読みもの
2020.12.10
曲名のナゾ Vol.18

メシアン「トゥランガリーラ交響曲」~発音要注意! サンスクリットの直訳は“馬の遊びの”!?

増田良介
増田良介 音楽評論家

ショスタコーヴィチをはじめとするロシア・ソ連音楽、マーラーなどの後期ロマン派音楽を中心に、『レコード芸術』『CDジャーナル』『音楽現代』誌、京都市交響楽団などの演奏会...

インドの音楽書、『サンギータラトナーカラ』に記されたトゥランガリーラの項目。真ん中の段がトゥランガリーラの綴りと、発音(リズム)記号。

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Turangalîla、iの上のアクセントはなに?

まずこの写真を見てほしい。メシアン《トゥランガリーラ交響曲》の楽譜だ。

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I の字の上に山型の記号が付いた「Turangalîla」。フランス語でいうアクサン・シルコンフレックスだ。だがこれはインドの古典言語サンスクリット、なぜこんな記号がついているのだろう。ただの飾り? そんなわけはない。これは、この母音を伸ばせという記号だ。

サンスクリットの母音には、長い音と短い音を区別するものがある。長短が変われば意味が変わったり、格や数が変わったりする。日本語だって、オジサンとオジーサンは違うし、トキョーとトーキョーじゃ違うオーケストラになる。

さて、サンスクリットをローマ字で表記するとき、これをどう表すか。インターネットの出現以前、一般的に使われてきたのは、a とか i とか u の上に棒を引くやりかただ。

しかし、その昔はその国の言語表記に存在するダイアクリティック(発音区別符号)で表す方法も多かった。わざわざ活字を作らなくてもいいからだ。フランスの場合、山型のアクサン・シルコンフレックスで長音を、cの下にヒゲの生えたセ・セディーユ(ç)で「シュ」の音を表したりする。

だから、メシアンの例の曲は、「トゥランガリーラ」以外の読み方はありえない。これを「トゥーランガリラ」とか読んでしまうのは、「フルートヴェングラー」程度には間違っている。

「トゥランガリーラ交響曲」1959年のラジオ放送音源より、メシアン本人による作品解説。0:08にTurangalilaの発音が聴ける。

サンスクリット語から読み解くトゥランガリーラ

さて、ではトゥランガリーラとは何か。あの曲を鑑賞するための知識としては、メシアンの言っている説明を、そのまま受け取ればいい。

Turangalîlaという言葉は、若い娘の名前であり、同名のインドのリズムでもある。作曲者は、この言葉がもっている多幸感にあふれる性質からタイトルに選んだ。「トゥランガリーラ交響曲」は「愛の歌」である。同時に、「喜びへの賛歌」である。それは溢れ出るほどに眩い、過剰なほどの喜びである。

メシアン本人による作品解説より

トゥランガリーラは女性形ではないので、実際には若い娘の名前になることはないが、メシアンがそう思ったならそれでいいし、西洋音楽の文脈としては、それで十分だろう。

だが、サンスクリットとしてはどうなのかということも、少しだけ書いておこう。

トゥランガリーラは「トゥランガ」と「リーラー」の2語を合成した複合語だ。複合語にもいろいろあるが、バフヴリーヒ(形容詞的複合語)の場合、被修飾語に応じて語尾が変化する。この単語の場合、男性・中性名詞に付くと、最後が「ラ-」ではなく「ラ」になる。何を修飾しているのかというと、それはデーシーターラ(リズム)だ。が、ここから先はあまりいい加減なことは書けないので、インド音楽に詳しい人に聞いたほうがいいだろう。

なお、トゥランガは「馬」、リーラーは「遊び」を意味する。だから、トゥランガリーラは「それの遊びが馬(のそれ)であるところの」、もっとざっくり訳せば「馬の遊びの」という意味になる。ちなみに、メシアンは『わが音楽語法』の中で、ストラヴィンスキーの《春の祭典》に、別のデーシーターラ「スィンハヴィクリーディタ」との類似を見いだしているが、これは「ライオンの遊びの」だ。また、「トゥランガリーラ」が出てくる13世紀の音楽理論書『サンギータラトナーカラ(音楽の大海)』には、「ガジャリーラ(象の遊びの)」というリズムも現れる。

インドの音楽書、『サンギータラトナーカラ』より。「トゥランガリーラ(馬の遊び)のほかにも、スィンハヴィクリーディタ(ライオンの遊び)、ハンサナーダ(雁の声)、シャラバリーラ(獅子鳥の遊び)など、動物にちなんだ名前のデーシーターラは多い。

ところで、この「トゥランガリーラ」という言葉、サンスクリットの韻律としては「短長短長短」、つまり前から読んでも後ろから読んでも同じ、メシアンの大好きな不可逆的リズムになっている。だからメシアンはこれを題名に採用したのだろう、とまで言ってしまうと与太話だが、「トゥーランガリラ」じゃこうは行かない。

増田良介
増田良介 音楽評論家

ショスタコーヴィチをはじめとするロシア・ソ連音楽、マーラーなどの後期ロマン派音楽を中心に、『レコード芸術』『CDジャーナル』『音楽現代』誌、京都市交響楽団などの演奏会...

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