9月特集「秘密」~日本ヴァイオリンにきく

ストラディヴァリウスはなぜ高い? 天才ヴァイオリン職人が生み出した、世界に600挺存在する銘器の秘密!

読みもの
2019.09.27

世界中の音楽家、資産家やコレクターの垂涎の的であるストラディヴァリウス。近年では、2011年に震災復興支援として約12憶7000万円で落札された。何がストラディヴァリウスの価値をそこまで高めているのだろう? 古楽器の取引を中心に楽器商を営む日本ヴァイオリンの代表取締役社長、中澤創太さんにその秘密を教えていただきました。

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写真:各務あゆみ
お話を伺った人
中澤創太 株式会社日本ヴァイオリン 代表取締役社長
中澤創太
お話を伺った人
中澤創太 株式会社日本ヴァイオリン 代表取締役社長
父はバイオリン修復家、母はバイオリニストという音楽家系に生まれ、幼少から国際的に活躍する音楽家と触れ合いながら育つ。15歳で渡英。インターナショナルスクールに通うかた...
取材・文
山田治生 音楽評論家
山田治生
取材・文
山田治生 音楽評論家
1964年京都市生まれ。1987年、慶應義塾大学経済学部卒業。1990年から音楽に関する執筆活動を行う。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人 -ある日本人指揮者の...

ヴァイオリンの銘器と言えば、誰の頭にもまずストディヴァリウスが思い浮かぶに違いない。イタリア、クレモナの天才職人、アントニオ・ストラディヴァリ(1644不明~1737、“ストラディヴァリウス”はストラディヴァリのラテン語風の芸名である)がヴァイオリンなどの弦楽器を作っていたのは17世紀後半から18世紀前半にかけて。三百年の時を経た現在も、ストラディヴァリウスの銘器の人気は群を抜いている。そのあたりの秘密を株式会社日本ヴァイオリン代表取締役、中澤創太さんに訊いた。

日本ヴァイオリンは、1980年に、中澤創太さんの父、中澤宗幸氏によって創業された。ストラディヴァリウスなどのオールド弦楽器の販売・修復・管理を行ない、その売り上げはアジアでトップの実績を持つ。著名ヴァイオリニストたちからの信頼も厚く、彼らの銘器のメンテナンスも行なっている。

ストラディヴァリウスには愛称のついているものが多い。
「サン・ロレンツォ(1718年)」(左)はフランス王妃、マリー・アントワネットの専属ヴァイオリニスト、ジョバンニ・バッティスタ・ヴィオッティが所有していた。
「レッド・ダイヤモンド(1732年)」(右)はョージ・ハート(1839-1891)が所有していたストラディヴァリウス。見事な赤いニスの色合いに惚れ込んだ彼が「レッド・ダイヤモンド」と名付けた。

Q. ストラディヴァリウスはなぜ高価なのでしょうか?

――まず、ストラディヴァリウスの銘器が、ヴァイオリンの世界で圧倒的な存在感があり、ますます価値を高めているのはどうしてでしょうか?

中澤 受容と供給のバランスですね。アントニオ・ストラディヴァリの作った楽器は約600挺残されていると言われていますが、その600挺を音楽家、コレクター、音楽財団などが取り合うという状況になっています。しかも、新しい楽器の供給はないわけですから、価値は上がっていきます。また、楽器が一度、博物館や公益財団に入ってしまうと、もうマーケットには出てきませんから、市場に出ているストラディヴァリウスの希少価値は一層高まります。ストラディヴァリウスの価格は、オークションでの価格とプライベート・セールでの価格の推移で決まります。

中澤 創太(なかざわ そうた)
東京都生まれ。上智大学卒業後、電通を経て2014年から日本ヴァイオリン代表取締役社長。これまで手にしたストラディヴァリウスは70挺を超える。21挺のストラディヴァリウスがアジア史上初めて集結した『東京ストラディヴァリウス フェスティバル 2018』では実行委員長・代表キュレーターを務め、メインの展覧会で7日間で約13,000人を集め、世界的話題に。カーネギーホール・ノータブルズ ジャパン副会長。

