
音響拡散体「オトノハ」で、ミニコンサートの音響はどう変わる? in ミューザ川崎

演奏家にとって、演奏・練習場所における音環境の整備は切っても切り離せない課題であろう。むやみに音が反響したり、逆にほとんど響きがなかったりする場所での演奏は、自分や周囲の音が満足に感じ取れないだけでなく、いつも以上に疲労を感じてしまうはずだ。
しかしながら、演奏する会場の音響に納得がいかないからといって工事を施すわけにはいかないし、音響パネルを導入しようにもサイズが大きくて高価なものがほとんど。気軽に演奏環境を改善できる方法はないだろうか――あった。それが本記事のターゲットとなる製品、音響拡散体「オトノハ」である。

1963年創刊の老舗で、唯一の月刊オーディオ誌。クラシック音楽中心の音楽之友社にあって、ロック&アウトドア野郎が多数在籍する異色(異端?)の存在。庶民の心を持ち続け、...
音源本来の音を引き出す音響拡散体「オトノハ」とは?

「オトノハ」は、先述した一般的な音響パネル像とはかけ離れるものであった。まず、その大きさである。縦横の長さがそれぞれ30cmという小型サイズで、置く場所には困らなさそうだ。それに加え重量が約600gと、片手で楽々持ち運べる軽さなのもありがたい。そして特筆すべきは、そのデザイン。大小さまざまな多面体が散りばめられた外観は、一目見ただけで脳裏に焼き付くことであろう。
この製品のコンセプトは、「音源本来の音を聴き取りやすくする」こと。開発者である八並心平氏曰く、「部屋の中で音を聴く際、音源から直接聴こえてくる直接音と、壁や天井に反射して返ってくる反射音が発生するのですが、音環境を整える場合、この二つのバランスが大事になるんです」。スピーカーや楽器から発せられる音は、前方に向かって一直線に飛んでくるわけではないため、リスニングポイントに到達する際には部屋の壁に跳ね返った反射音の要素が多くなる。こうして音のバランスが崩れてしまうと、音源から発せられる直接音が反射音に埋もれてしまい、不明瞭かつ定位が曖昧な音になってしまうのだ。
この問題を解決してくれるのが、オトノハの多面体だ。これらの並びは一見不規則であるように見えて、実は「黄金角」に基づいた配置となっている。黄金角とは、植物が効率よく太陽の光を浴びるために利用する角度のこと。これを応用し、オトノハにおいても各立体の角度をあらゆる向きに設定することで、効率よく音を拡散させて直接音と反射音のバランスを保ち、「音源本来の音を聴き取りやすくする」ことができるのだ。まさに「音響拡散体」の名前に違わぬこだわりである。
オトノハで生演奏の音響は変化する?
さて、オトノハの紹介を終えたところで本題に入りたい。今回の目的はもちろんこのパネルの能力を検証することであるが、ただ音源を流して試聴するだけでは物足りない。せっかくならば、生演奏の場でその効果を実感したいではないか。
この願いを叶えてくれたのが、ミューザ川崎シンフォニーホール、並びに東京交響楽団の方々だ。相談をしたところ、11月17日に当ホールのエントランス「歓喜の広場」にて開催される無料コンサート「東響ミニコンサート in MUZA 第114回」で、オトノハを設置して演奏してくださることになった。
ミューザ川崎シンフォニーホールといえば、名だたる演奏家の方々がその音響を高評している日本屈指の人気ホールだ。そのエントランスにある「歓喜の広場」は、来場者や市民の憩いの場であり、サマーミューザの開幕ファンファーレも演奏される。ただ、ガラスに囲まれた広い吹き抜けの空間は響きやすく、ステージが円形ということもあり、どうしても音に焦点が生まれやすい構造だという。そうなれば音に過剰な響きが乗ってしまい、演奏者やお客さんにとって、演奏が聴きづらくなる場合も出てくるだろう。はたしてオトノハを設置することで、歓喜の広場の音響はどう変化するだろうか。

