読みもの
2020.09.17
高橋彩子の「耳から“観る”舞台」第20回

「音」の作家・宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』から生まれた音楽劇、ダンス、演劇

あらゆる創作をその「音」とともに刺激してきた作家の宮沢賢治。2020年の秋にも、代表作である『銀河鉄道の夜』から生まれた3つの舞台が上演されます。白井晃演出「イーハトーボの音楽劇『銀河鉄道の夜』」、勅使川原三郎ダンス公演『銀河鉄道の夜』、直木賞受賞作「銀河鉄道の父」の舞台化。それぞれの見どころを高橋彩子さんが紹介してくれました。

高橋彩子
高橋彩子 舞踊・演劇ライター

早稲田大学大学院文学研究科(演劇学 舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。『The Japan Times』『E...

イーハトーボの音楽劇『銀河鉄道の夜』 1996年公演 舞台写真

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宮沢賢治の「音」に刺激され、生み出された数々の作品

多くの人が幼い頃から親しみ、愛してきた作家・宮沢賢治。その色彩豊かで壮大な世界観と共に、私たちの記憶に刻まれているのは、彼が生み出した音・音楽ではないだろうか。

町の楽団のチェロ弾きが主人公の『セロ弾きのゴーシュ』、「どっどど どどうど どどうど どどう」(『風の又三郎』)、「ギギンザン、リン、ギギン」(『十力の金剛石』)、「トカトントン」(『トカトントン』)など作品に散りばめられたユニークなオノマトペ(擬音語・擬態語)、そして賢治自身が作曲した〈星めぐりの歌〉……。

花巻一の蒐集家と言われるほど沢山のレコードを所蔵し、浅草オペラを愛し、農学校教師時代には音楽を授業に取り入れたり、私塾「羅須地人協会」では農民楽団創設を夢見て、自らも東京でプロの楽団員からチェロを習ったりしていた賢治だけあって、聴覚的体験に富むその作品と舞台との相性は抜群。この秋は、そんな賢治ゆかりの舞台が複数上演される。

宮沢賢治(1896-1933)
写真は花巻農学校教諭時代のもの。

孤独で貧しい少年ジョバンニが、友だちのカムパネルラと共に不思議な列車「銀河鉄道」で宇宙空間を旅する、宮沢賢治作『銀河鉄道の夜』。旅の過程で少年たちが見聞きし出会う事物は美しく詩情にあふれ、その描写には、科学と宗教とアニミズム(すべてのものに霊が宿るという考え方)が溶け合ったような賢治独特の死生観や、賢治自身が「イーハトーボ」と名付けた理想郷への志向が色濃く表れている。

どれだけの人が、この世界に魅了され、影響を受けたことだろう。テレビドラマ、小説、映画、漫画……。1970~80年代に一世を風靡した松本零士の漫画&アニメ『銀河鉄道999』だって、『銀河鉄道の夜』がなかったら生まれていないのだ。舞台がその例外であるはずもなく、おそらく賢治作品の中でもっとも多く上演されている。

“男(ケンジ)”と精霊“アメユキ”が誘うイーハトーボの音楽劇『銀河鉄道の夜』

そうした舞台上演史の中の1作である能祖將夫脚本・中西俊博音楽監督・白井晃演出「イーハトーボの音楽劇『銀河鉄道の夜』」が、この9月、KAAT神奈川芸術劇場で上演される。1995年にこどもの城開館10周年記念事業として青山劇場で初演されたプロダクションのリクリエーションだ。

本作は登場人物たちの歌をメインに進行するミュージカルではなく、俳優たちの言葉・演技と、ミュージシャン(キーボード、バイオリン、ギター、ベース、パーカッション)の生演奏による10曲ほどの歌で紡ぐ音楽劇。賢治作曲の〈星めぐりの歌〉も演奏される。

特徴的なのは“男(ケンジ)”および精霊“アメユキ”の存在で、前者はジョバンニを言葉でイーハトーボへと誘い、後者は歌と共にジョバンニに寄り添う。テキストには、詩集『春と修羅』の言葉なども散りばめられ、賢治の世界を多層的に浮かび上がらせる。原作ではジョバンニが伝聞する事柄、例えばタイタニック号の沈没などがその場で演じられるのも、舞台ならでは。

初演の映像を見ると、賢治の文章でも印象的に書かれている青色が照明として効果的に使われていたほか、線路や巨大な振り子を含む金属的で大規模な美術(小竹信節)、闇に浮かぶ無数のランプなど、広い舞台空間を活かして作り出す情景が実に幻想的だった。今回もそれらをある程度踏襲しつつ、多様な素材を用いた美術などで、より柔らかい世界になるようだ。

上手右よりケンジ役の清水明彦、ジョバンニ役の伊崎充則、そして一番左が今回も出演するアメユキ役のさねよしいさ子。
イーハトーボの音楽劇『銀河鉄道の夜』 1996年公演 舞台写真

初演に続いてシンガーソングライターのさねよしいさ子がアメユキを演じ、自作の歌を歌うほか、スタッフにも初演からの顔ぶれが多いなか、新たに参加するのは、振付家の山田うん。ダンサーの身体によって、空間に独特の広がりをもたせてくれるに違いない。

イーハトーボの音楽劇『銀河鉄道の夜』 1996年公演 舞台写真

ジョバンニ役は東宝ミュージカルなどで活躍し今作でストレートプレイに初挑戦する木村達成、カムパネルラ役は劇団 EXILE の佐藤寛太。男(ケンジ)には白井作品や鄭義信作品やケラリーノ・サンドロヴィッチ作品などで存在感を発揮する岡田義徳が扮する。

