映画『サスペリア』で不安な気持ちを掻き立てるトム・ヨークのピアノのメロディ
『君の名前で僕を呼んで』で世界中の映画ファンを魅了したルカ・グァダニーノ監督の最新作は、『エクソシスト』『オーメン』と共に世界三大ホラーと並び称される『サスペリア』の再映画化である。「アートテロ」とも称される、そのあまりに大胆な解釈にベネチア映画祭は賛否両論の嵐で騒然となった。
またレディオヘッドのトム・ヨークが初の映画音楽として参加していることも多いに話題となっている。
果たしてルカ・グァダニーノ監督の企みとはいかなるものであったのだろうか?
音楽ともども強烈なインパクトだった旧『サスペリア』
「どうやら『サスペリア』がリメイクされるらしいぞ……」 そんな噂が僕たちホラー映画ファンの間に流れ、誰もが期待と、そして大きな不安を抱えていた。
『サスペリア』と言えばイタリアの巨匠ダリオ・アルジェントの傑作ホラー映画である。 いや、単なる傑作映画というだけではなく『エクソシスト』『オーメン』と共にホラーという文脈を作りあげた伝説の作品である。 すでに多くのカルト的信者がいる伝説に手を出すということは、一歩間違えば大変な批判を受けてしまう。
『サスペリア』のオリジナルの公開は1977年。 「決してひとりでは見ないでください」 という物々しい宣伝文句がテレビで流れるだけで、幼かった僕らは震え上がった。 やっと中学になり、映画館の企画上映で初めて実際の『サスペリア』を観た僕らは衝撃を受けた。 極彩色に彩られた画面。次々と殺されていく美女たち。たたみかけるような残虐描写。恐ろしげな魔女の秘密。 そして何よりも、延々と繰り返し心をかき乱すメロディ。 ひっそりと映像に寄り添うべきサウンドトラックが、これでもか! というように前面に押し出されていた。 ベルのような鍵盤で繰り返されるメロディ。怪しい吐息が混じり「ボニョン」という妙なトーキングドラム。ブズーキやタブラなどの民族楽器がリズムを刻み、ムーグシンセサイザーのきらびやかな音が重なる。まるで呪術そのものの様な電子音楽。 鑑賞後には脳の一部がしびれ、果たして自分が今見たものは何だったのか理解できずに、ただ物悲しいメロディーだけが頭をぐるぐると巡っていた。 これこそが、ホラー映画音楽の歴史に名を残したイタリアン・プログレッシブ・ロック・バンド【ゴブリン】による『サスペリア』のサントラであった。
果たして、その圧倒的な世界観をルカ・グァダニーノ監督はいかにして再構築するのであろうか? そして音楽は誰がやるのか? そんな疑問は期待より不安の方が正直勝っていた。 だがしかし 「新作サスペリアはトム・ヨークが音楽を手掛けるらしい」 との噂を聞いた時、驚きと共に不安より期待の方が大きくなったのだ。
トム・ヨーク。 ポスト・ロックの雄、レディオヘッドの中心的存在。 いや、もはやロックの枠に留まらず、現代音楽、電子音楽、においても最重要人物と言ってもいいのではないだろうか? そんな人物が初めて手がけるサントラとなると、嫌が応にも期待は大きくなってしまう。
映画の骨子はオリジナル版とほぼ変わらない。 1977年、ベルリンを拠点とする世界的に有名な舞踊団“マルコス・ダンス・カンパニー”に入団するため、アメリカ・ボストンからやってきたスージー・バニヨンはカリスマ振付け師マダム・ブランに見初められ重要な演目のセンターに抜擢される。 しかしその背後で不可解な出来事が頻発。ダンサーたちが次々と失踪していき、やがて舞踊団に隠された恐ろしい秘密が明らかになっていき、スージーの身にも危機が及んでいた。
主人公のスージーを演じるのは、官能的な演技で世界的大ヒットとなった『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』でハリウッドトップスターとなった、ダコタ・ジョンソン。 舞踊団を仕切るカリスマ振付け師のマダム・ブランにはアカデミー賞受賞女優のティルダ・スウィントン(3役)。 また世界的モデルとしても活躍するミア・ゴスや『キック・アス』で鮮烈的印象を残したクロエ・グレース・モレッツが舞踊団の同僚ダンサーを演じている。 そしてダリオ・アルジェントのオリジナル『サスペリア』にて主役スージーを演じたジェシカ・ハーパーが出演していることにも大いに注目したい。
恐怖? 芸術? ポルノ?……一言では表現できない
待ちに待った試写会当日、終演後の観客は誰もが席を離れがたいようだった。 僕もその一人だった。 多少の設定変更はあったものの、ストーリーは確かに『サスペリア』であった。 だが果たしてこれはホラーと呼んで良いのだろうか?
