ポスト・ロックから入るポスト・クラシカル入門——アイスランドで交差するビョークやヨハン・ヨハンソンたち
1990年代の終わりから2000年代のはじめ、渋谷や高円寺のライヴハウスで日々轟音のフィードバック・ノイズを浴びていたという原典子さん。なぜかクラシック音楽ファンのための月刊誌「レコード芸術」編集部で働くことになり……そこでオーケストラの響きや現代音楽と出会って「つながった世界」。
このようにポスト・ロックの文脈からクラシカルなサウンドに興味をもつようになった人は多いかもしれない? ロックやエレクトロニカとクラシックが交差する世界を巡る「ポスト・ロック的クラシック案内」。シーンの最前線を知りたい好奇心旺盛なクラシック・リスナーの方もぜひどうぞ!
音楽に関する雑誌や本の編集者・ライター。鎌倉出身。上智大学文学部新聞学科卒業。音楽之友社『レコード芸術』編集部、音楽出版社『CDジャーナル』副編集長を経て、現在は子育...
ロックの拡大とポスト・クラシカルの誕生
ここ数年、クラシックのコアなフィールドでもよく耳にするようになった「ポスト・クラシカル」「ネオ・クラシカル」「インディ・クラシック」といった用語、なんとなく気になっている方も多いのではないだろうか。「ポスト」も「ネオ」も「インディ」も、従来までとは違うという、新たな潮流を示す言葉である。
実は、かつてロックの世界でも同じように新たな潮流が生まれていた。1990年代後半に隆盛を極めた「ポスト・ロック」である。
従来までのロックとは違う幅広い音楽を指す用語だが、とくに溺れるような耽美な響きを重視したり、トリッキーな変拍子を駆使したインストゥルメンタル志向の音楽を指してポスト・ロックと呼ぶことが多かった。
そんななか、1997年にイギリスのロックバンド、レディオヘッドの3rdアルバム『OKコンピューター』がリリースされる。のちのロック・シーンに多大なる影響を与えた金字塔ともいえるこのアルバムには、ポスト・ロックだけでなくエレクトロ、トリップホップ、ポピュラー、実験音楽など、ありとあらゆる要素がちりばめられ、これによってロックの領域はさらに押し広げられることとなった。
レディオヘッド:Paranoid Android(1997)
時を同じくして、アイスランドからシーンに躍り出たビョークやシガー・ロスも、ロックのファン層から絶大な支持を得ながらジャンルの境界線を融解させ、独自の境地を開拓していく。
ビョーク:hyperballad(1996)
シガー・ロス:Svefn-g-englar(1999)
すっかり前置きが長くなってしまったが、本日のお題である「ポスト・クラシカル」は、そのようなプロセスを経てロックが拡大し、脱ジャンル的なアプローチが定着した2000年代を背景に誕生した音楽である。
そもそもポスト・クラシカルとは、クラシックの楽器によるアコースティックなサウンドとエレクトロニカの手法を融合して作られた音楽で、ざっくり「クラシック+エレクトロニカ」などと説明される。ミニマル・ミュージックの影響を強く受けているのも特徴だが、加えて上述したポスト・ロック的な世界観を引き継いでいることも特筆しておきたい。
シーンの中心地、アイスランド
ポスト・クラシカルのアーティストは世界各地から登場しているが、シーンの中心地として挙げられるのが、極北の孤島アイスランドである。
長年にわたりビョークと仕事をしてきたヴァルゲイル・シグルズソンというプロデューサー/作曲家が、2006年に「Bedroom Community」というレーベルを立ち上げ、ニコ・ミューリーやベン・フロストらのアルバムをリリースした前後から、首都レイキャヴィークを中心にポスト・クラシカルのコミュニティが形成されていったのだ。
ポスト・クラシカル・シーンを語るうえで欠かせないヨハン・ヨハンソンとオーラヴル・アルナルズもアイスランド出身である。
