読みもの
2022.06.17
特集「音楽とテクノロジー」

ブラームスは新しいテクノロジーには目がなかった! 蓄音機と電気照明に意気揚々

最新技術に積極的だった作曲家というと、誰を思い浮かべるでしょうか……? 意外にも、ブラームスは新しいものに敏感で、目がなかったのです! 蓄音機と電気照明に触れたブラームスの様子を、大井駿さんが紹介します。

大井駿
大井駿 指揮者・ピアニスト・古楽器奏者

1993年生まれ、東京都出身。パリ地方音楽院、ミュンヘン国立音楽演劇大学古楽科、ザルツブルク・モーツァルテウム大学ピアノ科・指揮科卒。2018年度ヤマハ音楽奨学支援制...

アドルフ・メンツェル《圧延機》(1872~1875年)

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音楽に対しては保守的だけど新しい技術には興味津々

ブラームスよりも前の時代の音楽(古典派音楽)は、「理性が大事!」とされていたので、いわゆる形式にのっとって書かれていました。ブラームスの時代(ロマン派音楽)になると、「理性的な音楽よりも、感情やファンタジーの世界が大事!」という動きが生まれ、さまざまな作曲家がそれまでの形式を破った作品を生み出しました。そんななかでもブラームスは「いや、やっぱり伝統は大事!」というスタンスで、形式を重視した作品を残しています。

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ただ、ブラームスが生きた19世紀の世界は、まさに産業革命によってさまざまな技術が生まれ、工業化が進んだ時代です。次から次へと新しいテクノロジーが生活を彩り始めたのです。そして、音楽に対しては保守的だったブラームスですが、なんと新しい技術には誰よりも興味があった作曲家だったのです!

ブラームスの友人ヴィートマンは、そんな彼の様子を次のように語っています。

ブラームスは、大発明の時代に生きる幸運を感じ、電気やエジソンの蓄音機など、近代文明の驚異は最大級に賞讃していた。

『ブラームス回想録集第3巻 ブラームスと私』(音楽之友社、2004年)p. 77

そんなブラームスの一面を見てみましょう!

友人ヴィクトール・フォン・ミラーと肩を組んで写真にうつるブラームス (1894年撮影)
©︎MeinBezirk.at

蓄音機で初めて自分の演奏を録音するときに緊張してしまったブラームス

自分が演奏した音を、あとからゆっくり聴けるなんて、一昔前までは夢のような出来事でした。それを実現させたのが、トーマス・エジソン。1877年に蓄音機を発明したエジソンは、改良を繰り返し、1888年に商品化します(当時の商品名はPerfected Phonograph)

自身が発明した蝋管蓄音機を聴くエジソン(1888年)

翌1889年、ブラームスは、エジソンのセールスマンがウィーンで行なった、蝋管蓄音機の実演を目の当たりにし、クララ・シューマンへ次のように書き送っています。

何度も(録音を)聴かせてもらって、いい気持ちになりました。(中略)まるでおとぎの世界にいるみたいです。明日の夜、フェリンガー博士宅に蓄音機が持ち込まれます。君もこちらに来て、一緒に聴ければどんなに楽しいか。

『ブラームス回想録集第2巻 ブラームスは語る』(音楽之友社、2004年)p. 259

フェリンガーはブラームスの友人で、ブラームスは友人宅に持ち込まれた蓄音機で自身のピアノ演奏を録音したのです! 演奏された曲は、自身の《ハンガリー舞曲第1番》と、ヨゼフ・シュトラウスのポルカ《とんぼ》作品204による即興。

しかしこのとき、ブラームスは新しいテクノロジーを目の前に、ものすごく緊張していたそう。あまりに緊張しすぎて、まだ準備が整っていないにもかかわらず、演奏を始めてしまいます。そのため、《ハンガリー舞曲第1番》の演奏は、最初の数小節がうまく録音に入っていません。たしかに残念ではありますが、逆に言えば、とても人間的なブラームスに触れられる瞬間なのです……!

ブラームスが演奏するヨゼフ・シュトラウス:ポルカ《とんぼ》作品204

友人のサプライズで感激した電気照明

前述の通り、ブラームスは新しい技術には目がありませんでした。その事実は、周りの友人たちの間でも有名な話でした。

そこで1892年、友人のフェリンガーはブラームスを驚かせるために、ウィーンのブラームス宅に電球を設置することにしたのです! ブラームスが食事へ出かけたスキに、フェリンガーは数人がかりで配線作業を終え、電球を設置。明かりをつけたままブラームスが帰ってくるまで待機します。まさに、ドッキリ企画ですね!

個人宅に電球なんて設置されることのなかった時代。ブラームスが帰宅するや否や、相当喜んだようで、その様子は次のように語られています。

ブラームス先生は、何だか子供みたいに電気照明を喜んでおられました。(中略)昨夜はお出かけの予定でしたのに、ずっと家におられて、家中全部の電灯に一晩中、煌々と明かりをつけておられました。誰もいない部屋もです。先生がこんなに喜ばれたことは、なかったと思います。

『ブラームス回想録集第2巻 ブラームスは語る』(音楽之友社、2004年)p. 263

ほかにも、鉄道開通と同時にその沿線に別荘を借りるなど、生活を豊かにするテクノロジーには真っ先に飛びついていました。そして写真を撮ってもらうのも大好きでした。

さらに、ブラームスの常に情報をアップデートする能力は、ほかの分野にも活かされていました。彼は資産運用をするべく、投資も行なっており、世界情勢に目を光らせては株の売買をしていたそう。実は私たちとブラームスの感覚は、思っているよりも相当近いのかもしれません!

ブラームス回想録集 全3巻
『ヨハネス・ブラームスの思い出』、『『ブラームスは語る』、『ブラームスと私』
音楽之友社、2004年
大井駿
大井駿 指揮者・ピアニスト・古楽器奏者

1993年生まれ、東京都出身。パリ地方音楽院、ミュンヘン国立音楽演劇大学古楽科、ザルツブルク・モーツァルテウム大学ピアノ科・指揮科卒。2018年度ヤマハ音楽奨学支援制...

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