読みもの
2020.08.26
曲名のナゾ Vol.8

チャイコフスキー《1812年》〜作曲者が生まれる前の1812年に何があった?

大井駿
大井駿 指揮者・ピアニスト・古楽器奏者

1993年生まれ、東京都出身。 パリ地方音楽院、ザルツブルク・モーツァルテウム大学ピアノ科・指揮科卒。 同大学院、ミュンヘン国立音楽演劇大学でピアノ、指揮、古楽の3科...

アドルフ・ノーテン《ロシアから撤退するナポレオン》(1851年)

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年号のみが付けられた題名、というのもなかなか珍しいでしょう……普通であればあまりにもざっくりで抽象的ですよね。しかも1812年の時点でチャイコフスキーはまだ生まれていません。

しかし、この1812年という年は、チャイコフスキーをはじめとしたロシア人にとって、そしてヨーロッパにとって大変大きな出来事があった年なのです。

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時代は19世紀初頭。イギリスは産業革命によって勢力を強めるなか、それを恨めしく見ていたナポレオン率いるフランスは、周りの国に「イギリスは仲間外れにしちゃおう」とそそのかします。しかし、それを拒否したロシアをよく思わなかったフランスは、ロシアへ攻め込みます(1812年ロシア戦役)。

当時フランスは強大な勢力を誇っていましたが、なんとロシア軍は勝利します。大きな勝因は、フランス軍が寒さに弱く、極寒に慣れているロシア軍のほうが有利だったことにあったようですが、フランス軍はこの敗戦によって勢力を一気に弱めてしまいます。このことによりヨーロッパ全域の情勢も変わってしまいました。

この一連の流れを音楽にし、ロシアが勝利した功績を讃えたのがこの曲、祝典序曲「1812年」なのです。

もともとチャイコフスキーは、あまりこの曲を書くことに乗り気ではありませんでした。しかし、ロシア正教会の聖歌で始まり、フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」が遠のいていくことで撤退したフランス軍を描写し、祝砲や教会の鐘とともに、勝利したロシアの国歌が華々しく演奏される様子は圧巻です!

作曲者の死後、ロシア革命の影響で元のロシア国歌が演奏禁止となってしまい、帝政時代より第二の国歌として親しまれたグリンカの歌劇《イヴァン・スサーニン》の最後の合唱に差し替えられたという歴史もありますが、そんななかでも大きな人気を博しました。

《1812年》冒頭に引用されているロシア正教会聖歌「神よ、汝の民を救いたまえ」

チャイコフスキー:祝典序曲《1812年》(合唱付き)

チャイコフスキー:祝典序曲《1812年》(合唱なし)

チャイコフスキー:祝典序曲《1812年》(ソヴィエト時代版)

大井駿
大井駿 指揮者・ピアニスト・古楽器奏者

1993年生まれ、東京都出身。 パリ地方音楽院、ザルツブルク・モーツァルテウム大学ピアノ科・指揮科卒。 同大学院、ミュンヘン国立音楽演劇大学でピアノ、指揮、古楽の3科...

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