読みもの
2021.08.09
林田直樹のミニ音楽雑記帳 No.43

伊東信宏さんの東欧音楽からの視点〜楽器や芸能・文化、旅などとの境界に迫る本

林田直樹
林田直樹 ONTOMOエディトリアル・アドバイザー/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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いま、クラシック音楽でもっとも面白い分野の一つに「東への視線」がある。

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パリやロンドン、ベルリンやウィーンを中心にするばかりではなく、中東欧の音楽へも関心を寄せていくこと。宮廷や教会だけを中心にするのではなく、ロマ(ジプシー)やクレズマー(ユダヤ伝統音楽の一種)などの周縁部・辺境の民俗文化にも比重を置こうとすること。

そのことで、音楽の風景がまったく違って見えてくる。

この「東への視線」のスペシャリストの伊東信宏さんが、「レコード芸術」誌に2016年から2019年までの4年間「東欧採音譚」というタイトルで連載していたことは、クラシック音楽評論の世界に新しい風を送る意義深いものだった。

このうち、前半分がまとめられた書籍『東欧音楽綺譚:クルレンツィス・跛行の来訪神・ペトルーシュカ』に続いて、後半分が今年の3月に『東欧音楽夜話~越えられない国境/未完の防衛線』として出版されて好評である。

各章のテーマは、クラシックとその周辺の境界線を自在に横断するものだ。

宇多田ヒカルとその母・藤圭子の歌について、ロマの楽師に通じる「芸能」の世界との関連を論じた章もある。「ハンガリー事件」(1956年、ソ連の支配に対する民衆蜂起と武力による鎮圧)を機に、国境を越えてオーストリアへ亡命した作家アゴタ・クリストフ(1935-2011)と、作曲家ジェルジ・リゲティ(1923-2006)を結び付けて論じる章は特に面白かった。

現代の音楽界の寵児であるヴァイオリニストのパトリツィア・コパチンスカヤの故郷モルドヴァを訪ねた旅行記では、畑の土の黒々とした肥沃さを見て、コパチンスカヤが歓喜の声を上げながら土を掴むような仕草をしたというエピソードは、あの野性的とも思える音楽性のルーツなのかと不思議に合点がいった。

コパチンスカヤ(ヴァイオリン)のトップ・トラック

どの章から読んでも構わない。あまりよく知られていない「東」の音楽を、歴史や文化との接点とともに知りたい人にとって、本書はまたとないガイドになるだろう。

林田直樹
林田直樹 ONTOMOエディトリアル・アドバイザー/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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