読みもの
2021.02.03
音楽ファンのためのミュージカル教室 第12回

『屋根の上のヴァイオリン弾き』〜ユダヤの民族色豊かな“クレズマー風”音楽の絶妙さ

音楽の観点からミュージカルの魅力に迫る連載「音楽ファンのためのミュージカル教室」。
第12回は、『屋根の上のヴァイオリン弾き』の音楽的な聴きどころを徹底解説! 東欧系ユダヤ人の民族音楽を取り入れた楽しいナンバーに心躍ります。
2021年は、東京・日比谷にある日生劇場で2月6日に開幕します。

山田治生
山田治生 音楽評論家

1964年京都市生まれ。1987年、慶應義塾大学経済学部卒業。1990年から音楽に関する執筆活動を行う。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人 -ある日本人指揮者の...

『屋根の上のヴァイオリン弾き』2017年公演より
写真提供:東宝演劇部

この記事をシェアする
Twiter
Facebook

小説『牛乳屋テヴィエ』からいきいきとしたミュージカルへ

『屋根の上のヴァイオリン弾き』の舞台は、20世紀初頭のロシアの寒村のユダヤ人たちが暮らす集落。酪農業を営み、ユダヤ教の伝統と慣習を守って暮らしてきたテヴィエには、5人の娘がいた。そのうちの3人が年頃になり、それぞれが自分の意志で結婚相手を決め、結婚していく。時代の大きな変化を受け入れるしかないユダヤ人夫妻。ユダヤ人排斥(ポグロム)の波はこの寒村にも及び、コミュニティは潰され、テヴィエ一家はアメリカへ移住することになる。

続きを読む
第1幕、結婚式のシーン。
写真提供:東宝演劇部

原作はショラム・アレイヘムの小説『牛乳屋テヴィエ』。台本のジョセフ・スタイン、作曲のジェリー・ボック、作詞のシェルドン・ハーニックの3人が、1958年の『ザ・ボディ・ビューティフル』の制作のあと、新たなミュージカルの題材を探していたときに出会ったのがアレイヘムの小説であった(なお、ボックとハーニックは、コンビとして、『フィオレッロ!』(1959)、『テンダーロイン』(1960)、『マン・イン・ザ・ムーン』(1963)、『シー・ラヴス・ミー』(1963)などのミュージカルを作っていく)。

そして、ミュージカル『屋根の上のヴァイオリン弾き』のプロデューサーはハロルド・プリンスが担い、演出と振付をジェローム・ロビンズが手掛けることになった。プロデュースがプリンス、演出と振付がロビンズという組み合わせは、1957年の『ウエスト・サイド・ストーリー』の再現である。

東欧系ユダヤ人の民族音楽“クレズマー”を世界に紹介するきっかけに

『屋根の上のヴァイオリン弾き』のタイトルは、シャガールの絵画《ヴァイオリン弾き》からとられた。シャガールの故郷(帝政ロシア領、今のベラルーシ)のユダヤ人コミュニティでは、婚礼や葬儀のときにヴァイオリン弾きらの楽師がユダヤの民族音楽を奏でていた。

マルク・シャガール(1887〜1985)
現ベラルーシ出身で、フランスで活躍した画家。
(イェフダ・ペンによる肖像画、1915年頃)

東欧系ユダヤ人の楽師たちが奏でる音楽を“クレズマー”と呼ぶ。ヴァイオリンやクラリネットが活躍し、悲哀を帯びた旋律や快活な舞踊が特徴となっている。『屋根の上のヴァイオリン弾き』の音楽は、クレズマーを世界に紹介するきっかけとなった。ただし、作曲者のボックは、東欧ユダヤの伝統的な音楽をそのまま使うのではなく、クレズマー風の音楽を書いたのであった。また、本作では、演出を天才的な振付家であるジェローム・ロビンズが務め、幻想的な舞踊や民衆のダンス・シーンなどの見せ場を作った。

2月6日から日生劇場で上演される『屋根の上のヴァイオリン弾き』2021年プロモーション動画

デトロイトとワシントンD.C.でのトライアウト(プレビュー公演)のあと、1964年9月22日にニューヨークのインペリアル劇場で開幕。1967年にはマジェスティック劇場、1970年にはブロードウェイ劇場に会場を変え、1971年7月21日に閉幕するまで、3242回の大ヒットとなり、当時のブロードウェイのロングラン記録を更新した。

日本での人気を支える魅力的な俳優陣

日本では、オリジナル・プロダクションを基にした、日本版(翻訳:倉橋健、訳詞:滝弘太郎・若谷和子)が上演されてきた。森繁久彌のテヴィエが人気を博し、彼は、1967年から1986年まで通算900回にわたって同役を演じた。その後、西田敏行が継ぎ、2004年からは市村正親がテヴィエを演じている。今回(2021年2月6日から、日生劇場)の公演でも市村がテヴィエを務める。現在の日本版振付は真島茂樹、日本版演出は寺﨑秀臣と鈴木ひがしが担っている。

『屋根の上のヴァイオリン弾き』というユダヤの民族色の濃い作品が日本で人気を博し続けているのは、森繁、西田、市村ら主役を演じる俳優の魅力が大きいに違いない。と同時に、父と娘の情愛や社会の変化を受け入れていくしかない旧世代の葛藤といった普遍的なテーマが観る者の心をとらえた。また、クレズマーの哀愁を帯びた旋律も日本人の好むところなのであろう。