劇場から劇場へ、魂を繋ぐ旅

この『銀河鉄道の夜』は、2015年に惜しまれつつ閉館した、こどもの城なくしては生まれなかった舞台と言える。

演出の白井は1983年、高泉淳子と共に遊◎機械/全自動シアターを結成して一世を風靡したが、この遊◎機械/全自動シアターがしばしば公演場所としていたのが、こどもの城の青山円形劇場だった。その円形劇場で、劇団公演とは別に、白井、高泉らの出演で89年から毎年上演されたのが、『ア・ラ・カルト 役者と音楽家のいるレストラン』シリーズ。レストランの開店から閉店までを舞台に、幾つもの人間模様を単品メニューに見立ててオムニバスで展開していく音楽劇で、12月の風物詩として20年間人気を集め続けた(現在も高泉を中心に継続)。

演出の白井晃
撮影:二石友希

ミュージシャンもレストラン専属のバンドとして芝居の一翼を担うこのシリーズで毎回、音楽監督を務め、ヴァイオリンを弾いていたのが、今回の音楽監督である中西だ。中西は遊◎機械/全自動シアター公演『オーマイパパ』(93年、98年)や『ムーンライト』(96年)のほか、白井が04年に演出した音楽劇『ファウスト』でも音楽監督として腕をふるっている。

音楽監督の中西俊博

また、今回の脚本の能祖は、青山劇場・青山円形劇場のプロデューサーだった。なお、初演および翌年の再演で技術監督を務めたのは、現在KAATの館長である眞野純。彼らが力を結集して作り上げたのが、こどもの城の『銀河鉄道の夜』だったのだ。

そして今年、四半世紀ぶりに蘇るこの作品は、来年のKAAT10周年のキックオフに位置づけられる。コロナ禍で長らく眠りに就いていたKAAT。7~8月に神奈川芸術文化財団主催公演として劇団四季『マンマ・ミーア』が上演されたが、KAATの主催公演としては、9月1日に5ヶ月ぶりに活動を再開し、『銀河鉄道の夜』がその最初の公演となる。

2016年度からKAAT神奈川芸術劇場の芸術監督を務めてきた白井にとって、今年度は芸術監督ラストイヤー。総決算でもあったラインアップの前半が潰れてしまったのはつくづく残念だが、白井自身が「私にとっても大切な作品として身体の中に生き続けてきた」と語り、ふたたび向き合う本作から後半の幕が開くのは、ある意味、運命的ではないか。

小説の中で魂の旅を描いた賢治同様、今回も、今はなき劇場から、休止を経てさらなる展開を目指す劇場へと車両を繋ぎ、魂を繋ぎながら、私たちを新たな旅へ連れて行ってくれることだろう。

勅使川原三郎ダンス公演『銀河鉄道の夜』と舞台『銀河鉄道の父』

宮沢賢治を扱った舞台を他にも楽しみたい方には、間もなく開幕する勅使川原三郎ダンス公演『銀河鉄道の夜』もオススメだ。

賢治からは、言葉やイメージにとどまらず、自然や時空について考える新たな機会を得たと語る勅使川原。実際、1991年に創作し世界各地で再演した代表作の一つ『DAH-DAH-SKO-DAH-DAH』は、賢治の詩「原体剣舞連」に着想を得た作品だし、最近では2016年に『春と修羅 宮沢賢治とダンス』を発表、来年には芸術監督に就任した愛知県芸術劇場のファミリー・プログラム ダンス公演として賢治の『風の又三郎』を振り付けることが決まっている。そんな勅使川原が今、この時期に挑む『銀河鉄道の夜』に注目したい。

「DAH-DAH-SKO-DAH-DAH」より
©Sakae Oguma

さらに10月には、作家・門井慶喜の直木賞受賞作「銀河鉄道の父」の舞台化も控える。賢治に厳しく接しながらも愛情深く支えた父・政次郎の目から見る息子の姿を綴った小説だ。

脚本は、史実の舞台化に定評があり映画「新聞記者」(19年)の脚本も共同で手がけた劇作家・演出家の詩森ろば、演出は、新作歌舞伎『極付印度伝 マハーバーラタ戦記』(17年)の脚本や劇団四季『恋におちたシェイクスピア』(17年)の演出も手がけた劇作家・演出家の青木豪。政次郎役を的揚浩司、妻イチ役を大空ゆうひ、賢治役を田中俊介が演じる。果たして、どのような賢治像が浮かび上がるだろうか?

公演情報
音楽劇『銀河鉄道の夜2020』

公演期間: 2020年09月20日(日)~2020年10月04日(日)

会場: KAAT 神奈川芸術劇場

原作: 宮沢賢治
脚本: 
能祖將夫
音楽監督: 中西俊博
舞台美術: 
小竹信節
歌: さねよしいさ子
演出: 
白井晃

出演: 木村達成 佐藤寛太 宮崎秋人 岡田義徳

ミュージシャン: 新澤健一郎(キーボード)、柴田奈穂、小夜子(ヴァイオリン)、ファルコン(ギター)、木村将之(ベース)、海沼正利(パーカッション)

詳細はこちらから

シアターX新作公演 『銀河鉄道の夜』

日時: 2020年9月19日(土) 19:30
9月20日(日))19:30
9月21日(月・祝)16:00
9月22日(火・祝) 16:00

会場: シアターX

出演: 勅使川原三郎 佐東利穂子

詳細はこちらから

舞台『銀河鉄道の父』

日程: 2020年10月15日(木)~ 10月22日(木)

会場: 新国立劇場 小劇場

演出: 青木豪
脚本: 詩森ろば
出演:  的場浩司 田中俊介 栗山航 鈴木絢音 大空ゆうひ ほか

詳細はこちらから

高橋彩子
高橋彩子 舞踊・演劇ライター

早稲田大学大学院文学研究科(演劇学 舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。『The Japan Times』『E...

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