中澤 ストラディヴァリウスは、今だから注目されているわけではなく、もともと銘器として知られ、王侯貴族が発注していました。ストラディヴァリの楽器はずっと需要があったわけです。

パガニーニ、ヴュータン、ヴィオッティ、イザイ、スターンなどなど、切れ目なく時代時代のヴァイオリンの名手に愛された楽器はストラディヴァリウスの他にありません。そのことも価値を高めています。

それから、600という数字が、少な過ぎず、多過ぎず、ちょうどいい数字なのです。たとえば、ゴベッティの楽器は素晴らしいにもかかわらず、数十挺しかないため、出回らず、存在を知られず、欲しいという人も現れない。売買もされない。600というのは、グローバルな販売が可能な絶妙な数字なのです。
弊社でいうと、ストラディヴァリやグァルネリの楽器は、1年に1、2挺のペースで需要があります。でもそれはもっとも少ない客層ですから、欧米も含めてグローバルな販売を行なっています。

アントニオ・ストラディヴァリ(1644?~1737)

――ストラディヴァリウスにもいろいろなものがあると思いますが、いかがですか?

中澤 ストラディヴァリウスにはずれはないですね。製作された時代によって、評価が違いますが。
ストラディヴァリウスには大きく3つの時期があります。まずは初期のもの。そのあと、師匠アマティから離れた挑戦時代には、完全を求めて、ボディの長さや幅を変化させたりします。そして黄金期。その完成された楽器は、ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」級の文化遺産ですね。93歳で亡くなるまでの晩年は、息子たちに助けてもらったりしましたが、力を振り絞ってヴァイオリンを作りつづけました。

もちろん、健康状態(=保存状態)の良いものは高いですね。ただし、弾かれていなかった楽器というのは音が眠っている状態にあり、良い音が出るまでに時間がかかります。楽器によっては、修復に4、5年かかることもあります。

最初のヴァイオリンが作られたのが1500年代、アマティが1600年代、と考えると、300年のストラディヴァリウスは古くないのです。ヴァイオリンは千年もつと言われている耐久性の高い楽器で、個々の楽器の音のピークがいつかはわかりません。

――ストラディヴァリウスも時代とともに改良が加えられたとききます。

中澤 コンサートの会場が王宮のサロンから大きなホールに変わるにしたがって、ヴァイオリンは弦の張力を上げるためにネックを取り替えて弦長を長くしました。しかし、ネックや指板は取り換えても、ボディの形は変わっていません。それにしても、ストラディヴァリが、後の時代の強い張力に耐えられるボディを既に作っていたことには驚くほかありません。

ヴァイオリンのスタンダード・モデルは、ストラディヴァリとグァルネリによって作り上げられました。ピアノ、その他の楽器が時代とともに大きな変化を遂げたのに比べて、ヴァイオリンだけ変わらないのはすごいことだと思います。やはり、ストラディヴァリウスのモデルが一番素晴らしいですね。

Q. ストラディヴァリウスかどうかは、どのように見分けられますか?

中澤 ストラディヴァリウスの特徴は人間の顔の特徴と同じで、ストラディヴァリウスかどうかは、私たちは見ればすぐにわかります。そのためには、ストラディヴァリウスを大量に見る必要がありますが。記憶力も大事ですね。私はそれらが写真のように頭の中で再現できます。

楽器の内部に製作者のラベルが貼られていますが、専門家はラベルを見ないで、楽器を見て判断します。ラベルはオリジナルのものもあれば、後に取り換えられたものもあります。

f字孔から見えるストラディヴァリウスのラベル

Q. ストラディヴァリウスの音は他のヴァイオリンと違うのですか?

――ストラディヴァリウスのなかでも特に良い楽器とはどのようなものですか?

