「どっどど どどうど」の躍動、再び。唐十郎の名作『唐版 風の又三郎』をシアターコクーンで
今回、高橋彩子さんが“耳から観る”のは、芥川賞作家でもある唐十郎作の『唐版 風の又三郎』。
1960年代に唐が新宿・花園神社境内などにテントを張って公演していた「状況劇場」は警察沙汰、機動隊の出動などの話題を振りまきながらカルト的な人気を誇り、『唐版 風の又三郎』もその伝説的な作品として語り継がれています。
2003年、やはり花園神社で行なわれた新宿梁山泊公演『唐版 風の又三郎』が「折に触れて脳裏に蘇えってくる」という高橋さんが、窪田正孝、柚希礼音を主役に迎えての2019年シアターコクーン公演を前に、その魅力を徹底解剖します。
早稲田大学大学院文学研究科(演劇学 舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。『The Japan Times』『E...
一度耳にした音楽が、生涯を通じて心に鳴り響くものとなるという体験は、ONTOMO読者なら覚えがあるのではないだろうか。筆者にとって『唐版 風の又三郎』の主題歌(厳密には〈風の又三郎のテーマ〉)はそのひとつだ。
2003年6月、花園神社境内の“紫テント”で行なわれた新宿梁山泊第29回公演。ラスト、「どっどど どどうど どどうど どどう」で始まる主題歌が流れる中、テントの後ろが開くと、主人公の織部(大貫誉)とエリカ(近藤結宥花)を乗せたプロペラ機が、激しい放水と虹色のライトを浴びながら夜空に浮かび上がる――。圧倒的な幕切れに、客席は大いに沸いた。
続くカーテンコールでは、舞台も客席も一体となっての大合唱。余韻さめやらぬまま歌を口ずさんで帰路に就いたあの日以来、『唐版 風の又三郎』の主題歌とラストシーンは、折に触れて脳裏に蘇えってくる。
唐十郎率いる状況劇場の伝説的作品
『唐版 風の又三郎』は1974年、唐十郎率いる状況劇場の“紅テント”で初演された作品だ。もちろん、作・演出は唐。彼が書いた歌詞に、状況劇場の俳優でもあった安保由夫が音楽をつけた前述の主題歌や〈三腐人のうた〉のほか、詩人・矢川澄子が作詞し安保が作曲した〈エリカのかぞえうた〉など、魅力的な劇中歌も同時に生まれた。
出演は、根津甚八、李礼仙(現・李麗仙)、小林薫、唐十郎ほか。夢の島や水上音楽堂をはじめ日本各地での公演のほか、レバノンやシリアのパレスチナ難民キャンプで『パレスチナの風の又三郎』としてアラビア語上演もされた。
筆者が観たのは、再演がなかった本作の、29年ぶりの上演だ。演出は、状況劇場に78年から解散直前の87年まで在籍したのち、新宿梁山泊を立ち上げた金守珍。主な劇中歌は初演を踏襲しつつ、織部役の大貫が音楽も手がけた。このプロダクションは大評判を呼び、再演、再々演され、韓国公演やオーストラリア公演も行なわれている。
上: 金守珍
物語は、一筋縄では行かない複雑怪奇なものだ。
ヒコーキの音に誘われるように、小学校を併設する探偵事務所「テイタン」の前にやってきた青年・織部は、北風と共に現れた一人の少年に「君は、もしかしたら、風の又三郎さんじゃありませんか?」「僕は読者です」と声をかける。
この“風の又三郎”は、夢に出てきた兄の“この世とあの世をつなぐ冥府の入り口に引っかかっている自分の体を拾ってくれ”という言葉を信じてその場所を探し、旅をしているという。兄とは、航空学校宇都宮分校で学び、自衛隊のLM-1型練習機を乗り逃げしたまま消息を絶った高田三郎三曹。彼の乗り逃げの責任を取って辞職した宇都宮分校の航空学校長が教授として再就職した先こそ、テイタンだった。