市村正親演じるテヴィエ。
写真提供:東宝演劇部

あらすじと聴きどころ

第1幕

帝政ロシア末期の1905年、アナテフカという寒村で、酪農業(牛乳屋)を営むテヴィエには5人の娘がいた。そのうち、長女ツァイテル、次女ホーデル、三女チャヴァは年頃で、彼女たちの最大の関心事は自分たちの結婚だ。

冒頭、ヴァイオリンのメロディに導かれ、テヴィエが、「アナテフカのユダヤ人はみんな、屋根の上のヴァイオリン弾きみたいなもんだ。落っこちてクビを折らないよう気をつけながら、愉快で素朴な調べをかき鳴らそうとしている。どうして、そんなに危ない場所に住んでいるのかって? それは生まれ故郷だからさ」と語る。

伝統(しきたり)の歌」は、オープニングを飾るナンバー。彼らにとってもっとも大切なものが「伝統(しきたり)」だと歌われる。

結婚仲介の歌」は、年頃の3姉妹のコミカルな歌。「もし金持ちなら」はテヴィエの少しコミカルな独白。「安息日の祈り」では、テヴィエたちの敬虔な宗教心が描かれる。

肉屋で初老だが金持ちのラザールから、ツァイテルとの結婚を申し込まれたテヴィエは、彼の財産に目が眩んで、同意してしまう。そして、テヴィエとラザールは「人生に乾杯」を歌う。ユダヤの男たちが踊り出し、いつの間にかロシア人たちも彼らの民族的な歌や踊りを始める。

「伝統(しきたり)の歌」「すてきな人をみつけてね」「もし金持ちなら」「安息日の祈り」「人生に乾杯」

しかし、ツァイテルは、若い仕立て屋のモーテルと恋仲で、彼との結婚を望んでいた。テヴィエはツァイテルの本心を知り、それを聞き入れる。

テヴィエの妻ゴールデは、ツァイテルが金持ちの肉屋と結婚することを喜んでいたが、娘の願いをかなえてやりたいテヴィエが、夢をでっちあげて(大掛かりなナンバー「」は見もの)、ゴールデを説得。ゴールデもツァイテルとモーテルの結婚を認める。

本作でもっとも知られている「陽は昇りまた沈む」は、ツァイテルとモーデルの結婚式のシーンで、テヴィエ、ゴールデらによって歌われる。テヴィエ夫妻は娘の成長を振り返り、別れを惜しむ。楽しいはずの結婚式での哀愁を帯びた旋律は、いっそう印象的。そうして、一転して陽気なダンス・ナンバーとなる。

ビンの踊り」はクラリネットのソロが入るユダヤの民族的な調べ。クレズマー風の音楽が楽しめる。結婚式は盛り上がり、「結婚式の踊り」。男女別々のしきたりを破って、男女が一緒になって踊り始める。

「夢」「陽は昇りまた沈む」「ビンの踊り」「結婚式の踊り」

第2幕

次女のホーデルは、父に、革命を志す学生のパーチックとの結婚を祝福するように願う。テヴィエは最初それに反対するもの、結局、祝福する。その後、ホーデルはパーチックが流刑されているシベリアに行ってしまう。「愛する我が家をはなれて」では、ホーデルが、父との別れ、パーチックへの思いを歌う。短調と長調を行ったり来たりするのも、クレズマーの特徴の一つ。

そして、三女チャヴァは、よりによってロシア人青年フョートカとの結婚を言い出す。宗教が違う男性との結婚に、テヴィエは激怒。チャヴァは家出し、フョートカと勝手に結婚する。絶望したテヴィエが、娘の思い出を歌う「チャヴァよ」。ヴァイオリンの調べや幻想的な踊りも入る。

最後、巡査部長が、ロシア皇帝からの命令として、ユダヤ人コミュニティ全体の立ち退きを言いつける。ついに、テヴィエ一家は、生まれ故郷アナテフカを離れ、アメリカへ移住するのであった。

「愛する我が家をはなれて」「チャヴァよ」

公演情報
ミュージカル『屋根の上のヴァイオリン弾き』

日時: 2021年2月6日(土)〜3月1日(月)

会場: 日生劇場

台本: ジョセフ・スタイン
音楽: ジェリー・ボック
作詞: シェルドン・ハーニック

出演
テヴィエ:市村正親
ゴールデ: 鳳 蘭

ツァイテル(長女):凰稀かなめ
ホーデル(次女):唯月ふうか
チャヴァ(三女): 屋比久知奈
モーテル(仕立屋) :上口耕平
パーチック(学生) :植原卓也
フョートカ(ロシア人青年):神田恭兵
ラザール(肉屋):ブラザートム
ほか

料金:S席13,500円、A席9,000円、B席4,500円

問い合わせ:帝国劇場内日生公演係03-3213-7221(10:00~18:00)

詳しくはこちら

山田治生
山田治生 音楽評論家

1964年京都市生まれ。1987年、慶應義塾大学経済学部卒業。1990年から音楽に関する執筆活動を行う。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人 -ある日本人指揮者の...

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