読みもの
2023.09.30
川口成彦の「古楽というタイムマシンに乗って」#16

管楽器の古楽器について〜音色の「質感」へのこだわり

第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクールで第2位に入賞された川口成彦さんが綴る、「古楽」をめぐるエッセイ。同コンクール第2回が開催される2023年10月まで、古楽や古楽器に親しみましょう!

川口成彦
川口成彦 ピアノ・フォルテピアノ・チェンバロ奏者

1989 年に岩手県盛岡市で生まれ、横浜で育つ。第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール第2位、ブルージュ国際古楽コンクール最高位。フィレンツェ五月音楽祭や「ショパン...

第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクールのファイナルより。
©︎NIFC

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古楽オケとの共演の思い出から

僕が初めて古楽器による室内楽形式ではない大型の管弦楽と共演したのは、2018年の第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクールの本選でした。グジェゴシュ・ノヴァーク指揮、18世紀オーケストラと演奏しました。

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前回の記事で話題にしたヴァイオリン属のピリオド楽器がもつガット弦の響きと、フォルテピアノの音色によるアンサンブルの愉しみに加えて、管打楽器のピリオド楽器との対話も最高に贅沢な時間でした。特にショパンの「ピアノ協奏曲 第2番 Op.21」の第2楽章の終盤にあるファゴットとフォルテピアノのデュエットにはうっとりしました。

古楽器ならではの素朴さや音色の温かみにどこか「人間らしさ」が感じられ、器楽アンサンブルというものが言葉を持たない状態での人間同士の魂の会話および対話であることを改めて思い出させてくれるようでした。このセクションだけでなく、すべての管打楽器のピリオド楽器の音色の「質感」が、弦楽器同様に作品の実態に直接大きく関わるものであり、その「質感」によってショパン自身が求めた作品の色合いや微妙なニュアンスが鮮やかに浮かび上がることはやはり感動的です。

第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクールの本選の演奏

ナチュラルホルンとブラームス

音楽において音の「質感」にこだわることは、「作品がどのように聴こえてほしいか」という重要な問題のキーになります。音律に関して書いた記事でも述べたように、マーラーは中全音音律が用いられなくなっている世の中を嘆いたそうですし、ブラームスは現代型のホルンが普及し始めている時代においてもナチュラルホルンの響きにこだわり、ナチュラルホルンを想定して「ホルン三重奏曲 op.40」を書いたほか、交響曲の演奏でもナチュラルホルンの使用を強く求めたそうです。

ピアノに比べてヴァイオリン属の楽器は歴史的に劇的な変動は遂げませんでしたが、管楽器はピアノのように、時代ごとに新しいアイデアが導入されながら変化してきました。現代のホルンの前身であるナチュラルホルンは、もともと管を巻いただけの楽器で、音階を自然倍音のみを使って出すという驚異的な楽器です。そして音程の調整は、手のひらをベルに差し込んで管への空気の通り道を音ごとに変化させることで実現されます。現代のホルンに比べるとナチュラルホルンは音が不均質であり、そういった新旧のホルンの性質の差はモダンピアノとフォルテピアノにおいても言えることでしょう。

1797年にパリで作られたナチュラルホルン

古楽器は「均質美」というある意味人工的なものとは無縁な存在であり、良い意味で不完全な人間らしいナチュラルさがあります。

ブラームスの時代にナチュラルホルンはドイツにおいて「ヴァルトホルン(Waldhorn)」すなわち「森のホルン」とも呼ばれていました(現在でもドイツでは昔の名残でモダンホルンに対しても「ヴァルトホルン」と呼ぶこともあるようですが)。そして、ブラームスはこの「ヴァルトホルン」を愛し、彼がホルンという楽器に求めた音の「質感」は、「森」に象徴される楽器本来の自然な響きにおいて見出されるものでした。

トゥーニス・ファン・デア・ズヴァールト、イザベル・ファウスト、アレクサンドル・メルニコフによるブラームスの「ホルン三重奏曲」の古楽器での録音

地球の環境変動と楽器の音色

昨年から何回かピリオド楽器による管楽器アンサンブルの団体であるレ・ヴァン・ロマンティーク・トウキョウの三宮正満さん、満江菜穂子さん、村上由紀子さん、福川伸陽さんとモーツァルトとベートーヴェンの「管楽器とピアノのための五重奏曲」を演奏する機会がありました。そしてピリオド楽器を通じた皆さんとの室内楽は、ガット弦とのアンサンブル同様に自然本来の姿に近い「音の体温」というものを感じられる時間でした。「音の体温」はモダン楽器にももちろんありますが、その発想自体古楽器の世界を知るまで僕の頭には浮かんで来なかったので、古楽器の温もりがその発想を僕に与えてくれたという感じです。

神奈川フィルハーモニー管弦楽団の音楽堂シリーズ「モーツァルト+」より
(2023年1月)
写真提供:神奈川フィルハーモニー管弦楽団

さて今回も実際楽器を演奏されている方にしか分からないことはあるので、クラリネットの満江菜穂子さんと、オーボエの三宮正満さんに質問を投げかけてみました!