「前作へのリスペクト溢れる、究極のトリュビュートだ」(Time Out) 、「これはリメイクではなく、再構築だ」(HighDef Digest) 、「これは狂気の沙汰だ」(AV Club) ……各紙のレビューでも絶賛しつつも戸惑いが見れる。
オリジナル版では物語の整合性よりも映像的なショックを優先させていた印象があるが、今回は陰に隠れていた設定を丁寧に描いている印象があった。 前作が殺人そのものを映画いているとしたら、今回は作品自体が何かの呪文のような印象を受ける。 これは果たして恐怖映画? 芸術? もしかするとポルノだったのかもしれない。
美しく残酷な世界に寄り添うトム・ヨークの音楽
注目していたトム・ヨークの音楽だが、結果的に最高の組み合わせであったと感じた。 旧作の『サスペリア』の中で被害者の受ける残虐な痛みを観客にも疑似体験させるようなゴブリンの暴力的な音楽の使い方に比べ、トム・ヨークの音楽は映像に寄り添うようなオーソドックスなサウンドトラックであった。
「台本を読み、登場人物をイメージして、ピアノでスケッチを作っていった。 映画を通して繰り返されるメロディはもともとピアノで短時間で作曲したものだった。 その後撮影が始まってフィルムが送られてくると、最初のシンプルなアイデアを発展させていった。基本的にはエンニオ・モリコーネのやり方と同じだ」 とトム・ヨーク本人も語っている。
美しくも不安を感じさせるピアノの旋律。 現代音楽もエレクトロミュージックも通過した電子楽器にからむトムの切ない歌声。
「(1977年のベルリンが舞台であることから)最初にクラウトロックのことが思い浮かんだし、自分が大好きなその当時のドイツの音楽もそれ以前のドイツの音楽の要素もこの作品には入っている」(トム・ヨーク談)
代表的なドイツ料理のザワークラウト(キャベツの漬物)から取られた「ドイツ人のロック」という意味のクラウトロックは、1960年代末から登場し、実験的なサウンドを追求し、現在のプログレッシブ・ロックやエレクトロ・ミュージックの基礎にもなっている。
ミニマル・ミュージック的な反復を特徴としたクラウト・ロックには「タンジェリン・ドリーム」「グル・グル」「カン」「ノイ!」「クラスター」「ファウスト」「クラフトワーク」などがある。 これらのクラウトロックにトム・ヨーク自身が影響を受けたことは有名である。
「劇中曲『Has Ended』は、僕が大好きなカンやファウストのアルバムなどを参考にして作ったとても長いピアノの音源が元になった曲だ。ベルの音やボーカルのメロディーが僕にはすでに聴こえていた。 この曲を書いている前後に、トランプが大統領になってから初の演説を行った。歌詞はとても政治的だ。映画の中に兵隊が行進しているシーンがあり、それが全てと繋がって『もう二度とこんな間違いを犯さない。もう二度とこんな間違いを犯さない』というフレーズが生まれた」 そう語るトム・ヨーク。
1977年という極左テロに揺れていたベルリンを舞台にした新生『サスペリア』 そこに流れる「もう二度とこんな間違いを犯さない」というトム・ヨークの静かな歌声は政治的でありながらも、人知を超えた力に翻弄された登場人物たちの気持ちを語っているようでもある。
新たな解釈によって生まれ変わった『サスペリア』 登場人物たちの残酷な運命と、あまりに美しい映像美。 そして物語にそっと寄り添うトム・ヨークの音楽を是非劇場で体感して欲しい。
1977年、ベルリンを拠点とする世界的に有名な舞踊団<マルコス・ダンス・カンパニー>に入団するため、スージー・バニヨンは夢と希望を胸にボストンからやってきた。初のオーディションでカリスマ振付師マダム・ブランの目に留まり、すぐに大事な演目のセンターに抜擢される。そんな中、マダム・ブラン直々のレッスンを続ける彼女のまわりで不可解な出来事が頻発、ダンサーが次々と失踪を遂げる。一方、心理療法士クレンペラー博士は、患者であった若きダンサーの行方を捜すうち、舞踊団の闇に近づいていく。やがて、舞踊団に隠された恐ろしい秘密が明らかになり、スージーの身にも危険が及んでいた――。
出演:ダコタ・ジョンソン、ティルダ・スウィントン、ミア・ゴス、ルッツ・エバースドルフ、ジェシカ・ハーパー、クロエ・グレース・モレッツ 他
監督:ルカ・グァダニーノ『君の名前で僕を呼んで』
音楽:トム・ヨーク(レディオヘッド)
Artist : Thom Yorke (トム・ヨーク)
Title : Suspiria(Music for the Luca Guadagnino Film) サスペリア(ミュージック・フォー・ザ・ルカ・グァダニーノ・フィルム)
Cat No : XL870CDJP Price : ¥2,200 (+Tax) Label : XL Recordings / Beat Records
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