停滞していた音たちが、すっきりクリアな見通しに
当日の演目は、東京交響楽団にて首席クラリネット奏者を務めるエマニュエル・ヌヴーさんと、ソロ活動にとどまらず国内外にてマルチに活躍されているピアニストの蒲生祥子さんによるクラリネット、電子ピアノデュオだ。
さすがに本番中慌ただしくパネルを移動させるわけにはいかないため、リハーサル中にお時間をいただき、オトノハがある場合、ない場合で聴こえ方の変化を比較してみた。まず、オトノハを設置せずに冒頭で披露される曲を演奏。リハとはいえ、この演奏が無料で聴けるのはあまりにも贅沢だと感じられる。これは、本番がより一層楽しみになった。
ただ、整備されたホールとは違って、やはり会場特有の反響が乗ってしまっているようにも感じられる。言うなれば、銭湯で会話をしているときのような音のこもりがあるのだ。天井が高く背面に壁もない開放的な円形のステージではあるからこそ、むしろこういった要因が作用してしまっているのだろう。
さて、それではオトノハの設置に移る。使用したオトノハの数は計10個。演奏されるお二人を囲むように5個、マイクと電子ピアノのモニタースピーカー3か所にそれぞれ1個ずつ、そして客席の横に2個だ。設置といっても、力仕事や複雑な取り付けは必要なく、ただ譜面台の上に置くかクランプで固定するだけ。これで準備完了である。




再開されたリハーサルの音色を聴くと、明らかに音の方向性がくっきりと見えるようになった。先ほどまでは空間に停滞していた音たちが、聴衆を目掛けて一直線に進んでくるようだ。ある程度の個数を設置しているとはいえ、この小さなパネルでこれほどの効果が出るとは驚きである。
リハーサルを終えたあと、蒲生さんから「オトノハを置く前と後では、音の聴こえ方がかなり変わりましたね。演奏者間での音のやり取りがしやすくなりました」という嬉しいお言葉をいただけた。立ち会われていたミューザご担当の方々にも違いをご体感いただき、無事に本番でも使用していただけることとなった。
オトノハは、スピーカーから出るサウンドにも効果テキメン
会場には受付前から大勢のお客さんが待機列を作っており、開演時には並べられた椅子がほぼ満席となる盛況ぶり。筆者自身も、取材であることを忘れてひたすら演奏に聴き入ってしまった。
サウンドに関しては、やはり音像がすっきりと捉えられ、滑らかな旋律の動きが手に取るようにわかる。クラリネットとピアノのハーモニーの輪郭が曖昧にならず、しっかりとした粒立ちを帯びているのだ。
また、個人的に驚いたことといえば、オトノハが電子ピアノやマイク用のモニタースピーカーから発せられる音にも効果を発揮したことである。演奏中には、ヌヴーさんがMC用マイクを使って「オー・シャンゼリゼ」を口ずさむシーンがあったのだが、スピーカーから聴こえる音にもストレスを感じない。別のモニタースピーカーから流れる電子ピアノの音色ともぶつからずに、文句なしのライブ感が演出されていた。
出演者インタビュー
最後に、演奏後のお二人にお時間をいただき、今回オトノハを使用した感想を伺った。

「リハーサルのとき、オトノハを置く前は音がその場をぐるぐる回っている感じがして、自分の音も少し聴き取りづらいなと感じました。でも、置いたあとは音がクリアになって、演奏もしやすくなった印象です。歓喜の広場で演奏したのは初めてだけれど、今後あそこで演奏される方々にも使ってみてほしいですね」
「今回はデュオでの演奏でしたので、相方の音を聴くということがとても重要になってきます。ただ、この至近距離で演奏していても、私に聴こえてくる音にはいろんな反射音が乗ってしまって、聴きづらくなってしまうんですよね。でも、オトノハを置いてみたらそれが一気に改善されて凄く演奏しやすくなったので、助かりました」
片手で持ち運べるほど軽量かつ、壁に掛ければまるでインテリアのような佇まいのオトノハ。今回の取材では確かな実力を聴かせてくれたが、その値段も1枚11,880円(チャコールブラック/税込)と音響パネルでは破格のお手頃さだ。というのも、楽器を演奏する学生たちにも使ってほしいという開発者の思いが込められている。スタジオやホールだけでなく、自宅でも気軽に使用できるサイズ感なので、読者のみなさんにもぜひ一度試してみてほしい。

〈SPEC〉●寸法:H300×W300×D42.5mm ●重量:約600g ●材質:ABS ●色:ホワイトグレー、グレージュ、チャコールブラック ●希望小売価格:【ホワイトグレー/グレージュ】¥10,780(税込)【チャコールブラック】¥11,880(税込)●問い合わせ先:日本環境アメニティ Tel 03-5421-7522
関連する記事
-
読みもの「第九」はこうして生まれた!~名曲誕生のヒミツを探る〈前編〉
-
連載フリッツ・クライスラー~世紀末ウィーンの自由な空気が生んだヴァイオリニスト・作曲...
-
読みもの【音楽を奏でる絵】カンディンスキー「色彩の音楽」とシェーンベルク、同時代の作曲家
ランキング
- Daily
- Monthly
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly
新着記事Latest

