やがて、又三郎が実は宇都宮のホステスで高田の恋人だったエリカであること、テイタン奥の小学校に死んだ高田三曹の“肉1ポンド”が隠されていることが明らかになる。エリカは自らをエウリディケ、織部をオルフェウスに見立てて、高田の肉がある、この世とあの世の入り口=テイタンに侵入するが……。
重層的なイメージから、想像のはるか先へ
もうおわかりだろう。本作には、宮沢賢治『風の又三郎』のほかに、既存のモチーフが幾つも散りばめられている。
古代ギリシャの詩人オルフェウスが死んだ妻エウリディケを取り返そうと行なった“冥府下り”、肉1ポンドを巡って裁判が行なわれるシェイクスピア『ヴェニスの商人』、そして、本作初演の前年に起きた菅野行夫三曹による自衛隊機乗り逃げ事件……。
菅野三曹の名は本作では、賢治が書いた風の又三郎の本名「高田三郎」に変えられている。加えて、片肺飛行で日中戦争の英雄となった樫村三空曹まで登場(実は織部が入院していた精神病院の宮沢医師)。さらに、乱腐、淫腐、珍腐からなるコメディリリーフ“三腐人”や、スケバン(!)の桃子と梅子、エリカに恋する夜の男、高田に恋する死の少年など、個性豊かなキャラクターたちが入り乱れる。
こうした重層的な世界は、唐十郎の十八番だ。唐はしばしば、異なる時空間、かけ離れたイメージ、出会うはずのない者を結びつけ、観客を想像の遥か先まで連れて行く。辿り着くのは、現実では叶わない夢や希望が叶う場所。劇中、又三郎が口にする「夢と夢を掛け合わせることは、どんな宝物にめぐり会える道だろうか」という台詞は、唐の劇作そのものと重なるだろう。そしてその掛け合わせ、飛躍に、音楽が大きな役割を果たす。
『唐版 風の又三郎』では、エリカと織部という、日常では接点のなかった二人が不思議な巡り合わせによって出会い、幾多の苦難に襲われながら、それぞれの呪縛を断ち切ってゆく。二人して重傷を負いながら旅立つラストの煌めきは、日本古来の「心中物」をも想起させる。心中物とは、この世を生きられなかった男女が死を選ぶことで、敗者から勝者へと転じる物語だからだ。現実世界では不可能なことを、ほんの刹那、可能にする――。そんな演劇の魔法を心得た唐の、繊細で抒情的な台詞、ノスタルジーと躍動感が相俟った世界観は、観客を魅了せずにはおかない。
シアターコクーンで生まれる新生『唐版 風の又三郎』
さて、この『唐版 風の又三郎』が、梁山泊公演と同じ金守珍の新たな演出により、シアターコクーンで初めて上演される。16年には、他界した蜷川幸雄に代わって唐十郎作『ビニールの城』を演出し、シアターコクーンにアングラ的な猥雑さと幻想美の花を咲かせた金が、今度は熟知した『唐版 風の又三郎』の世界を生まれ変わらせるというわけだ。
配役は、織部に窪田正孝、エリカに柚希礼音が扮するほか、教授に風間杜夫、夜の男に北村有起哉。珍腐に石井愃一、淫腐に金守珍、乱腐に六平直政というトリオにも期待したい。さらに、宮沢先生であり樫村三空曹でもある風の商人には山崎銀之丞、死の青年(高田)には丸山智己、桃子には江口のりこ、梅子にえびねひさよ、死の少年に唐の長女・大鶴美仁音と、多彩な顔ぶれが揃う。音楽は、梁山泊公演に続いての大貫。今回は、劇中歌も含めて、大幅に手を入れる可能性が高いという。
となれば、やはり気になるのは、ラストシーンだろう。テントとは違うシアターコクーン(テント同様に後ろを開ける演出は過去に何度も行なわれているが)で、織部とエリカはどう飛び立つのか。そのとき、どのような音楽が鳴り響くのか。答えは劇場にしかない。
公演日程: 2019年2月8日(金)~3月3日(日)
会場: Bunkamuraシアターコクーン(東京都渋谷区道玄坂2-24-1)
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