読みもの
2023.02.16
川口成彦の「古楽というタイムマシンに乗って」#9

新しい曲への挑戦、審査員の助言、仲間との出会い……数々の学びが詰まったコンクール

第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクールで第2位入賞された川口成彦さんが綴る、「古楽」をめぐるエッセイ。同コンクール第2回が開催される来年10月まで、古楽や古楽器に親しみましょう!

川口成彦
川口成彦 ピアノ・フォルテピアノ・チェンバロ奏者

1989 年に岩手県盛岡市で生まれ、横浜で育つ。第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール第2位、ブルージュ国際古楽コンクール最高位。フィレンツェ五月音楽祭や「ショパン...

アニマ・エテルナの弦楽器の皆様と共演したブルージュ国際古楽コンクールのファイナル。ブルージュのコンセルトヘボウにて(2016年)。

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コンクールでは自分自身の成長を促すことができる

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2000年にユンディ・リが18歳という若さでショパン国際ピアノコンクールに優勝したことは当時大きなニュースとなり、小学6年生だった僕は彼に影響を受けて「ピアノ頑張るぞ!」と思っただけでなく、中国語の入門書まで手に入れたりしました(笑)。彼の登場で「コンクール」というものの存在が僕の頭に大きく刻まれ、著名奏者たちに憧れながら、中学からコンクールに挑戦し始めました。それまで純粋にただ楽しくピアノを弾いていたので、初めてのコンクールでは同世代の方々のレベルの高さに圧倒されて、悔し涙を流した思い出があります。

「将来演奏家として食べていきたい」という「職業」としての理想を追い求めると、コンクール入賞は音楽家を志す人たちにとって大きく立ちはだかるものかもしれません。しかし、それとは関係なく世の中に見出される神に選ばれし天才もいますし、コンクールに囚われずに自分の音楽を熱心に発信し続けることで人々に認められていく方もいます。

僕は自分の将来をなんとなく思い浮かべながら、特に20代の頃にコンクールに積極的に参加しました。コンクールが数多とある今、その意義について悩んだこともありましたが、自分を成長させてくれるものと強く感じていたので、結果に関わらずコンクールと有意義に向き合えたと思います。

ブルージュ国際古楽コンクールの予選。市庁舎にて。(2016年)

古楽の分野にもいろいろなコンクールがありますが、その専門色ゆえに世間に広く知られていないものが多いと思います。なかには古楽関係者の内輪で盛り上がるだけのものもあれば、参加者が集まらずに中止になったものもあります。それでも「古楽を盛り上げたい!」という主催者の熱い思いが詰まった素敵なコンクールばかりです。

ブルージュ国際古楽コンクールでの入賞

僕は自分の師である小倉貴久子先生が優勝した歴史あるブルージュ国際古楽コンクールでの入賞を目標に学生時代を過ごし、2016年に優勝はできなくとも「1位なしの2位」という結果を得ることができました。

しかし、亡き祖父が話題提供した岩手日報を除いては新聞で取り上げられなかったように、自分にとっての「偉大な古楽器奏者が数多く巣立ったあの格式あるブルージュのコンクール」は、世間にとっては「あ、そういうのがあるんですね」という具合でしかないのが現実でした。

ブルージュのコンクールの賞状

その入賞後の演奏活動の多くは、自主企画公演や友人が誘ってくださったものでしたが、それによってモーツァルトが1781年にウィーンに渡ってから「予約演奏会」という自主公演をひたむきに行なっていたことに思いを馳せました。当たり前のことですが、「音楽家に大切なのは経歴ではなくて音楽への情熱なのだ」と、それ以前よりも身に沁みて感じました。そして、自ら動き出さなければ何も始まらないことも学ぶことができました。

ところで、ブルージュのコンクールでは「Outhere Music Prize」というOuthere Musicの所属レーベルからCDを出せる副賞を得ることができました。コンクールで入賞したこと自体よりもこの副賞としてリリースできたシューベルトのCDのほうが、自分のその後のプロモーションの助けになり、コンクールの主催者に感謝の気持ちでいっぱいでした。

審査員や参加者のさまざまな思考に触れる

さて、昔を振り返ると、古楽のコンクールを通じて学んだことどれもが今の自分を形成する大切な出来事だったと思えてなりません。馴染みのないレパートリーを深く勉強できたり、時代様式について審査員から大きな助言を得られたり、古楽器で現代音楽にチャレンジできたり、即興演奏のアイデアをほかの出場者から得られたり、協奏曲の演奏の機会を得られたり……勉強になったことが数え切れないほどありました。

古楽のコンクールではアカデミックな部分も重要なので、演奏技術よりも教養や思考回路が大きく問われることも多々あります。レベルの高いコンクールでは、脳みその違いが演奏の違いになっているということを如実に感じられたりします。

一流オーケストラの団員は指揮者に対して、How?(その表現を具体的にどのようにするのか)ではなく、Why?(なぜそのような表現になるのか)という問いを抱くことがあると聞いたことがありますが、古楽の演奏家もWhy?を常に演奏に問いかける存在であるべきです。だからこそ、コンクールを通じてさまざまなコンペティターや審査員の「思考」に触れられることは、僕にとって有意義でした。

コンクールで出会った大切な友人

コンクールには仲間との出会いもあり、僕にも友人と呼べる同業者が何人かできました。なかでもブルージュで2位を共有したロシア人のヴィアチェスラフ・シェレポフくん(愛称スラヴァ)は、自分とは違う「脳みそ」と共に、僕を何度も演奏で驚かせてくれた大切な同世代のフォルテピアノ奏者です。

ヴィアチェスラフ・シェレポフ

誕生日が1日違いの彼とは、オーストリアのクレムスエッグ城で開催された古楽器のアンサンブルコンクールに連弾と2台ピアノで一緒に参加したこともあります。入賞は逃しましたが、彼が住むハノーファーで練習合宿をしたり、コンクール中一緒の部屋で生活したり、とても楽しかったです。

彼は3月に遂にオランダのレーベルPiano ClassicsよりソロCDを出すそうです。1846年のエラールで録音したグリンカの作品集で、今から聴くのが楽しみで仕方がありません。スラヴァといつか日本で連弾と2台ピアノの演奏会を古楽器で行なうことは僕のささやかな夢です。

ヴィアチェスラフ・シェレポフ『グリンカ:ピアノ曲集』
川口成彦
川口成彦 ピアノ・フォルテピアノ・チェンバロ奏者

1989 年に岩手県盛岡市で生まれ、横浜で育つ。第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール第2位、ブルージュ国際古楽コンクール最高位。フィレンツェ五月音楽祭や「ショパン...

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