読みもの
2023.01.26
【Stereo×WebマガジンONTOMO連携企画】ピーター・バラカンの新・音楽日記 7

コステロにも影響を与えたルイジアナ州南西部ケイジャンの独特なフィーリングをもった孤高の音楽家トミー・マクレイン

ラジオのように! 心に沁みる音楽、今聴くべき音楽を書き綴る。

Stereo×WebマガジンONTOMO連携企画として、ピーター・バラカンさんの「自分の好きな音楽をみんなにも聴かせたい!」という情熱溢れる連載をアーカイブ掲載します。

●アーティスト名、地名などは筆者の発音通りに表記しています。
●本記事は『Stereo』2022年10月号に掲載されたものです。

ピーター・バラカン
ピーター・バラカン ブロードキャスター

ロン ドン大学卒業後来日、日本の音楽系出版社やYMOのマネッジメントを経て音楽系のキャスターとなる。以後テレビやFMで活躍中。また多くの書籍の執筆や、音楽イヘ...

イラスト:山下セイジ

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廃業するMSIから出た『夢から醒めて』はお薦めです

35年前から洋楽のやや渋めのアルバムを日本に流通させてきたMSIレコードは10月末(2022年)で廃業することが決まりました。理由は音楽業界そのものの環境の変化、最近の極端な円安、燃料価格の値上げによる運賃の高騰などに加えて、中心になっているスタッフの健康状態もありますが、とても残念な知らせでした。

2022年8月にMSIから出たトミー・マクレインの『夢から醒めて』(I Ran Down Every Dream)は実にいい作品で、日本語解説付きで聴こうと思ったら早めに調達することをお薦めします。
そう書いてもどんなアルバムか分からないと思いますので、しばらくお付き合いください。

話はぼくが東京に来る直前の1974年。当時ロンドンで、毎週ラジオで聴いていた番組『ホンキ・トンク』のDJ、チャーリー・ギレットはレコード・レーベルを立ち上げ、その最初のアルバムは『Another Saturday Night』というコンピレイションでした。その中から彼は自分の番組でジョニー・アランという人が歌うチャック・ベリーの『The Promised Land』をかけました。

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オリジナルと同じようなミーディアム・テンポのロックンロールでしたが、ギターの代わりに入っている極めてゴキゲンなアコーディオンの伴奏に魅了されてそのアルバムをすぐに買いました。

しかし、ジョニー・アランも含めて、このアルバムに収録されている曲の演奏者の中に知っている名前は一つもなかったのです。どういう企画のアルバムかというと、手がかりはジャケットの後ろ側に描かれている地図でした。アメリカ南部、ルイジアナ州の南西部、いわゆるケイジャン・カントリーと呼ばれる湿地帯に住む人たちの音楽です。演奏者は皆白人で、やっている曲はジョニー・アランのようなR&Bのものもあればポップなもの、伝統的なケイジャン音楽もあります。

1974年のイギリスで、新しいレコード会社の初アルバムとしてそうとう渋いものですが、好奇心のある音楽ファンの間では少し話題になりました。その結果、この音楽を聴いた色々なミュージシャンからチャーリー宛てにデモ・テープが送られるようになり、気に入ったものは「ホンキ・トンク」で紹介していました。

その頃にはぼくはすでに日本に来ていましたが、有名なエピソードとしてダイア・ストレイツの「Sultans Of Swing」のデモをラジオでかけたらすぐにレコード契約につながったという話があります。

そこまでうまく行かなかったのはD.P.Costelloと書かれたカセット。その中から曲をかけてもどのレコード会社も興味を示さなかったのですが、最終的にスティッフ・レコードと契約したエルヴィス・コステロは『Another Saturday Night』を持っていたようです。

『Swamp Pop』と呼ばれたトミー・マクレインのスタイル

このアルバムの中にトミー・マクレインが歌う曲が2曲あります。彼のスタイルはR&Bやカントリーの要素もあり、ルイジアナ州南西部地方独特のフィーリングをもったものですが、このスタイルは後に『Swamp Pop』と名付けられたものです。

トミー・マクレインは1940年生まれ、現在82歳です。ヒット曲は一つだけ、1966年に彼が歌ったカントリーの有名な曲「Sweet Dreams」はビルボードのトップ20まで上がりました。

この曲をエルヴィス・コステロは1981年に出したカントリーのカヴァー・アルバム『Almost Blue』の中で取り上げていますが、歌った時に頭に鳴っていたのがトミー・マクレインの歌い回しだったそうです。

トミーは60年代にシングルをかなりの数で発表しました。大部分はJinというルイジアナの地元レーベルからです。70年代にはアルバムもいくつか作りましたが、一時期荒れてしまった生活を悔い改め中年になってからカトリック教徒になり、1998年に自主制作でゴスペルのアルバムを出しました。

本格派のレコード蒐集家としても知られるエルヴィス・コステロは500枚しか作らなかったというこのアルバムも中古盤として見つけたそうですが、彼がようやくトミーと会うのは2010年、亡くなったルイジアナ名物男ボビー・チャールズへのトリビュート・コンサートに二人とも参加した時でした。

5年に及ぶ製作期間を経て人生経験による説得力ある作品となった

今回のアルバムはゴスペルの自主制作を除けば40数年ぶりのソロ作となります。13曲中トミー自身が9曲の作曲に関わっていますが、タイトル曲「I Ran Down Every Dream」はコステロとプロデューサーのC.C.アドコックとの共作で、ニック・ロウと共作している曲もあります。

アルバムの制作は5年にも及び、その間にハリケインが3回も襲い、またトミーの家は火事で全焼しました。おまけに心臓発作のためにバイパス手術を受け、このところ車いすを使っているようですが、アルバムを聞くと彼の歌声には人生経験による説得力が溢れていて、そのカントリー・ソウルとでもいうものからエルヴィス・コステロが受けた影響がはっきり分かります。

1曲でヴァン・ダイク・パークスがピアノとアコーディオンで参加し、最近コンサートでトミーのバックを務めているジョン・クリアリーがオルガンを弾いている曲もあります。トミー自身がキーボードを弾く曲が数曲あり、その一つは『Another Saturday Night』でも歌っていたボビー・チャールズの曲(ファッツ・ドミノがオリジナル)「Before I Grow Too Old」があります。

長い真っ白なヒゲを伸ばした82歳のトミーが歌う、〈あまり年をとらないうちに楽しいことをいっぱいやっておこう〉という歌詞はちょっと苦笑いを誘うものですが、じわーっと来ます。

これは本当に嬉しい作品です。ぜひ聴いてください!

イラスト:山下セイジ
ピーター・バラカン
ピーター・バラカン ブロードキャスター

ロン ドン大学卒業後来日、日本の音楽系出版社やYMOのマネッジメントを経て音楽系のキャスターとなる。以後テレビやFMで活躍中。また多くの書籍の執筆や、音楽イヘ...

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