チャイコフスキー《1812年》〜作曲者が生まれる前の1812年に何があった?
1993年生まれ、東京都出身。2022年、第1回ひろしま国際指揮者コンクール(旧:次世代指揮者コンクール)優勝。パリ地方音楽院ピアノ科、ミュンヘン国立音楽演劇大学古楽...
年号のみが付けられた題名、というのもなかなか珍しいでしょう……普通であればあまりにもざっくりで抽象的ですよね。しかも1812年の時点でチャイコフスキーはまだ生まれていません。
しかし、この1812年という年は、チャイコフスキーをはじめとしたロシア人にとって、そしてヨーロッパにとって大変大きな出来事があった年なのです。
時代は19世紀初頭。イギリスは産業革命によって勢力を強めるなか、それを恨めしく見ていたナポレオン率いるフランスは、周りの国に「イギリスは仲間外れにしちゃおう」とそそのかします。しかし、それを拒否したロシアをよく思わなかったフランスは、ロシアへ攻め込みます(1812年ロシア戦役)。
当時フランスは強大な勢力を誇っていましたが、なんとロシア軍は勝利します。大きな勝因は、フランス軍が寒さに弱く、極寒に慣れているロシア軍のほうが有利だったことにあったようですが、フランス軍はこの敗戦によって勢力を一気に弱めてしまいます。このことによりヨーロッパ全域の情勢も変わってしまいました。
この一連の流れを音楽にし、ロシアが勝利した功績を讃えたのがこの曲、祝典序曲「1812年」なのです。
もともとチャイコフスキーは、あまりこの曲を書くことに乗り気ではありませんでした。しかし、ロシア正教会の聖歌で始まり、フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」が遠のいていくことで撤退したフランス軍を描写し、祝砲や教会の鐘とともに、勝利したロシアの国歌が華々しく演奏される様子は圧巻です!
作曲者の死後、
《1812年》冒頭に引用されているロシア正教会聖歌「神よ、汝の民を救いたまえ」
チャイコフスキー:祝典序曲《1812年》(合唱付き)
チャイコフスキー:祝典序曲《1812年》(合唱なし)
チャイコフスキー:祝典序曲《1812年》(ソヴィエト時代版)
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