読みもの
2024.03.29
五月女ケイ子の「ゆるクラ」第12回

作曲家は見た目が9割!? 見た目から紐解く作曲家の人と音楽性~ワーグナーとブルックナー編

クラシック音楽に囲まれる家庭環境で育ったイラストレーターの五月女ケイ子さん。「ゆるクラ」は、五月女さんが知りたい音楽に関する素朴な疑問を、ONTOMOナビゲーターの飯尾さんとともに掘り下げていく連載です。五月女さんのイラストとともに、クラシックの知識を深めましょう! 今回は作曲家の肖像画や写真をもとに、作品や性格を見ていきます。

イラスト・執筆
五月女ケイ子
イラスト・執筆
五月女ケイ子 イラストレーター/脱力劇画家

山口県生まれ横浜育ち。幼い頃から家にクラシックが流れ、ロックは禁止、休日には家族で合唱するという、ちょっと特殊な家庭で育つ。特技はピアノ。大学では映画学を専攻し映画研...

お助けマン
飯尾洋一
お助けマン
飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

この記事をシェアする
Twiter
Facebook

作曲家の見た目を観察して妄想し、音楽を紐解いていくシリーズ、最終回の今回は、かなりインパクトのある見た目でお気に入りの二人、ワーグナーとブルックナーを観察していきたいと思います。

続きを読む

ワーグナーの顔ににじみ出る意志の強さ

まずは、ワーグナー。わー、すごい威圧感。絵に描いたような悪人顔ですね。こんな悪人顔は、今や時代劇の悪代官役ぐらいでしかお目にかかれなそう。実際、人間的にも最低との呼び声高い(!)彼ですが、自分大好き、威張り屋で、ライバルを蹴落としたり、借金を踏み倒したり、友人の妻を横取りしたり、国を滅亡に追い込んだりと、やりたい放題だったとか。それでもクラシックの歴史に芸術的なムーブメントを起こし、オペラを総合芸術に高めた自信、カリスマ性が彼の顔からは満ち溢れています。

リヒャルト・ワーグナー(1813~1883)

「何しろ、上演時間が5~6時間もあるオペラを作ってるんですよ」

え……!?

客にとっても演奏者にとっても、それってもはや修行ですよね。相当な自信家じゃないと、そんな修行は客にはさせられません。伊達にドSな顔つきはしてませんね、飯尾先生。

「でも、終わったあとには、観てよかったと思えるので、一度観てみてください」

ということで。とりあえず、4部構成、総上演時間15時間(!)の《ニーベルングの指環》を聴きながらこの原稿を描いています。冒頭から、お経のように同じ旋律を繰り返す導入部。長い。長いです。でも15時間ならたっぷりなのは当然と、覚悟を決めて受け入れている自分がいました。それに、物語を端折ることなく、登場人物と一緒に体感できる気がして、贅沢な気分になりワクワクしました。

ワーグナー:《ニーベルングの指環》

いろんなこと詰め込みたい。言いたいこと全部言いたい。そして、誰もやらないことをやりたい。それがこの音楽の長さに繋がったのか。彼の顔からにじみ出る途轍もない意志の強さが、有無を言わせぬ音楽を作り、王様の心まで虜にしてしまったのでしょう。

ちなみにルノワールが頼み込んで、なんと35分で描いたという肖像画は、写真のイメージとだいぶ違っていて、可愛らしい脱力感に思わずほっこりします。でも、よくみると、印象派の曖昧さに埋もれていた眉の厳しさ、瞳の鋭さが掘り起こされ、ワーグナーの無言の威圧感が伝わってくるようです。

(え? めっちゃ不機嫌? どうしよう。可愛く描いたら怒られる? ちょっと怖くする?)

優しさと威厳が戦っているこの絵には、ルノワールのそんな苦悩が感じられる気がして、また味わい深いです。

ルノワール《リヒャルト・ワーグナー》(1882年、オルセー美術館蔵)

すべてを達観したようなお顔のブルックナー

それでは、ブルックナーを見てみましょう。

なんでしょうか。この、悟りを開いた仙人を思わせる佇まいは。それに、世を達観したようなピュアな瞳。今にも宙に浮きそうな神秘性にひれ伏しそうです。

「彼の作品には、巨大な構築性、そして、崇高なドラマがあるんですよ」

ブルックナーを語り始めると熱くなる先生。知的なおじさまたちを虜にする宇宙を感じさせる音楽にふさわしい風貌といえましょう。

しかし、実は気が小さく、友人たちにダメ出しされて自信をなくし、もうやめようかと思い悩んだり、どんどん曲を作り直したりして、結局成功を得たのは、60歳をすぎてから。砂の数を数えるのが好きという彼の人生そのものが修行だったのかもしれませんね。

見た目ではまるで正反対ですが、ブルックナーはワーグナーのことを敬愛していて、ワーグナーに曲を献呈しようと家を訪れた際にビールを振る舞われ、緊張のあまり酔っ払ってしまったとか。個人的には、ワーグナーと飲んだら、武勇伝や音楽論を延々語られそうな気がするので、何か用事を作って断りたいですが、彼の「交響曲第7番」の第2楽章は、体調の思わしくないワーグナーを思いながら書かれ、第3楽章は、作曲の途中で亡くなったワーグナーへのレクイエムとして書き直されたものなのだとか。「神」に捧げるために曲を作ったといわれるブルックナーにとっての神とは、ワーグナーだったのでしょうか。

ブルックナー:交響曲第7番第2楽章

お風呂で第7番の第2楽章を聴いてみましたが、美しく悲しい旋律。さらに盛り上がりそうで盛り上がらないまま焦らされ続けたあとの爆発的な盛り上がりに「きたーっ!」と心が躍ったのと同時に、サウナから出たような爽快感を感じることができました。出産前に軽い陣痛が1週間続いたとき、ついに赤ちゃんが出てきた瞬間に感じた爆発的な感動と似ていました。ブルックナーの音楽の砂粒のような微細な変化がわかるようになれば本当の大人になれそうな気がします。

2人の周りに媚びない、個性的な見た目は、だからこそ、今もなお人々を熱狂させる音楽を生めたのだと思います。部分的に少しずつ、2人のいいところがもらえたらありがたいです。ワーグナーの怖い顔で人々を怖がらせたら、文句を言われづらくなりそうだし、ブルックナーのようにすべてを達観したような顔をしていれば、それだけで一目置かれそうです。ものすごく大きい絵を10年くらいかけて描きあげたら、自然と2人のような見た目になっているかもしれないので、いつか挑戦してみたいです。

イラスト・執筆
五月女ケイ子
イラスト・執筆
五月女ケイ子 イラストレーター/脱力劇画家

山口県生まれ横浜育ち。幼い頃から家にクラシックが流れ、ロックは禁止、休日には家族で合唱するという、ちょっと特殊な家庭で育つ。特技はピアノ。大学では映画学を専攻し映画研...

お助けマン
飯尾洋一
お助けマン
飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