを強くしたい、より完璧な演奏をしたい、そう思って誰に対しても遠慮せずにダメ出しをしてきた。それが……あいつはミスを人のせいにばかりしていると思われていたのかもしれないと思うと、心の奥がギュッと痛んだ。

 

 ミーティングは解散し、ほかのメンバーは帰ったが信也は楽器が吹きたい気分になり、基礎練習をしようと楽器を取り出した。窓から差し込む傾いた太陽光がテューバに煌めく。吹き込む風も心地よく、信也は校庭を眺めながら窓際で吹くのが好きだった。

 校庭では陸上部がリレーの練習を終えて校舎に戻るところだった。

 さっき転んでいた生徒の肩をチームメイトが励ますように叩きながら追い越していく。一人とぼとぼと歩く生徒を眺めていると、タオルを持った女子が駆け寄ってきて心配そうに話しかけながら一緒に歩き始めた。

 「……なんだよ、青春かよ」

 信也は大きくためいきをついた。

♪クローゼのメンタル・アプローチ♪

メントレのスペシャリスト・クローゼが、毎回ハッとするような一言をつぶやきます。

思ってもみなかったところに解決の糸口が見つかるかも!

 

アプローチ1:本当の信頼とは?

池上先生の言葉から考えていきましょう。「仲間を信頼し、自分を信頼する」とはどういうことだと思いますか。ミーティングの場で「〇〇の責任で…」という言葉を投げかけることで信頼関係が崩れることはないのでしょうか。もし、信頼してくれない仲間がいたとしたら、あなたは安心してソロを吹くことができますか。

 

アプローチ2:失敗しないため?成功のため?

皆さんは、成功するために演奏していますか、それとも失敗しないために演奏していますか。悪かった点を振り返ることももちろん重要ですが、それと同時に、よかった部分は必ずあるはずです。よかった部分があるということは、成功できる実力があるということ。前向きなミーティングになっているでしょうか。

 

アプローチ3:なんのための振り返りか

振り返りの場を設けることは非常に重要です。ただ、反省点が次のステップにつながるミーティングになっているでしょうか。「反省」することが目的になっていませんか。県立みさきが丘高校吹奏楽部が次のステップに行くためには、どのようなミーティングが必要でしょうか。「ミス」という結果を責めていても、いつまでも解決しません。コンクールまでのプロセスを、もう一度振り返って見る必要があるように思います。

 

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