Q1. 弦楽器においてガット弦はモダンの弦よりも多様な感情表現が可能で、自然に音が膨らんでいく「メッサ・ディ・ヴォーチェ」と、自然な音の減衰がしやすいそうなのですが、皆さんのそれぞれの楽器もモダン楽器ではなく昔の楽器のほうが感情表現は多彩で、自然な音の変化を作りやすいでしょうか。

満江 昔のクラリネットにおいても、ガット弦と同じことが言えると思います。昔の楽器のほうが、奏者の息使いがダイレクトに音になるように感じます。また、奏者がしっかりと息を入れてキーを操作すればある程度均等に音程や音質が並ぶモダン楽器に対し、昔のクラリネットは音による音色の違いがとても大きいです。モーツァルトやベートーヴェンなど、名作曲家たちは、その特色をとても巧みに利用して作曲しているので、当時の楽器で演奏すると、より色彩豊かな演奏ができるように感じています。 

Q2. ピアノはモダン楽器と古楽器で、演奏法がかなり異なります。皆さんの楽器も同様でしょうか。モダン楽器との大きな違いがあれば教えてください。息の量なども違ったりするのでしょうか。 

満江 まず、昔の楽器はキーが少ないので、運指が今より複雑です。それでもクラリネットは、C管、A管、B管など調によって持ち替えるので、他の木管楽器に比べて随分楽をしているとは思いますが……(笑)。

そして、音によって音色や音量、音程のクセが異なるので、息の量やアンブシュア(管楽器吹奏時における、口唇およびその周辺組織の状態一般をさす)をその都度変える必要があります。車に例えるなら、アクセルを踏むだけで進むオートマ車と、状況によってギアを変えないと停まってしまうマニュアル車の違いでしょうか……ちなみに私は自分で操縦する感覚が好きで、車もMT車にしたほどです。難しいとはいえ、これしかないと思えば、難しささえも楽しくなります。

右:現代のクラリネット(ビュッフェ・クランポンBuffet Crampon製、フレンチシステム)

中央:ハインリヒ・グレンザー(ドレスデン、推定1810年頃)

左:フィンガーヒュス(カッセル、推定1840年頃)

Q3. 僕は最近フォルテピアノにおいて、オリジナル楽器と復元楽器の音色の差について考えることが増えました。復元楽器の音がオリジナルのものと完全に一致しない根本的な理由の一つとして、木材やハンマーのフェルトの材質が現代と昔で大きく異なることが挙げられるでしょう。管楽器においても復元楽器とオリジナル楽器ではやはり違いはありますか。

三宮 もちろんあります。 バロック時代の木管楽器の多くはツゲでできていますが、当時のツゲと現代のツゲの材質が大きく違うことは問題となります。昔のツゲは生育に時間が十分にかかっていることで密度が高いのですが、現代のツゲは生育が速く、年輪の間隔が広い柔らかな材質になっています。そのため、現代のツゲで作られるような復元楽器はオリジナル楽器よりもスカスカで柔らかい音になると言えるでしょう。私は復元楽器の製作も行なっていますが、音色のことを第一に考えて、現代のツゲではなく高い密度の縞黒檀を使用したりします。

***

満江さんと三宮さんのお話、大変興味深いです。僕は車を運転しませんが、オートマ車とマニュアル車の違いもなんだかわかるような気がします(車を運転したことないのにわかった気になってすみません……)。それから現代と昔の木材の年輪によって音色が大きく変わることは、音楽に関わる方々は認識しておくべき重要な事柄でしょう。地球環境の変動が楽器にも大きく影響を与えていると思うと、音楽家としても地球環境について真剣に考えなければならないと思いました。良質な資源で作られた楽器の美しい音色は、着々と絶滅危惧種になっているのかもしれません。

川口成彦
川口成彦 ピアノ・フォルテピアノ・チェンバロ奏者

1989 年に岩手県盛岡市で生まれ、横浜で育つ。第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール第2位、ブルージュ国際古楽コンクール最高位。フィレンツェ五月音楽祭や「ショパン...

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