ポーランドのサンタはあわてんぼう? ショパンも引用したクリスマス・キャロルを歌ってみよう
東京外国語大学大学院修士前期課程修了。ワルシャワ大学音楽学研究所に政府給費留学(2001~03年)。ポーランドの舞曲やモニューシュコを研究。訳書 『ショパン家のワルシ...
今年も残すところあとわずか。ということで今回はポーランドのクリスマスを特集します!
カトリック教徒が9割以上を占めるポーランドでは、年末のクリスマス(Boże Narodzenie/ボジェ・ナロヅェニェ、神の誕生の意)と春の復活祭が一年の中でもっとも大切な祝日です。ポーランド人たちはどんなふうにクリスマスをお祝いするのでしょうか?
ポーランドにはサンタさんが早くやってくる?!
ポーランドでは、朝目を覚ました子どもたちがベッド脇に吊るした靴下の中や枕元にプレゼントを発見するのは、なんと12月6日! この日がサンタクロースのモデルとなった実在の聖人ニコラウスの日(ポーランド語では聖ミコワイの日)にあたることから行なわれるようになったMikołajki(ミコワイキ)と呼ばれる風習です。(ちなみに、ショパンの父ミコワイもこの日に「名の日」をお祝いしていました。)
イヴの食事は一番星が出るまでおあずけ?
クリスマス・イヴはポーランド語でWigilia(ヴィギリア)と呼ばれ、朝からヴィギリアの特別なディナーのために準備をします。テーブルには白いクロスをかけ、その下には藁を忍ばせます。12種類の料理を並べ、実際にテーブルにつく人数分よりも一つ多く席を用意するというのがヴィギリアの伝統的な食卓です。
キリストの誕生を待つこの日は何も口にせず禁欲的に過ごし、ディナーの開始は一番星が出てから、とされていますが、冬至に近いこの時期は15時頃にはもう外は暗く、星が空に瞬き始めるのもそう遅い時間ではありませんのでご安心を!
ヴィギリアにはお肉を食べない習わしで、食卓には鯉やニシンなどの魚料理、きのことザワークラウトの具を詰めたピェロギ(pierogi/ポーランド風水餃子)やバルシチ(barszcz/ビーツを使ったまっ赤なスープ。ボルシチとは違う)などが並びます。
クリスマスは25日と26日の2日間!
ポーランドでは12月25日と26日の2日間がクリスマスの祝日です。人々はヴィギリア(平日)を含め数日間の休みを取り、こぞって帰省して、家族や近親者が一堂に会しご馳走いっぱいのテーブルを囲みます。まさに日本のお正月と同じですね。クリスマス当日からはお肉も解禁、ビゴス(bigos/さまざまな肉とザワークラウトを主な具材とした煮込み料理)をはじめとする伝統料理や、マコヴィエツ(makowiec/けしの実を大量に練り込んだケーキ)などのスイーツが所狭しと並びます。
……ちなみに年末年始は、大晦日に友人たちと年越しパーティ、1月1日(この日はポーランドも祝日)は徹夜明けの寝正月といった若者も多いですが、翌2日からは会社も学校も始まって、何事もなかったかのように日常生活が戻ります。
そんなポーランドのクリスマスをもっとも象徴する素敵な瞬間だなぁ、と筆者が思うのは、ヴィギリアのディナー前に行われる願いごと交換のセレモニーです。集った家族や親しい友人たちが二人ずつ向かい合って、真っ白くて薄い「オプワテク(opłatek)」と呼ばれるウエハースのようなパンの両端を持ち、それを二つに割りながら、お互いに相手の幸せや健康、人生の成功などを祈りあうのです。
クリスマス気分を高めてくれるポーランドのクリスマス・キャロル「コレンダ」
そして、その親密で少し厳かで、かつ喜びに満ちた雰囲気をさらに高めるのが、みんなで歌う「コレンダ(kolęda)」。ポーランド語でクリスマス聖歌を意味します。国外ではほとんど知られていない独自のクリスマスキャロルが、ポーランドには数えきれないほどあり(15世紀以来500以上ものコレンダが作られたと言われている。その中で現在広く歌われているのは十数曲ほど)、BGMとして街中で流れるだけでなく、クリスマス前後の期間にはいつでも誰でも、当たり前のように口ずさんだり、みんなで合唱したりするのです。
美しく親しみやすい旋律を持つものばかりのコレンダを、皆さんにも是非聴いていただきたく、ほんの数曲ですが、ご紹介したいと思います。
コレンダの王様、《Bóg się rodzi(神が生まれる)》