ヨハン・ヨハンソンは2018年2月、惜しくも48歳という若さでこの世を去ってしまったが、オーケストラをはじめ生楽器の音にデジタル処理を施すことで生まれるアンビエンスのあるサウンドは、映像との親和性がきわめて高く、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『メッセージ』やジェームズ・マーシュ監督の『博士と彼女のセオリー』など、映画音楽の分野でも大きな足跡を残した。
アルバムとしては、2002年にイギリスのTouchレーベルよりリリースしたソロ名義のデビュー作『エングラボルン』や、2016年にドイツ・グラモフォンよりリリースした『オルフェ』で彼の音楽の真髄に触れることができるだろう。
ヨハン・ヨハンソン:By the Roes, and by the Hinds of the Field(2016)
一方のオーラヴル・アルナルズは、1986年生まれ。2007年にリリースしたデビュー作『ユーロジー・フォー・エヴォリューション』がシガー・ロスに絶賛され、彼らのツアーに帯同するなどして注目を集めた。ピアノやストリングスを中心とした、ひそやかなチェンバー・ミュージックともいうべきサウンドは、自宅のリビングで録音された『リビング・ルーム・ソングス』で味わうことができる。
クラシック・リスナーの間では、アリス=紗良・オットとのコラボレーション・アルバム『ショパン・プロジェクト』で彼の存在を知ったという方も多いだろう。2016年には、7週間にわたってアイスランドを旅して、その土地で出会ったアーティストたちとのコラボレーションから生まれた曲を収録した『アイランド・ソングス』をリリースしている。
オーラヴル・アルナルズ:Doria(2016)
「火と氷の国」の自然とコミュニティ
なぜアメリカでもヨーロッパでもなく、アイスランドがシーンの中心地なのか。
その理由はいくつかあるが、ひとつには「火と氷の国」が誇る豊かな自然が挙げられるだろう。火山と氷河に囲まれ、夏には太陽の沈まない白夜があり、冬にはオーロラが輝く——。
ヴィヴァルディが『四季』を作曲した時代から、いやもっと昔から人々は自然の美しさや脅威にインスピレーションを受けて音楽を作ってきたが、それは現代も同じ。静謐でありながらその奥にミクロの揺らぎを感じさせるポスト・クラシカルという音楽は、自然界の姿そのものだと感じる。
動画:アイスランドの風景 ※音楽はシーンのイメージと異なります
もうひとつの理由は、アイスランドという国土そのものの狭さ、人口の少なさにある。ゆえにクラシックもジャズもロックもエレクトロニカも実験音楽も、あらゆるジャンルのアーティスト同士が「友だちの友だち」レベルでつながる小さなコミュニティが形成され、アイスランドの音楽シーンはメルティング・ポット化した。その中から多種多様な音楽的要素を内包したポスト・クラシカルが生まれ、他ジャンルと交流しながら発展していったわけである。
そして近年、クラシックのフィールドでもアイスランド出身のアーティストが活躍している。
ピアニストのヴィキングル・オラフソンは、コアなクラシック・リスナーにも高く評価されるコンサート・ピアニストである一方、ヴァルゲイル・シグルズソン、ベン・フロストらポスト・クラシカル勢と『バッハ・リワークス』というバッハを再構築した作品を発表するなど、アイスランドの今を体現するような存在である。また、指揮者として注目を集めるダニエル・ビャルナソンは「Bedroom Community」に所属する作曲家でもある。
ヴィキングル・オラフソン:Prelude, BWV 855a(Valgeir Sigurðsson Rework)Bach Reworks(2018)
ヴァルゲイル・シグルズソン:Between Monuments(2012)
洗練されたサウンドとアートワークで若者層の支持を得ながら、素朴さとぬくもりを感じさせる手触りであらゆる人々の心の柔らかい部分に触れるポスト・クラシカルという音楽。アイスランドの音楽シーンともに、ぜひご注目いただきたい。
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