リタルダンド:「遅くする」という意味の楽語、ラレンタンドとの違いは?
1993年生まれ、東京都出身。2022年、第1回ひろしま国際指揮者コンクール(旧:次世代指揮者コンクール)優勝。パリ地方音楽院ピアノ科、ミュンヘン国立音楽演劇大学古楽...
前回の記事では、テンポをだんだんと遅くすることを指す言葉のラレンタンドをご紹介いたしました。今回の記事でご紹介するリタルダンドも、同じく「テンポをだんだんと遅くする」という意味です。先に申し上げておきますが、どちらもほとんど同じ意味の言葉です!(笑)
でも、リタルダンドとラレンタンドに違いはあります。それはいったい何でしょう?
まず、語源からみていきましょう。リタルダンドはイタリア語で、遅くする、遅れるという意味の動詞ritardareの現在分詞です。ridardandoと書きます。元の形であるritardareは、ラレンタンドと同じく、tardareというほぼ同意義の動詞に、ri-という強調の接頭辞がついた言葉です。楽譜では、Rit.という略語も使われます。
リタルダンドという言葉が使われた時期は? これもラレンタンドとほぼ同じく、18世紀に使われるようになりました。しかし、新しい言葉が使われ始めたところで、すぐに普及するわけではありません。
では、作曲家が曲をだんだんと遅くしたいときは、どのようにして楽譜に書いたのでしょうか。18世紀の作曲家、モーツァルトの作品から例を挙げてみます!
モーツァルトが、道端で楽器を弾く人たち(村音楽師)をあざけ笑って書いた曲です(ずいぶんと意地悪ですね……)。
当時の村音楽師は、専門的な音楽の教育を受けた人たちばかりではなかったため、どうしても不器用さが目立ちます。例えば、途中で次に何を弾くかわからなくなってしまったり……。そこで、譜例の7小節目より注目してみてください。
この7~8小節目のフレーズが何回も繰り返される場面なのですが、次の9小節目では、倍の長さに、さらに次の12小節目ではそのまた倍に伸びていっているのがわかるでしょうか。これはまさに暗譜が飛んでしまった、もしくは楽譜のどこを弾いているかわからなくなり、演奏者が「あれ?次何弾くんだっけ……どうしよう……」と混乱してだんだんゆっくりになってしまっている場面を描いています。
ここでは、リタルダンドと書かれず、音の長さをだんだん長く書くことによって、だんだん遅くなっているように聴かせているのです! ドイツ語ではausgeschriebene Ritardando、もしくはauskomponierte Ritardando(音価によって表されたリタルダンド)と言われます。
この手法は、19世紀の作曲家ベートーヴェンも、自身の作品で何度も用いています。
次に、リタルダンドの初期の定義をみてみましょう! 作曲家で音楽学者のテュルクは、1782年に「リタルダンドは、だんだんとテンポを遅らせることである」と、はっきり記しています。そう、テンポを遅らせるのです。ラレンタンドは、疲れて眠くなったように遅くなる(もしくは遅くなってしまう)のに対し、あくまでも、リタルダンドは能動的に遅らせる、もしくは遅らせることを指していたのです!
時代が進むにつれて、ラレンタンドとリタルダンドの意味合いはほぼ同じになりましたが、元々はこんな違いがあったのです。
リタルダンドを聴いてみよう
1. モーツァルト:《音楽の冗談》KV522〜第4楽章
2. ベートーヴェン:ピアノソナタ第23番《熱情》 作品57 ヘ短調〜第1楽章
3. ベートーヴェン:序曲《コリオラン》 作品62
4. シューベルト:《精霊の踊り》D.494
5. シューマン:《子供の情景》作品15〜第4曲「おねだり」
6. ブラームス:交響曲第2番 ニ長調 作品73〜第1楽章
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