19世紀初頭に成立した比較的歴史の浅い曲ながら、もっとも代表的なコレンダだといって異を唱える人はいないでしょう。コレンダには、トリビア・ポーランド語編Vol.5でもご紹介したようなポーランドの民俗舞踊のリズムをベースに書かれているものが多く、この《Bóg się rodzi》にはポロネーズ調の音楽が付けられています。作曲者はよくわかっていませんが、勇壮かつ華麗な旋律が、発表当初からポーランド人の心を掴んだことは想像に難くありません。
ワルシャワの国立フィルハーモニー管弦楽団と合唱団の演奏。聴衆も一緒に歌っている。コレンダは教会で歌われる聖歌と違い、日常生活の場でも気軽に誰もが歌えるというのが特徴。
せっかくなのでポーランド語の歌詞も少しご紹介しましょう。一緒に口ずさめるように読みがなもふってみました。
Bóg się rodzi, moc truchleje,
ブク・シェン・ロヂ・モツ・トルフレイェ
Pan niebiosów obnażony,
パン・ニェビョスフ・オブナジョヌィ
Ogień krzepnie, blask ciemnieje,
オギェン・クシェプニェ・ブラスク・チェムニェイェ
Ma granice nieskończony:
マ・グラニツェ・ニェスコィンチョヌィ
Wzgardzony, okryty chwałą;
ヴズガルヅォヌィ・オクリティ・フファウォン
Śmiertelny król nad wiekami,
シミェルテルヌィ・クルル・ナド・ヴィエカミ
A słowo Ciałem się stało,
ア・スウォヴォ・チャウェム・シェン・スタウォ
I mieszkało między nami.
イ・ミェシュカウォ・ミェンヅィ・ナミ
ショパンが引用したことで有名な《Lulajże Jezuniu(おやすみ、イェス様)》
まずは是非、音源をお聴きください。
ポーランド国立マゾフシェ民族合唱舞踊団”Mazowsze”による録音。
どことなく、旋律に聞き覚えがありませんか? 特にショパンの音楽をよく知る方にとってはその印象が強いのではないでしょうか。この曲、実はショパンの《スケルツォ ロ短調》の中に引用されていることで有名なコレンダなのです。
ショパン:スケルツォ(第1番)ロ短調 op.20(ピアノ:クシシュトフ・クションジェク)。コレンダの引用は3分20秒頃から
ショパンが元ネタのわかる形で旋律を引用することは極めて稀なのですが、スケルツォの作曲に着手したのは彼が祖国を離れた後のこと。自分自身の郷愁もさることながら、風雲急を告げるワルシャワの状況や、そこに残る家族や心からの友人たちに思いを馳せる中で、かつて彼らとともに歌ったに違いないこのコレンダが、彼らの無事を願う祈りとともに自然と湧き出たのではないかと思えるのです。これも1番の歌詞だけご紹介しておきましょう。
Lulajże Jezuniu, moja Perełko,
ルライジェ・イェズニュ・モヤ・ペレウコ
Lulaj ulubione me Pieścidełko.
ルライ・ウルビョネ・メ・ピェシチデウコ
Lulajże Jezuniu, lulaj, że lulaj
ルライジェ・イェズニュ・ルライ・ジェ・ルライ
A ty go matulu w płaczu utulaj
ア・ティ・ゴ・マトゥル・フプワチュ・ウトゥライ
まずは2曲ご紹介しましたが、まだまだ素敵なコレンダがたくさんありますので、続きは待降節・降誕節の期間にポーランドで数多く開催される「コレンダ・コンサート」でお楽しみ頂ければと思います。
Vol.5「ポーランドの民族舞踊」の解説でもご紹介したポーランド国立民族合唱舞踊団「シロンスク(Śląsk)」によるコレンダ・コンサート。コンサートでは20曲近く歌われているが、中でもポピュラーなコレンダは次の通り…Wśród nocnej ciszy (夜のしじまに) 00:20〜、Dzisiaj w Betlejem (今日ベツレヘムで) 03:58〜、Gdy się Chrystus rodzi (キリストがお生まれになる時) 06:04〜、Gdy śliczna panna (愛らしい乙女が) 10:52〜、Tryumfy Króla Niebieskiego(天なる王の勝利) 18:44〜、Przybieżeli do Betlejem (ベツレヘムに駆けつけた) 30:26〜、Bóg się rodzi (神が生まれる) 47:24〜。
最後のおまけ、世界共通のクリスマス・ソング《きよしこの夜》
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