なぜか今、パヴァロッティ——映画や本から多角的に観るテノールの巨匠
音楽ジャーナリスト・飯尾洋一さんが、いまホットなトピックを音楽と絡めて綴るコラム。第22回は「三大テノール」の一人、ルチアーノ・パヴァロッティに注目! 素顔や裏事情にも迫る映画や本が目白押しです。
音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...
2020年はパヴァロッティの豊作イヤー?!
今年はパヴァロッティの記念イヤーだったっけ? 思わずパヴァロッティの生没年を確認したくなるくらい、パヴァロッティ関連の映画や本が相次いだ。著名な音楽家であっても、没後すぐに忘れ去られる人もいれば、ずっと語り続けられる人もいる。オペラ界を超越したスーパースターであり、「三大テノール」のひとり、ルチアーノ・パヴァロッティ(1935~2007)は、後者のタイプだ。
イタリア、モデナ出身。師範学校卒業後に声楽を学び、1963年にウィーン国立歌劇場、1964年にミラノ・スカラ座でデビュー。
プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラスとともに「三大テノール」として一世を風靡した。
©John Mathew Smith
今年の9月、ドキュメンタリー映画『パヴァロッティ 太陽のテノール』が公開された。監督は『アポロ13』や『ダ・ヴィンチ・コード』などで知られるロン・ハワード。生前のパヴァロッティの貴重な映像と関係者たちの証言によって明らかにされるのは、パヴァロッティの栄光であり、同時にその「生きづらさ」でもあった。
本人は根っからの善人で、もともとは平凡な幸福を喜んで受け入れるような人物だっただろうに、ショービジネスの世界であまりにも巨大な成功を収めてしまったため、円満な暮らしが困難になる。最初の奥さんとのあいだの娘さんが、「父が自身と共通点を感じていた役柄はネモリーノ」と語るのには思わず納得。ネモリーノはオペラ《愛の妙薬》で遺産が転がり込んできてモテモテになる純朴な農夫。パヴァロッティの場合は遺産ではなく、才能に恵まれていたわけだが……。
パヴァロッティがネモリーノを歌うドニゼッティ《愛の妙薬》(1992年、メトロポリタン・オペラ)
アシスタントが浮かび上がらせる「王様の孤独」
同じようにパヴァロッティの人物像について深い印象を残してくれたのが、9月に刊行された書籍『パヴァロッティとぼく アシスタント「ティノ」が語るマエストロ最後の日々』(アルテスパブリッシング)。
こちらは、パヴァロッティが亡くなるまでの13年間にわたってアシスタントを務めた、ティノことエドウィン・ティノコによる回想録。著者はペルーの5つ星ホテルで働くボーイにすぎなかったが、宿泊したパヴァロッティに気に入られて、突然リクルートされて、パヴァロッティ・チームの一員になる。ペルーから一歩も出たことのない若者が、大スターとともに世界中を飛び回る生活へと暮らしを一変させる。パヴァロッティからの信頼は厚く、最後には50万ドルもの遺産を残されている。
著者はパヴァロッティに心酔しており、世界的スターの素顔がいかに優しく寛大で善良であるかを記している。
と、同時に、世界中どこに行っても王様のような特別待遇を受けるパヴァロッティの姿を、あたかもそれが当然のことであるように描く。プライベートジェットでの世界ツアー、パヴァロッティがなにひとつ不自由なく過ごせるように準備された大量のスーツケース、パヴァロッティ専用に改造される高級ホテルのスイートルームなど、どこへ行ってもパヴァロッティはVIPとして扱われる。
逆説的に浮き彫りになるのはパヴァロッティの孤独だ。いつも従者たちに取り囲まれているけれど、一方でビジネス抜きの人間関係は希薄で、特に家族との関係は難しい。この本の真のテーマは「王様の孤独」だろう。
「三大テノール」結成30年を振り返るドキュメンタリー
そしてもうひとつ、年明け1月8日に映画『甦る三大テノール 永遠の歌声』が公開される。これは、1990年のパヴァロッティ、ドミンゴ、カレーラスによる「三大テノール」の結成から30周年を機に制作されたドキュメンタリー。当時の映像をふんだんに用いながら、指揮を務めたズービン・メータ、編曲に携わったラロ・シフリン、映像監督のブライアン・ラージら、さまざまな関係者たちのコメントとともに「三大テノール」という現象を振り返る。
特に焦点が当てられているのは、「三大テノール」結成時のエピソード。忘れている人も多いかもしれないが、そもそも「三大テノール」はサッカーのワールドカップ1990イタリア大会決勝戦の前夜祭コンサートとしてローマで開催された。3人ともサッカーが大好きで、パヴァロッティはユベントス、ドミンゴはレアルマドリッド、カレーラスはバルセロナのファンだった。応援するクラブチームからしてライバル関係にある3人が一堂に会したわけだ。
当時はテノールだけで3人も集まってどうするの? といったムードがあったはず。パヴァロッティは客など入るわけがないから、1000枚単位で招待券を要求し、ファンを動員しようとしたという。ところが、ふたを開けてみればチケットは完売、テレビ中継を8億人が見たという人気ぶり。一度限りの気まぐれだと思えた集まりが、4年後のワールドカップ1994アメリカ大会でも再現され、以来、世界各地で開かれるビッグイベントになる。
映画では、2回目以降の過剰にビジネス化してしまった「三大テノール」への批判的な視線も盛り込まれている。おそらく3人とも、1回目のような達成感を味わうことは、以後なかったのでは。
しかし、それでもスーパースターたちは歌わなければならないし、歌うからこそ彼らはスーパースターなのだ。世界中に待ち望んでいるファンがいるのに、歌わないという選択肢がありうるだろうか。前掲の映画『パヴァロッティ 太陽のテノール』や書籍『パヴァロッティとぼく アシスタント「ティノ」が語るマエストロ最後の日々』と あわせて観ると、一段とこのドキュメンタリーを味わい深く感じられることだろう。
2021年1月8日(金)Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開
出演:ルチアーノ・パヴァロッティ、プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラス、ズービン・メータ、ニコレッタ・マントヴァーに、マリオ・ドラディ、ラロ・シフリン、ポール・ボッツ ほか
2021年1月8日公開の映画『甦る三大テノール 永遠の歌声』オンライン試写会に30名様をご招待いたします。
12月10日(木)23:59までに、以下のフォームより必要事項をご記入の上、ご応募ください。ご記入いただいた個人情報は、プレゼントの発送、今後の企画への参考にのみ使用します。
抽選は編集部で行ない、当選者の発表は試写状の送付(メールに添付)をもってかえさせていただきます。
◆視聴可能時間:2020年12月18日(金)00:00~23:59
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