「ベートーヴェンはリファレンス」と語る名手フランソワ=フレデリック・ギィのピアノ
1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...
ラ・フォル・ジュルネのアーティスティック・ディクレター、ルネ・マルタンは、こう断言している。
「フランソワ=フレデリック・ギィが現代最高のベートーヴェン弾きであることを、私は確信しています」と。
フランソワ=フレデリック・ギィの弾き振りによる新譜『ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全集』
今から8年くらい前だろうか、ナントのラ・フォル・ジュルネの会場で、ギィの弾くベートーヴェンのピアノ・ソナタを聴いて感激したときのことを、昨日のことのように思い出す。
2016年に南仏のラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭を取材したとき、ギィのリサイタルは音楽祭全体のひとつのクライマックスだった。ルネ・マルタンは終演後に、ギィを中心に、明け方近くまで盛大なパーティを開いた。そこで私は、ギイとの会話の中で、彼がドストエフスキーやトーマス・マンの愛読者であり、ベートーヴェンとバルトークを直接結びつけて常に考えていることを知った。
昨年11~12月に来日した際には、ギィはわずか2週間ほどの間に、武蔵野市民文化会館で32曲のソナタ全曲演奏会ツィクルスを敢行したが、重心の低いどっしりとした響きで疾風怒濤のように演奏された「悲愴」、シェイクスピアの戯曲に出てくる亡霊の言葉のように神秘的な「テンペスト」など、どれも忘れ難い演奏ばかりだった。
ギィの弾くベートーヴェンのピアノ・ソナタ
ギィは、ベートーヴェンとは「音楽のアルファでありオメガである」、そして「référence(常に立ち返るべきもの、参照すべきもの)」であるといつも言う。
ギィはブラームスやリスト、あるいは現代作曲家のマントヴァーニやミュライユの演奏にも秀でているが、この「常にベートーヴェンに立ち返り、参照する」という態度が、彼の演奏を強くしているのだと思う。
そんなギィが、シンフォニア・ヴァルソヴィア(ラ・フォル・ジュルネのメイン・オーケストラでもある)と組んで、弾き振りによる最新の『ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全集』をリリースした。
どの曲も熱い演奏が繰り広げられているが、特に興味深いのは、ピアノ協奏曲第4番で、第1楽章と第3楽章のカデンツァにブラームス作のものが採用されていることである。一瞬だけ、そこにブラームスが顔を出すことで、後世の作曲家たちにこれらの作品が与えたインパクトについて、想像できるのが面白い。
ギィの弾き振りによるピアノ協奏曲第4番 第1楽章、第3楽章
ギィは去る5月に予定されていたラ・フォル・ジュルネTOKYOにも来日が予定されていたが、惜しくも中止となった。その分も含めて、ぜひ耳を傾けたい全集である。
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly