読みもの
2021.03.19
飯尾洋一の音楽夜話 耳たぶで冷やせ Vol.25

《展覧会の絵》に登場するバーバ・ヤガーの恐ろしき正体とは?〜ロシア版ヤマンバの話

音楽ジャーナリスト・飯尾洋一さんが、いまホットなトピックを音楽と絡めて綴るコラム。第25回は、ムソルグスキーの《展覧会の絵》に出てくる「バーバ・ヤガー」に着目。 ロシア民話に登場するバーバ・ヤガーの恐ろしい正体に迫ります!

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飯尾洋一
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飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

ロシア民話に登場するバーバ・ヤガー
(イヴァン・ビリビン、1911年)

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バーバ・ヤガーは鶏の足の上に建つ小屋?

ムソルグスキーの組曲《展覧会の絵》といえば、ラヴェル編曲のオーケストラ版や原曲のピアノ版で広く親しまれているが、この組曲でもっともよくわからないのが、終曲の前に置かれた「バーバ・ヤガー(バーバ・ヤーガ)の小屋」ではないだろうか。別名「鶏の足の上に建つ小屋」などとも記される。ワイルドかつユーモラスな曲想は親しみやすく、初めて聴いたときから好きになるが、曲名の「バーバ・ヤガー」も「鶏の足の上に建つ小屋」も多くの日本人にはなじみが薄い。

ムソルグスキー/ラヴェル編曲:組曲《展覧会の絵》より「バーバ・ヤガー」

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そんなバーバ・ヤガーだが、前回の当連載でも触れたアファナーシエフ編『ロシアの民話』(群像社)を読むと、バーバ・ヤガーが登場する物語がいくつもあって、一気に親しみがわく。

『ロシアの民話 1』(アファナーシエフ/金本源之助訳/群像社)

バーバ・ヤガーの正体は臼に乗って片手に杵を、片手にほうきを持って爆走するヤマンバ?

バーバ・ヤガーとは何者か。一言で説明するならば、ずばり、ロシア版ヤマンバ。この妖婆は山の中の一軒家に住んでいて、子どもを喰う。この設定は、日本の昔話に登場するヤマンバそのものだ。

住居は鶏の足で支えられており、一種の高床式になっている。家の周囲には、人間の骸骨が飾られている。特徴的なのは移動手段。バーバ・ヤガーは臼に乗って移動するのだ。このとき、片手に杵を持つ。杵で臼をせきたてて高速移動するのである。そして、もう片手にはほうきを持つ。このほうきで自分が移動した跡を消しながら前進する。あまり効率的な移動方法とは思えないが、迫力はありそうだ。

イヴァン・ビリビンによるロシア民話「美しきヴァシリサ」の挿絵より、バーバ・ヤガー(1940年)。
バーバー・ヤガーの小屋。本当に鶏の足で支えられている……住まいからして恐ろしい。

ムソルグスキー《展覧会の絵》の「バーバ・ヤガーの小屋」は、猛然と獲物を追いかけているような曲調だが、あれは臼に乗って片手に杵を、片手にほうきを持って爆走するヤマンバだと思えばよいのだろう。かなり怖い。

ムソルグスキーより少し後のロシアの作曲家、リャードフにも「バーバ・ヤガー」という曲がある。こちらは管弦楽曲だ。

ここでもバーバ・ヤガーの移動場面が表現されている。最初に口笛が吹かれ、続いてバーバ・ヤガーが臼に乗り、杵でせきたて、ほうきで跡を掃き消して進む。おどろおどろしく、不気味な曲である(ほうきつながりで思い出すが、デュカスの《魔法使いの弟子》がダークサイドに堕ちたかのよう)。聴いていると、ヤマンバに追いかけられる小僧の気分を味わえる。

リャードフ:交響詩《バーバ・ヤガー ロシア民話に寄せる音画》

和製バーバ・ヤガー!? 日本のヤマンバとの共通点も

前述の「ロシアの民話」を読んでいると、いくつか日本にも似たような話があることに気づく。別巻に収められた「バーバ・ヤガー」はそのひとつ。小僧がヤマンバに追いかけられる「三枚のお札」によく似ている。

「三枚のお札」では、小僧は和尚さんからもらったお札を使って、便所で身代わりになって返事をしてもらったり、大きな川を出したり、火の海を出したりして、逃げる。

日本のヤマンバのイメージ。
佐脇嵩之『百怪図巻』より「山うは」(1737年頃)

一方、「バーバ・ヤガー」の主人公は小僧ではなく娘なのだが、やはり不思議な力を使ってバーバ・ヤガーから逃げる。機織りを命じられるが(バーバ・ヤガーはよく重労働を求めてくる)、こっそり逃げ出し、身代わりにネコに返事をさせる。臼に乗って追いかけてきたバーバ・ヤガーに向かって、手ぬぐいを投げると大きな川が現れる。さらに、櫛を投げると密林が現れる。これでバーバ・ヤガーは追跡をあきらめる。娘は助かり、ハッピーエンドを迎える。

主人公のヴァシリサ。
(イヴァン・ビリビン、1940年)

日本の「三枚のお札」では、ヤマンバはそれでもしつこく追いかけてきて、最後は和尚のもとにやってくる。このとき、和尚がヤマンバに術比べを持ちかけ、ヤマンバが豆粒ほど小さく変身したところで、和尚はヤマンバを餅に入れてパクリと食べてしまう。小僧を食べようとしたヤマンバが逆に和尚に食べられてしまうわけだ。

この結末部分は、実は別のロシア民話で似たような展開が見つかる。「バーバ・ヤガーと居候」(『ロシアの民話』第1巻収載)で、バーバ・ヤガーは居候の若者を喰おうと、土鍋のなかで横になれと命じる。ところが、若者はわざと足を鍋からはみ出して横になる。バーバ・ヤガーはそんな姿勢ではダメだと怒る。若者は、ではどうしたらいいのかと尋ねる。バーバ・ヤガーはこの通りにしろと言って、鍋にすっかり収まって横になって見せる。すかさず若者は土鍋をペチカ(暖炉)に突っ込んで、バーバ・ヤガーを丸焼きにしてしまうのだ。

1916年の雑誌の挿絵より。少しユーモラスな姿で描かれるバーバ・ヤガーも。
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飯尾洋一
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飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

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