中澤 ストラディヴァリウスを、その場で発している音だけでは判断しません。音の将来性、芯、密度を聴きます。そのためにいろんな場所で試し弾きをする必要があります。
「そば鳴り」と「遠鳴り」という言葉があって、そばでいい音がしていても音が飛ばないのが「そば鳴り」。ストラディヴァリはどちらかというと「遠鳴り」の楽器で、音の直線的なプロジェクションが素晴らしい。
ストラディヴァリウスは、音の飛び方が素晴らしいのです。密度の濃い音を大きなホールの最後列まで飛ばすことができます。

ストラディヴァリウスには、音の深さがあり、音楽家が出したい音を出してくれるという音楽表現力に優れています。ストラディヴァリウスの音をストラディヴァリウスに出させてあげたい、という人もいますね。まるでパートナーのようです。もちろん、その中でも、音の好みは音楽家によって違います。

Q. ストラディヴァリウスはどのように取引されるのですか?

――ストラディヴァリウス以外にはどのような楽器に人気がありますか?

中澤 1800年代のロッカやプレッセンダの楽器は需要があって、音楽家の評価が高いですね。それらは弊社でよく売れています。うちでは40年間、ストラディヴァリウスなどの希少性の高いもの、クオリティの高いものを一挺一挺選んで仕入れてきました。ストラディヴァリに続くスター選手たちがあまり知られていないのが残念です。

――日本ヴァイオリンでは、ヴァイオリニストに楽器の貸与もされているとききました。

中澤 世界には、アートを買ったり、スポーツ選手にサポートをしたり、社会貢献への意識の高い人がおられます。そういう社会貢献投資に興味を持ち、投資先を探している方にアプローチします。そしてクラシック業界とは関係のなかった人々にも販路を広げています。

一方、良いヴァイオリンを必要としている演奏家でもそれが高額で買えない人がいますから、私たちがパトロンの方やスポンサーさんを探して販売した上で、それを音楽家に貸与、管理しています。私たちは、ヴァイオリンだけでなく、買い手まで探すのです。多くの場合、楽器の所有者と使用者はイコールではありません。「日本ヴァイオリン・ブリッジ」という音楽家とスポンサーをつなぐ仕事を行なっています。

――そのような高価なヴァイオリンには保険がかけられているわけですね。

中澤 楽器の保険はご紹介しています。保険料は、オーナーさんが負担することがほとんどですが、演奏家が負担することもあります。うちでは、3か月に1度、レポート報告義務があり、工房に来てもらうことにしています。楽器が事故などにあったことは一度もなく、保険会社にとっては、うちは良いお客さんです(笑)。

――今、日本ヴァイオリンの工房では何人の方が働いているのですか?

中澤 今、4人が働いていて、新しい松本店で1人働きます。うちでは修復のプロを雇っています。ヴァイオリン製作者とは違います。ヴァイオリン製作の中心がイタリアなら、修復の中心はロンドン、そしてニューヨークです。修復とは歴史的文化遺産を遺すための作業であり、そういうものを扱う度胸と経験が必要ですが、うちの職人にはみんなあります。

日本ヴァイオリンのヴァイオリン工房

Q. どうしてストラディヴァリウスを凌駕するヴァイオリンは現れないのでしょうか?

中澤 まず材質でいうと、17世紀は小氷河期であり、この時代の木はものすごく真っ直ぐで目が詰まっていたのです。ストラディヴァリは、その小氷河期の木を使っていました。材質選びが完璧だったのです。時代的に、本当に運が良かったのですね。

次に、エイジングです。300年間エイジングされたこと。ただ置いておいたのではなく、偉大なヴァイオリニストに弾かれて300年経ったことですね。

そして、アントニオ・ストラディヴァリという天才がいたこと。すべての偶然が重ねって、今のストラディヴァリウスが完成している。つまり、奇跡なのです。

CTスキャンで寸法はコピーできても、楽器の再現はできないですからね。世の中の人々が新しいものを開発しようとしているなか、私たちはストラディヴァリに追いつこうと言っているのですよ。これはすごいことです。

私たちは古いものを変えない業界ですが、それと同時に、新しい販売ルートの開拓など、マインドはいつも最先端をいかないといけないと思っています。

サン・ロレンツォ(左)とレッド・ダイヤモンド(右)。レッド・ダイヤモンドは、ニスの赤い色が特徴的。
サン・ロレンツォの横板には、「栄光と富は、その家にあり」と書かれている。ストラディヴァリの直筆と言われている
2019年9月14日に新しくオープンした日本ヴァイオリン松本店。
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